ヴィマラ村虐殺
血色ヴィマラ村
浅井長政は天衡古戦場の中央に立ち、待ち続けていた。夕日が彼の影を長く引き伸ばし、足元に突き立てられた名刀・宗三左文字の影と交わり、不気味な絵巻きのような光景を作り出している。約束の夕暮れ時は訪れたが、鍾離の姿は見えなかった。
最初、浅井長政は璃月の神が恐怖を覚えたか、別の策を巡らせているのだと思った。武士としての忍耐力を保ち、目を閉じて精神を統一し、呼吸と鼓動を調整し、自身の状態を最高潮に高める。仮に鍾離が現れなくとも、自ら相手のもとへ赴く。父の遺言、故郷の希望、すべてがこの一戦に託されている。
しかし一時間が過ぎ、空が暗みを帯び始めた頃、姿を現したのは鍾離ではなく、見知らぬ金髪の少年だった。
「浅井長政か?」少年は穏やかで澄んだ声を響かせた。「鍾離様から伝言がある。決闘は取り消しとなった」
浅井長政は目を開け、金色の瞳が夕闇の中で獣のように煌めいた。「取り消し?なぜだ?」
「戦争は既に終結したからだ」少年・空はゆっくりと歩み寄る。「朝倉義景の軍勢は離渡谷で全滅し、本人も戦死した。貴殿の軍は崩れ落ち、これ以上戦う意味はない」
一瞬、浅井長政は耳を疑った。世界の境界を共に越え、計画を練り、未知の脅威に立ち向かった歴戦の老将、朝倉義景が命を落とした?五千名の精鋭が跡形もなく消え失せた?
「ありえない」彼は何かを壊すのを恐れるかのように、微かな声を漏らす。「朝倉殿は幾多の戦場をくぐり抜けた名将だ。彼が……」
「待ち伏せに遭ったのだ」空が答える。「ディシア、セノ、ティナーリが離渡谷に罠を張り、三千を超える敵兵を討ち取り、河合吉統、山崎吉家、朝倉景恒を打ち滅ぼした。朝倉義景は残兵を率いて突破を図った末、私と相まみえた」
浅井長政の視線が初めて完全に空に定まる。「貴様が彼を討ち取ったのか?」
「彼は最後まで戦うことを選んだ」空は質問を避けずに応じる。「一人の武士として、最期の瞬間まで刀を振るった」
古戦場は沈黙に包まれる。遠くから帰鳥の鳴き声が響き、夕風が荒れ地を渡り、細かな砂塵を巻き上げる。浅井長政はその場から一歩も動かず、石像と化したかのように佇んでいた。
それから、彼は笑った。
それは空が聞いたことのない笑い声だ。怒りも悲しみも温もりも一切含まず、ただ虚ろな音だけが響いた。
「なるほど」浅井長政の声色は平静を取り戻し、先ほどよりも冷め切っている。「朝倉殿は亡くなり、我々の計画は水泡に帰し、私の決闘も破棄されたわけだ」
地面に刺さった刀を抜き取り、刃を丁寧に磨き上げる。「では私はどうすればよい?敗者としてオモス港に戻り、残兵を率いてテイワットを去るのか。それとも武士として、この地で切腹を果たすのか」
空は警戒して柄を握り締める。「戦争は終わった、浅井長政。穏便に去る道もある」
「穏便?」浅井長政は顔を上げ、金色の瞳が夕暮れの中で強く輝く。「我々がこの地に踏み入れた瞬間から、平和など存在しなかった。貴様たちが朝倉殿を殺した時点で、なおさら平和は遠く消え去った」
ゆっくりと刀を掲げ、刃先を空に向ける。「貴様もその一人だな?朝倉殿の殺害に加担した者の一人か?」
「私は無駄な戦争を食い止めた」空が返答する。
「違う。貴様は戦いを長引かせただけだ」浅井長政の姿が唐突に靄に包まれぼやける。
空は即座に剣を振り払い、金色と蒼色の光が夕闇の中で激しく激突した。浅井長政の刀捌きは想像を超える速さと威力を備えている。一撃一撃に奇妙な力が宿り、元素力でも通常の物理的な力でもなく、より根源的で原始的なエネルギーだ。
「貴様は確かに強い」攻防の間に浅井長政が言葉を放つ。「ディシアを凌ぎ、セノさえも超える力を持つ。だが、そんなことはどうでもいい」
彼は急に刀を引いて後退し、懐からくすんだ水晶のペンダントを取り出す。「大切なのは、この世界で慈悲も約束も武士の矜持も無意味だと悟ったことだ。この世に存在するのは力、鮮血、そして死だけだ」
ペンダントを握りしめると、水晶が光を帯び始める。鮮やかな輝きではなく、凝固した血液のような重く濃い紅色の光だ。
「父はこの血桜玉に、故郷に残された最後の生命力が封じられていると教えてくれた。絶望の極みにしか使えない。この力は単なるエネルギーではなく、命そのものを燃やすからだ」浅井長政の声は幽玄に響く。「当初は鍾離に対抗するために用いようと考えていたが、今は別の目的でこの力を使う」
空に強い不安が押し寄せる。「やめろ!何をしようとしている!」
「スメールに、朝倉殿を殺した代償を知らしめてやる」暗紅色の光が全身を覆い尽くす。
光が爆発した。
外へと迸るのではなく、渦のように内側へ収縮し、浅井長政の姿を飲み込んでいく。膨大なエネルギーの衝撃に押され、空は数歩後退する。体勢を立て直した時、浅井長政の姿は跡形もなく消えていた。
完全に消滅したわけではない。巨大で邪悪な力が驚異的な速さで西方へ移動している気配を感じ取る。それは浅井長政ではあるが、もはや人間ではなく、滅亡の意志を宿したエネルギー体へと変貌していた。
「まずい……」空は即座に身を翻し、遺瓏埠へ全速で駆け出す。だが、間に合わない予感が拭えなかった。
同じ頃、スメールのヴィマラ村。
スメール市の南西に位置するこの村は、風光明媚な田園風景と穏やかな雰囲気で知られていた。夕暮れ時、村人たちは夕飯の支度に勤しみ、炊事の煙が空に立ち昇る。子供たちは畑の小道を走り回り、老人たちは家の前で談笑している。戦争は遥か遠くの出来事のように感じられ、オモス港の陥落も離渡谷の勝利も、別世界の物語に思えた。
その時、空が赤色に染まった。
夕焼けの赤ではなく、鮮血のような不気味な暗紅色だ。赤い気流が東から押し寄せ、瞬く間に空全体を覆い、最後の天光さえ飲み込んでしまう。
村人たちは恐怖に空を見上げ、異変の原因を理解できずにいた。学者は珍しい天文現象だと推測し、老人は神の怒りだと囁くが、誰もこの異変が意味するものを把握できない。
やがて赤く染まった空から雨が降り始めた。
水滴ではなく、桜の花びらのような細かな暗紅色の光点が舞い落ち、家屋や畑、人々の体に降り注ぐ。
最初は何事も起こらなかった。人々は好奇心から手を伸ばし、掌で煌めき消える光点を眺め、子供たちは赤い雨の中を嬉しそうに走り回った。
だが間もなく異変が現れる。
一人の農夫が突然胸を押さえ、苦痛に地に倒れ込む。皮膚の下を赤い光が流れ、目や鼻、耳から血が滲み出る。一分も経たぬうちに息絶え、体内の水分と生命力がすべて抜き取られたかのように体は急速に干からびていく。
恐怖が野火のように村に広がる。だが逃げ出すには遅すぎた。赤い光点は隅々まで満ち、どこに身を隠しても侵食を免れない。人々は絶望的に叫き泣き、避難場所を探し求めるが、家屋も地下室もこの異質な光点を防ぐことはできない。
村の守衛隊長は防御陣を組もうとするが、自身も直ちに命を落とす。教令院から派遣された学者が防護結界を展開するも、赤い光の前で紙切れ同然に砕け散り、瞬く間に侵食されてしまう。
死が驚くほどの速さで拡散する。老若男女、人間も獣も区別なく、赤い光点は無差別に命を刈り取っていく。
三時間後、最後の絶叫が途絶え、ヴィマラ村は死に沈んだ墓場となった。三千七百四十二名の村人、百八十九名の守衛、三十四名の学者、そして無数の生き物が一人一頭も生き残ることなく命を落とした。
遺体は村中に散らばり、いずれも同じ惨状を呈している。体は干からび、皮膚の下に赤い脈絡が浮かび、七つの器官から血が流れ出ている。畑の作物は枯れ、木々の葉はすべて散り、川の水も濁った紅色に変わった。
村の中央広場で、浅井長政の姿が再び現れた。
濃い紺色の着物を身にまとい、愛刀を手にする姿は変わらない。しかし瞳から人間らしい面影は完全に消え、底知れぬ闇と鮮やかな血の色だけが宿っている。
片膝をつき、地面に手をつけ、足下で消えゆく三万二百五つの命の断末魔を感じ取る。人々の恐怖、苦痛、絶望が波となって意識に押し寄せるが、彼の心には一切の揺らぎも生まれない。
「朝倉殿、そして戦死した将兵たちよ」低く囁く。「これが最初の生贄だ。まだ足りない、到底報いるには程遠い」
立ち上がり、スメール市の方角を眺める。さらなる命と魂がそこに存在している気配を捉える。
「スメールよ。貴様たちは朝倉殿と我が兵士を殺めた。ならば真の戦争とは何か、身をもって悟らせてやる」
再び紅い光の塊となり、オモス港へ飛び去った。
ヴィマラ村の惨劇の報せがスメール市に届いたのは深夜のことだ。最初に異変に気づいたのはティナーリである。巡回林官の同僚が定期巡視の際、ヴィマラ村周辺の元素の流れが完全に途絶えたことを確認した。
「減衰したのではない、完全に停止したのだ」通信結界越しに林官の声は震えている。「まるで、その一帯そのものが死に絶えたかのように」
ティナーリは直ちに林官部隊を率いてヴィマラ村へ急行する。現地に到着した時、歴戦の兵士たちでさえ嘔吐を抑えられない凄惨な光景が目に飛び込んできた。
「これは……一体何が……」若い林官は地面にひざまずき、眼前の光景を受け入れられずにいる。
ティナーリは顔を青く染め、長い耳が力なく垂れ下がる。「浅井長政だ。間違いなく彼の仕業だ」
冷静さを取り戻し、現場検証を進める。遺体に外傷は見られないが、生命力は完全に搾り取られている。空気には強大なエネルギーの残留気流が漂い、浅井長政の力に酷似しつつ、さらに邪悪で飢餓に満ちた雰囲気を纏っていた。
「直ちに教令院に報告せよ!」ティナーリが命令を下す。「一帯を封鎖し、何人も立ち入らせるな。疫病か呪いの類いの可能性がある」
報せがスメール市に伝わると、知恵の宮は死のような静寂に包まれる。ナフィス賢者は三万二百五人と記載された報告書を手に、震えで紙を持つこともままならない。
「三万人……」呟きが漏れる。「三万人の無実の民が……」
ディシアは机に拳を叩きつけ、堅固な木製の机は砕け散る。「この悪魔め!必ず討ち取ってやる!絶対に許さない!」
セノが彼女の肩を押さえ、瞳に冷たい怒りが燃え上がる。「罪の代償を払わせる。だが今は行動を急がねばならない。この惨事から、浅井長政は完全に狂気に堕ちたことが明らかだ。この先さらなる大規模な行動に出るに違いない」
夜明けと共に、さらなる悪報が届いた。
オモス港に駐留する浅井軍と朝倉軍の残党が大規模に集結し始める。さらに恐ろしいことに、海上から数百隻に及ぶ軍船が姿を現す。船柱には武田菱、上杉竹雀紋、伊達竹雀、毛利一文字三星といった大名の旗が翻っている。
朝倉義景の死で崩れるどころか、浅井長政はさらなる援軍を呼び寄せたのだ。
「偵察部隊の報告によると、総兵力は少なくとも十三万に達し、今も増加し続けている」軍事顧問は重苦しい声で報告する。
ナフィス賢者は目を閉じ、深く呼吸してから瞳を開く。「総戦争体制を即時発動せよ。国境周辺の村の住民を避難させ、任務に出ている学者と兵士を全員招還し、すべての防御結界を起動させる」
セノとディシアに視線を向ける。「二人は直ちに璃月へ向かい、正式な軍事支援を要請せよ。これはスメール一国の戦争ではない。浅井長政の標的はテイワット全域であることは明らかだ」
「ティナーリはどうする?」ディシアが問う。
「ティナーリには遊撃戦と情報網の整備を任せる」ナフィスが答える。国土のあらゆる場所で抵抗を続け、敵に払いきれない損害を与えるのだ」
命令は瞬く間に伝達され、スメールの戦争機関が全速で稼働し始める。だが人々の心中に重い疑問が渦巻く。十三万の大軍、一夜に三万人を虐殺した怪物を相手に、勝機はどれほどあるのだろう。
一方オモス港では、浅井長政が新設された高台に立ち、密集する軍勢を見下ろしていた。各家紋の旗が朝風になびき、兵士たちは様々な鎧を身に武器を手にする。その眼差しは固く、同時に虚ろでもあった。
お市が傍に歩み寄り、顔は青ざめている。「長政……あなたは一体何をしたの?ヴィマラ村の人々に……」
「朝倉殿と戦死した将兵のための生贄だ」浅井長政は冷めた口調で答える。「まだ足りない。スメールに十倍の報いを与える」
お市が彼の手を握ると、氷のように冷たくなっている。「村人たちは無実だ。戦争の出来事さえ知らない人々なのに!」
「この戦争に無実な者など存在しない」浅井長政は手を引き離す。「我らの味方か、敵側か。中立の立場など許されない」
集結した武将たちに身を向ける。武田信玄、上杉謙信、伊達政宗、毛利元就……故郷で威名を轟かせた名将たちが、今や彼の麾下に集っている。
「諸君」浅井長政の声は大きくはないが、港全域に鮮明に響き渡る。
本章は実在の歴史を基にしている。抗日戦争期、河北省のある村落にて、二人の日本軍兵士が現地の女性に対して猥褻かつ侵害行為を働き、村人たちの抵抗により討ち取られた。この事実を知った日本軍は報復として、村落全体に対して虐殺を行った。




