群玉閣奪取戦
玉砕し楼傾き、金散り珠砕け落つ
武田信玄の軍幕の中、揺れる灯火が甲斐の虎と呼ばれる男の青ざめた顔を照らし出していた。
七日が過ぎた。
霊矩関での大敗から七日、七万三千の遺体はまだ収められず、負傷兵の絶叫が昼夜絶えることがない。軍幕には抑えきれず沸き立つ怒りと屈辱が充満していた。山県昌景の赤い鎧の破片が机の上に置かれ、その鮮やかな赤は乾かぬ血のように見えた。
「殿」
山本勘助の声はしゃがれ、ここ数日で十歳も老けたように見えた。「北条氏康の使者が参りました。しかし……援軍ではございません」
信玄はゆっくりと顔を上げた。「何を持ってきた」
「一つの提案です」
山本勘助は密書を差し出した。「氏康殿は、正面から空中要塞を落とせぬなら、内部から崩せばよいと仰っております。伊贺最強の忍び・服部半藏を派遣し、我らの『天逆の術』と連携させるとのことです」
信玄は密書を広げ、「空間転移」「内部破壊」「首狩り作戦」といった文字に目を留めた。無意識に山県の鎧片を撫で、鋭い縁が指腹を裂かんばかりだった。
「服部半藏か……」
信玄はつぶやいた。「代償は何だ」
「璃月港の財産三分の一を北条領とし、霊矩関は我らのものとする。そして……」
山本勘助は一瞬言葉を途切らせた。「服部半藏は、あの要塞の核心、それが何であろうと手に入れたいと言っております」
信玄は黙り込んだ。幕外から響く負傷兵のうめき声が次々と彼の理性を揺さぶる。金色の光に消え去った将兵たち、小幡昌盛が最後に見せた恐怖の表情、七万もの亡霊が夢の中で絶叫する姿が次々と脳裏に浮かんだ。
「承知した」
鉄のように冷たい言葉が歯の隙間から漏れた。「だが氏康に伝えよ。あの楼が墜ちる様をこの目で見届ける。璃月の民に、武田を怒らせた代償を思い知らせてやる」
一方、群玉閣の内部は珍しく和気あふれていた。
祝勝の宴が終わったばかりで、館内には酒の香りと歓声が残っている。凝光は星見台に立ち、自作の岩元素の碁石を手に遊ばせていたが、眉には喜色が宿っていなかった。
「凝光様、お喜びになっていないようです」
百暁が文書を抱えて近づいた。「我が軍は大勝を収め、武田軍は五十里先まで退き、当面進撃することは不可能です」
凝光は墨のように暗い夜の外を眺め、柔らかく囁いた。「順調すぎるのだ、百暁。この順調さが不安にさせる」
「敵に隠し手があるとお考えですか」
「武田信玄は簡単に諦める男ではない」
凝光は振り返り、碁石を指の間で翻した。「十六万の大軍が半数近く潰え、七人の名将が討ち取られたこの屈辱を、彼は最も激しい手段で晴らすに違いない。そして我らは……」
彼女は制御盤へ歩み、熱を帯びた水晶パネルに触れた。「群玉閣のエネルギーは四割しか回復しておらず、『诛仙砲』システムは冷却中、呪符の備蓄も一割に満たない。何より、連戦連勝で我々の警戒心が緩んでしまった」
百暁の表情が引き締まった。「直ちに警戒態勢を強めます」
「もう間に合わぬ」
凝光は突然頭を上げ、北東の夜空を見据えた。「奴らが来た」
言葉が落ちる瞬間、遠くの暗闇に数百の火点が瞬いた。
それはたいまつではなく、鉄砲の導火線の火だった。
「騎兵鉄砲隊、進め!」
武田軍陣前に奇妙な部隊が集結していた。三千の騎兵はそれぞれ改良型の火縄銃を持ち、腰には特殊な爆発呪符を携えている。これは信玄がこの世界の忍術と火器技術を融合させ、極秘に養成した特殊兵で、窮地の奇襲用に準備されていた。
この夜、全員が出撃命令を受けた。
「標的は空中要塞だ!」
指揮官が怒鳴った。「命中度を気にするな、一斉射撃せよ!弾丸も呪符もすべて撃ち尽くせ!」
三千丁の鉄砲が一斉に火を噴き、夜空が炎に照らされた。弾丸や鉄砂、爆発呪符が雨あられと群玉閣に襲いかかる。大半は外壁の防御結界で弾け、華やかだが無害な火花となった。一部のみ結界を貫き、瑠璃瓦や玉石の欄干に叩きつけられ、カチャリと澄んだ音を響かせた。
「敵襲!全員戦闘配置につけ!」
百識の怒号が群玉閣に響き渡った。
防御陣が自動で展開し、淡い黄金色の壁が館を覆う。鉄砲の弾丸は結界に波紋を広げるだけで、貫くことは叶わなかった。
観測台で凝光は冷静に状況を見守った。「牽制攻撃だ。我が防御の強さを測っている。百聞、結界のエネルギー消費はどれほどか」
「毎秒〇・三パーセント消費、一時間以上維持可能です」
百聞は即座に計算し答えた。「しかし凝光様、この攻撃では群玉閣の防御を崩すことなど到底叶いません」
「だからこれは本気の攻撃ではない」
凝光は目を細めた。「陽動に過ぎぬ」
その直後、武田軍陣から十二門の巨大な大砲が運び出された。
普通の大砲とは異なり、砲身には無数の紋様が刻まれ、砲口は群玉閣ではなく、その真上の空に向けられていた。
「あれは何だ?」
閣内を巡回していた刻晴が騒ぎを聞きつけ、観測台に駆け上がった。
凝光は大砲を凝視し、顔色を変えた。「空間紋様……まずい!百暁、最高警戒態勢を発令せよ。全ての防御を屋上に集中させろ!奴らは何者かを空間転移で送り込もうとしている!」
しかし時すでに遅し。
十二門の大砲が一斉に発射され、飛び出したのは砲弾ではなく、十二筋の歪んだ光線だった。光線は群玉閣上空百メートル地点で集まり、水面のように空間が波立ち、漆黒の渦がゆっくりと姿を現した。
渦の中から一人の人影が舞い落ちてきた。
濃い紺色の忍び装束を身にまとい、仮面で顔の大半を隠し、無感情な瞳だけが覗いている。最も不気味なのはその落下速度で、重力が通用しないか、まるで一枚の羽根のようにゆっくりと落ちてくる。
伊賀の影、服部半藏が降臨した。
「止めろ!」
凝光が喝破し、岩元素の力を迸らせ、無数の岩結晶を空へ放った。
だが服部半藏の身は不気味に躱し、骨のない蛇のようにあらゆる攻撃を容易に躱わした。彼は直ちに攻撃せず、印を結んで姿を曖昧にし、数十の残像となって四方から群玉閣に迫った。
「幻術か?」
甘雨は弓を構え、氷の矢で三つの残像を貫いたが、すべて虚像に過ぎなかった。
真の服部半藏は既に群玉閣最上階の軒先に着地し、ヤモリのように瑠璃瓦に張り付き、気配を完全に消し去っていた。
「館内に侵入された」
凝光は顔を曇らせた。「百識、全ての通路を封鎖し、内部防御陣を起動せよ」
「承知いたしました!」
群玉閣内に警報が鳴り響き、係員たちは速やかに職を離れ中央制御室へ集結した。千岩軍の兵士たちは各通路に布陣し、弓は引き絞られ、槍が林立した。
しかし彼らが相手にするのは、忍術の頂点に立つ存在だった。
服部半藏は影のように廊下を進む。足音はなく、呼吸はほぼ止まり、鼓動も極限まで抑えられている。巡回中の千岩軍一隊がすぐそばを通り過ぎたが、天井の影に張り付く彼に気づく者は一人もいなかった。
指を弾き、三枚の手裏剣が音もなく飛び出す。三人の兵士が同時に喉を押さえ、血を噴き出して息絶えて倒れた。
絶叫も警報もなく、ただ遺体が地につく微かな音だけが響いた。
服部半藏は進み続け、目的地は中央制御室だ。北条氏康から得た情報によれば、制御室を破壊すれば群玉閣は動力を失い、空から墜ちる。
だが彼の目的はそれだけではない。
館内の全員を皆殺しにし、特に凝光という女を討ち取ることだ。
武田信玄の怒りを鎮めるには血が必要であり、服部半藏こそその最強の刃だった。
制御室内では、監視水晶鏡の画面が次々と暗転し、凝光の顔はますます険しくなった。
「東翼廊下と連絡が途絶えました」
「西側倉庫からの応答なし」
「下層展望台の守衛が全員行方不明に……」
百暁の声が震えだした。「凝光様、あまりに速すぎます。我らの者では彼の姿を捉えることすら叶いません」
刻晴は剣の柄を強く握りしめた。「私が止めに行く」
「いけない」
凝光が引き止めた。「貴方は彼の敵ではない。この忍びの実力は風魔小太郎をはるかに超え、真の暗殺の達人だ」
彼女は制御盤の前に進み、両手を水晶パネルに置いた。「全員、制御室から退避せよ。百識、百聞、百暁も共に去れ」
「凝光様!」
「命令だ」
凝光の口調は揺るぎない。「刻晴と甘雨を連れて群玉閣を離れ、霊矩関で防御態勢を整えよ。私が敗れれば、武田軍は一気に進撃してくる」
「では貴方はどうなさるのです」
甘雨が慌てて問うた。
凝光は優雅でありながら決意に満ちた笑みを浮かべた。「私は群玉閣の主。閣あれば我あり、閣滅ぶれば……」
言葉は途切れたが、誰もがその意味を悟った。
刻晴は歯を食いしばった。「私は行きません。璃月七星は生も死も共にするのです」
「幼い考えだ」
凝光が諭すように言った。「貴方は璃月の玉衡星。使命は璃月を守ることであり、私と共に死ぬことではない。行け!」
その瞬間、制御室の扉が音もなく開いた。
破壊されたのではなく、普段通りに開かれたのだ。外には人影はなく、廊下の灯りだけが長い影を地面に落としている。
だが室内の全員が身に染みる寒気を感じた。
服部半藏が扉の影に佇み、暗闇と一体化していた。視線が室内を巡り、最後に凝光に定まった。
「見つけたぞ」
紙やすりで擦ったようなしゃがれた声が響いた。
その後の戦いは短く、残酷だった。
刻晴の剣が紫の雷光となって斬りかかるが、服部半藏は僅かに身を躱し、短刀で軽く剣筋を弾き返し、もう一方の手はいつの間にか刻晴の腹に押し当てていた。衝撃で刻晴は壁に叩きつけられ、血を吐いた。
甘雨が矢の雨を扉一面に降らせるも、服部半藏は幽霊のように矢の隙間を抜け、無傷で迫り、弓を持つ甘雨の腕に一撃を加え、骨の砕ける音が響いた。
たった五秒で、二人の神の目の所持者が戦闘不能に陥った。
百識たちが非常時結界を起動しようとするも、服部半藏は三枚の苦無を投げ、制御盤の要所に的確に突き刺した。電光が奔り、結界は起動すら叶わず無効化された。
残されたのは凝光一人だけだ。
雪のように白い衣装をまとい、平静な面持ちで盤前に立つ。岩元素の力が全身に集まり、鮮やかな黄金の光を纏った。
「貴方は強い」
凝光は言った。「だが一つ過ちを犯した」
服部半藏は答えない。死ぬ間際の人間に無駄な言葉をかける習慣はない。漆黒であらゆる光を飲み込む短刀を抜いた。
「群玉閣の中枢に踏み込むべきではなかった」
凝光が手を挙げ、制御室全体が光に満ちた。「ここは私の領域だからだ」
無数の岩結晶が床や壁、天井から湧き出し、瞬く間に空間を埋め尽くす。これは攻撃ではなく封じ込め。彼をこの場に閉じ込めて息絶えさせようとしたのだ。
だが服部半藏の唇に初めて冷笑が浮かんだ。
「領域?」
軽い嘲りを含んだ声が響く。「伊賀の忍術を甘く見過ぎだ」
印を結び、姿を透明に変え、幾重の岩結晶を水面を通るように貫き抜ける。短刀が音もなく凝光の胸元に突き出された。
凝光は瞳を収縮させ、全力で躱すも、刃は左肩に突き刺さった。激痛と同時に痺れが広がる——刀には毒が塗られており、元素使いに特化した猛毒だった。
「これは『封神散』だ」
服部半藏は刀を抜き、よろめく凝光を眺めた。「三時間のうちに貴方の元素力は消え失せ、ただの凡人になり果てる」
彼は凝光を顧みず、制御室の中枢エネルギー水晶へ向かい、刀を掲げてその輝く結晶に突き立てた。
「待て」
壁に寄りかかり、白衣を血に染めた凝光が声を上げた。「せめて……理由だけでも教えてくれ」
服部半藏の動きが一瞬止まった。「武田信玄の怒りを鎮め、北条氏康の野望を叶え、そして我が刃は強者の血で錬られる。これで十分か」
刀が振り下ろされた。
水晶は砕け散った。
その瞬間、群玉閣全体が激しく揺れ、全ての照明が消え、非常用のたいまつの微かな光だけが残った。無重力感に襲われ、悠久の時を空に浮かんだ空中楼閣が墜落を始めた。
服部半藏は振り返り、膝をつく凝光を見下ろした。彼女は嘆願も泣き叫びもせず、砕けた水晶を静かに見つめ、言いようのない哀しみを瞳に宿していた。
「さらば、璃月の天権星」
短刀が喉元をなで、正確かつ迅速、苦痛も与えず命を絶った。
凝光の体は地に崩れ落ち、血が雪に咲く紅梅のように広がった。全てを見通すその瞳は次第に光を失い、最後に砕けた水晶に視線を留めた。
服部半藏は他の者に目もくれず、身を翻して影の中に消えた。任務は完了した。
制御室内は死のような静寂に包まれた。
やがて百暁のすすり泣き、百聞の咽び泣き、百識の無言の涙が溢れた。
刻晴は必死に凝光の元へ這い寄り、震える手で頸動脈に触れた。鼓動も呼吸もなく、残されたのは温かい血と急速に冷めゆく体だけだった。
「いや……」
しゃがれた一声を漏らし、人とは思えぬ慟哭を上げた。
群玉閣は墜ち続けていた。
外から見れば、壮麗な楼閣の終焉だった。
まず全ての灯りが消え、浮遊結界が崩壊し、巨大な建物はゆっくりと、否応なく大地へと傾き落ちていく。
武田信玄は陣前に立ち、その光景を眺め、ついに顔に笑みを浮かべた。獲物を引き裂いた猛虎のように、猟奇的で爽快な笑みだ。
「全軍に伝えよ」
戦場に響き渡る声が命じた。「群玉閣の墜落現場の財宝は、奪った者のものとする。打ち壊せ!璃月人の誇りを微塵に砕け!」
十六万の軍勢、今や九万となった兵士たちが地鳴りのような歓声を上げた。
群玉閣が大地に激突した衝撃は山崩れのような轟音を響かせ、玉石は砕け、瑠璃は飛び散り、金銀宝石が溢れ出し、朝の光に魅惑的に輝いた。
兵士たちは狂気に囚われた。
武器を捨て、我先に墜落した群玉閣に殺到し、素手や刀で宝物を奪い合い、歯で引きちぎる者まで現れた。白玉の欄干は剥がされ、金糸の幕は引き裂かれ、翡翠の衝立は砕かれ、真珠宝石は地面に散らされ、無数の足で踏みつけられた。
「これは俺のものだ!」
「どけ、俺が先に見つけた!」
「殺してやる、これらは全部俺の財産だ!」
略奪、争い、殺し合い。一杯の金杯のために同胞を殺し、首飾り一つのために刃を交える。信玄は冷めた目で見守り、止めようともしなかった。これは兵士たちの褒賞であり、怒りを晴らす手段でもあった。
たった二時間で、栄華を極めた群玉閣は廃墟と化した。
白玉の土台だけが残り、上層の建物は跡形もなく壊された。高級木材は薪にされ、絹の幕は包帯に裂かれ、金銀の器物は塊に溶かされ、宝石はあらゆる袋に詰め込まれた。
かつての栄華を証す骨組みだけが、巨大な獣の骸のように廃墟に佇んでいる。
信玄は廃墟の中央へ進み、散らばる宝石を踏み、宝玉の枕を蹴り退け、制御室の残骸と白衣の女の遺体を目にした。
凝光は血の海に横たわり、眠るように安らかな顔つきだ。手には砕けた岩元素の碁石を強く握りしめていた。
信玄はしゃがみ込み、長い間彼女を見つめた。
「厚く葬れ」
やがて口にした言葉は重かった。「諸侯の礼儀をもって弔え。彼女は敬意に値する好敵手だ」
立ち上がり、霊矩関の方角を眺める。城壁の璃月守備兵は言葉もなく、群玉閣の廃墟と略奪に狂う武田兵を眺めていた。
士気は完全に崩壊した。
信玄は今攻めれば霊矩関は容易に落とせると知っていたが、進撃命令は下さなかった。
「全軍、三十里後退し、三日間休養せよ」
山本勘助は困惑した。「殿、今こそ進撃の好機ですのに……」
「欲しいのは一つの関所ではない」
信玄は言葉を遮った。「璃月全域だ。今攻めれば、奴らは命を懸けて抵抗する。だが群玉閣墜落、天権星討ち取られた知らせが広まり、恐怖と絶望が広がれば……璃月は攻めずとも崩れ落ちる」
彼は廃墟を離れ、遍地の財宝も、白衣の女の遺体も顧みなかった。
「服部半藏を呼び寄せよ。そして北条氏康に伝言を送れ——第一段階、完了した、と」
夕日が沈み、夕暮れの光が群玉閣の廃墟を照らし、砕けた玉石に血のような色を纏わせた。
刻晴、甘雨、三人の秘書は親衛たちに命懸けで救われ、今は霊矩関の城壁から廃墟を眺めている。誰も言葉を発さず、涙も流さず、死のような沈黙だけが漂っていた。
百暁は凝光の遺品である愛用の煙管を抱きしめていた。金縁は剥げ落ち、玉石は砕け、跡形もなくなっている。
「凝光様……」
百暁はついに泣き崩れた。「私たちは……どうすればよいのでしょう」
刻晴は剣の柄を握り締め、指先は白くなった。瞳に涙はなく、燃え盛る怒りだけが宿っている。
「群玉閣を再建する」
しゃがれながらも揺るぎない声が響いた。「そして、復讐する」
甘雨は遠くの武田軍陣営の篝火を眺め、麒麟の角が微かに光った。「だが奴らに猶予は与えられません。凝光様の訃報が広まれば璃月は混乱し、武田軍は一気に攻め込んできます」
「ならば来させればよい」
刻晴は振り返り、城内に集結した千岩軍の兵士たちに向き直った。彼らの瞳には悲しみと恐怖、そして何より激しい怒りが宿っていた。
「璃月の勇士たちよ!」
刻晴の声が関所全体に響き渡った。「凝光様は散り、群玉閣は墜ちた!だが璃月は残っている、我らも生きている!」
夕陽に紫の雷光を映す剣を高く掲げ、誓いを立てた。「璃月七星・玉衡星たる刻晴、ここに誓う!流されし血は血で返す!武田信玄、北条氏康、服部半藏……あらゆる侵入者に、代償を払わせる!」
「血には血を!」
甘雨が無事な腕を掲げた。
「仇には仇を!」
千岩軍の雄たけびが空まで響き渡った。
夜が訪れ、霊矩関には今までにない数のたいまつが灯された。城内では職人たちが夜を徹して防御施設を修繕し、城外の群玉閣廃墟は暗闇の中で巨大な傷口のように静かに眠っている。
璃月港にはまだ知らせが届かず、夜は平穏を保っていた。
だがこの平穏も長くは続かない。
夜明けが訪れた時、璃月は凝光のいない最初の一日を迎える。そして戦争は、最も残酷な段階へと突入する。
遠くの海上では死兆星号が全速で帰港していた。北斗は船首に立ち、璃月港の灯りを眺めて眉を顰める。緊急の伝言はたった一言、「急ぎ帰れ」だけだった。
大事が起きたと悟った。
さらに遠い絶雲間の仙家の隠れ里では、留雲借風真君が忽然と目を開け、霊矩関の方角を見据えた。
「岩王帝君の気配が……消えたのか」
つぶやき、青き光となって空高く飛び去った。
璃月の空は、移り変わろうとしていた。
群玉閣の墜落は、一つの建造物の崩壊に留まらず、一つの時代の終焉を意味する。新たな時代の幕開けは、血と炎の中で切り開かれる。
凝光は亡くなった。
だが璃月は、生き続けている。
彼女の理想、計略、そして命を懸けて守り抜いたこの大地を忘れぬ者がいる限り、彼女の志は永遠に滅びることはない。
そして群玉閣の廃墟の奥深く、砕けた岩元素の碁石が、月明かりの下でかすかにきらめいた。




