八醸島破壊戦
轟く砲火の音が名椎滩に響き渡り、海風は硝煙と血生臭さを纏って、血に染まった海岸をなびかせていた。反抗軍の雷の巴紋を掲げた戦旗は、引き裂かれ煤けていながらも、破れた砦の上でしぶとく翻っていた。戦況は息を詰まらせる膠着状態に陥り、土地一寸を争うたびに幾百幾千の命が失われていた。
この血肉の戦場が稲妻のすべての注意を引きつけている隙に、まったく異質の軍勢が、暗潮のように本戦線から離れた海域でひっそりと動き出していた。
七隻の特殊に工作された快船は、舷を濃色の綿布で覆って波の音を消し、帆は隠密に適した灰青色に染められていた。島々の影と海霧を巧みに利用し、西北から音もなく、守りの手薄になった八醞島に迫っていた。
先頭の快船の上、井伊直政は刀を握って立っていた。天下に名を馳せた真紅の鎧を全身にまとい、甲冑の鋼は仄暗い天光の下で鈍い血の光をたたえていた。鬼の形をした「赤鬼」の兜は彼の顔をすべて隠し、冷徹としか言いようのない眼光のみが、次第に浮かび上がる島の影を見つめていた。海風は鎧に飾られた鮮やかな緋熊の毛をなびかせようとするが、彼の姿には微塵も揺るぎがなく、風さえも徳川麾下最鋒の「赤備」の一撃を恐れているかのようだった。
「状況は間違いないか?」
井伊の声は面甲を通し、金属のように響いた。
「ハイ!」
側に控える副将、同じく赤鎧の近藤がうなだれて答え、興奮を抑えた声で続けた。
「名椎滩は熾烈を極め、三日前に八醞島の守備兵は二隊に分かれて援軍に出ております。現在、島内の守備は二百に満たず、老若ばかりです。工場地区の結界反応は最低まで低下し、巡回の間隔も倍になっております」
井伊はゆっくりと頷いた。徳川大殿の計略は、一寸の狂いもない。「鳴かぬ鵯は待つ」の男は、ついに鳴く時を迎えたのだ。そして彼の赤備隊こそが、敵の喉元を突き崩す嘴となる。
「伝令。各隊、甲号作戦により、無音で接舷せよ。第一目標は軍用工場のすべてを破壊すること。特に玉鋼精錬工房と神居島崩砲の組立工房を。抵抗するものは容赦なく斬れ。関係のない民には手を出すな。行動は迅速、烈火の如く、一軒の残らず焼き払え!」
命令は低く速く伝えられた。七百の赤備騎馬隊は、このとき精鋭歩兵部隊として身支度を調えていた。黒塗りの鞘、特殊な蝋を引いた弦、一つ一つの甲片を布で縛り、衝突音を消している。彼らの瞳には戦争への狂気はなく、命令への絶対服従と勝利への冷たき渇望だけが宿っていた。
夜は、大きな黒い綿布のように鳴神島周辺の海を静かに覆った。八醞島は闇に沈み、工場地区の輪郭に零れる灯火が、眠る巨獣の微かに開いた瞳のようにちらついていた。遠くの砲撃音はここでは鈍く響き、かえって静寂を際立たせていた。
赤備の快船は幽霊のように島西北の断崖下に接岸した。ここは岩礁が鋭く浪が荒れ、守備の手薄な場所である。鉤のついた綱が音もなく崖上に投げられ、しなやかな影が猿のようによじ登り、あくびをする二名の番兵を瞬く間に仕留めた。
井伊直政は最後に崖上に上り、眼下の谷間に広がる灯火の集まりを見下ろした。そここそが稲妻幕府が前線を支える生命線、八醞島軍事複合施設である。無数の良質な玉鋼がここで鍛えられ刀や火縄銃となり、危険な紋章機関が組み上げられ、戦局を覆す巨大兵器が極秘で開発されていると伝わる。
「攻めよ。」
激昂する叫びもなく、赤鬼の面甲から響くのは簡潔で致命的な二文字だった。
七百の赤備は、決壊した赤き奔流のように、闇に広がる炎のように、数隊に分かれ、事前に偵察した経路に沿って各目標へ襲いかかった。
最初の抵抗は殆ど無に等しかった。十人の巡回隊が工房の角を曲がった瞬間、闇から飛び出す手裏剣と無音で斬り込む太刀に倒れ、悲鳴一つ上げることもなかった。赤備の動きは精密かつ殺戮的で、すべての動作が最大限の効率で障害を消し去るためのものだった。
やがて工場地区の外周の散発的な守備は一掃された。鋳造工場の上でやっと警戒の鐘が慌てて鳴り響いたが、手遅れであった。
「敵襲――! 敵だ! 赤……赤備だ!」
生け残った足軽頭が塹壕の後ろから声をからして叫び、脆弱な防衛線を築こうとした。
それに応えたのは、井伊直政の手になる槍「赤色彗星」が空を裂く鋭い唸りだった。
「斬れ!」
長らく保たれた静寂が砕け散った。赤備は地鳴りのような殺気を上げ、抑え込まれていた戦意が火山のように噴き上がった。もはや姿を隠すことはなく、赤き鎧は工場の炎に照らされ、地獄から舞い降りた炎そのものと化した。矢は蝗のように降り注ぎ、顔を出す守備兵を的確に射抜き、太刀は粗末な塀もろい扉も断ち切った。
井伊直政は真っ先に突撃し、槍を輪のように旋回させ、行く先々で四肢を飛ばし、立ち塞がる武士たちを一瞬で串刺しにした。その存在そのものが動く旗印であり、赤き奔流となってすべての抵抗を打ち砕いた。
戦いは速やかに外周から中枢へと進んだ。赤備の戦術目標は明晰で、土地の占領や兵力の殲滅にこだわらず、背の高い工房、煙を上げる溶鉱炉、原料や完成品を蓄えた倉庫を直撃する。
「一番隊、玉鋼工房を焼却せよ! 二番隊、機関組立ラインを破壊せよ! 三番隊、我に従え!」
井伊の声は喧騒の中でも鮮やかに響いた。
自ら最精鋭を率い、最も雄大で結界の光に厚く包まれた建築――神居島崩砲組立工房へ突撃した。扉は鉄板を嵌め込んだ厚木で閉ざされ、表面には微弱な雷元素の結界が光っていた。
「扉を破れ!」
大槌を持つ数人の赤備足軽が吼えて扉を叩きつける。鈍い衝撃音と結界の火花が交錯し、扉は激しく揺れるものの、なかなか崩れない。
そのとき、工場の脇の小扉が開き、幕府の上級技術者らしい白髪白髭の老人が飛び出してきた。武器は持たず、雷光を湛えた結晶石を握り、決意に満ちた面持ちで自爆装置を作動させようと、あるいは結界を強化しようとしていた。
井伊直政の眼光が鋭くなった。自ら手を下すこともなく、側の近藤が矢を番え、破魔の一矢が雷光のように放たれ、的確に老人の手首を貫いた。雷光の石は手から離れ、作動する前に赤備隊士の一撃で蹴り飛ばされた。
「我が心血を……守れ……」
老人はよろけて倒れ、呟くばかりだった。
井伊は一目もくれず、ぐらつく扉を見据えた。
「時間の無駄だ」
さらに多くの赤備が突撃し、刃で蝶番を叩き切る。ついに鈍い破裂音と共に鉄扉は崩れ落ち、舞い上がる埃の中、圧巻の光景が現れた。
想像を絶する巨砲が巨大な架台の上に横たわり、炮身は冷たい金属光を湛え、無数の複雑で危険な紋章が刻まれていた。口径だけでも数人が並んで立てるほどの大きさだ。
鉄の心を持つ井伊直政でさえ、この戦争兵器を目の当たりにした瞬間、瞳がわずかに収縮した。これが前線に投入されれば、反抗軍もろともあらゆる敵は壊滅的な打撃を受ける。
「破壊せよ。」
命令に微塵の動揺もない。
赤備隊士たちは速やかに工場になだれ込み、携行した強力な火薬玉を巨砲の要所、架台の根元、周囲の紋章部品に仕掛けた。さらに多くの者が火油を撒き散らした。
井伊が工場を退いたとき、八醞島の工場地区はすでに火の海となっていた。玉鋼工房の溶鉱炉は倒され、煮えたぎる鋼鉄が流れ出して燃え移り、機関ラインは打ち砕かれ、貴重な部品が炎で歪み、倉庫からは無限の爆発音が響く――火薬と元素資材が一斉に爆発していた。
天を衝く炎が夜空を昼のように照らし、黒煙は巨大なキノコ雲となって渦を巻いた。空気には焦げ臭さ、溶けた鉄の甘き生臭さ、そして……滅びの匂いが充満していた。
「大殿の命令は遂げられた。」
井伊直政は高みに立ち、自らが生み出したこの地獄を見下ろした。赤鬼の兜の下の表情は変わらず、勝利の歓びもなく、任務遂行の冷徹な静けさだけがあった。
遠く、名椎滩の砲火は一瞬、途切れたかのように感じられた。交戦する両軍は、空を染める炎を見て、背後からの致命打に震撼し、恐慌に陥ったことだろう。
「撤退!」
井伊は槍を振り上げた。
「定められた経路で、第三会合場所にて乗船せよ!」
赤き奔流は秩序立って火場を離れた。突然に現れ、速やかに去り、正確な外科手術のように敵の最も柔らかな腹から、肝要な血肉を抉り取った。後には焼き尽くされ爆音の絶えない八醞島が、炎と煙の中で嘆き悲しむばかり残された。
井伊直政は最後に天を衝く炎を振り返り、潔く背を向け、撤退する赤の隊列に紛れた。徳川家康の意思は、すでにこの雷の国に深い傷跡を刻んだ。そしてそれは、まだ始まりに過ぎなかった。
海風は相変わらず吹き抜けていたが、空気に充満する濃厚な滅びの匂いを、もはや運び去ることはできなかった。




