稲妻捜査戦
(一)異国の影
慶長十年の晩春、江戸城の下で桜が雪のように舞い落ちていた。
服部半蔵正成は畳の上に正座し、徳川家康は密書を彼の前に差し出した。燭火が将軍の瞳の中で揺らめき、稀に見る逡巡の色を映し出していた。
「半蔵。これは日本の国運に関わる事だ」
家康の声は低かった。
「西から報が届いた。雷電将軍が治める稲妻で軍が集められている。もし彼らが東征すれば、我々はまったく備えがない」
半蔵は密書を広げ、眉を少しひそめた。
「稲妻? あの伝説の島に、雷電将軍なる者が本当に存在するのか?」
「いる」
家康はうなずいた。
「しかも配下の天領奉行が離島で防備を固めている。お前をそちらへ遣わす。兵力配備、城の構造を探り、何よりも――雷電将軍の真の意図を見極めろ」
半蔵は密書を燭火にかざし、灰になるのを見つめた。
「いつ出立しますか?」
「今夜だ」
家康は雷紋の札を差し出した。
「これを持て。稲妻の内通者によれば、離島の検問を通るのに役立つという」
三日後、商船が夜の闇に隠れて鳴神島に近づいた。服部半蔵は紺色の忍装束に身を包み、家宝の名刀「裂雷」を帯び、落ち葉のように音もなく水中へ滑り込んだ。
(二)離島初探
雨靄の中、離島の灯りが星のように霞んで見えた。
半蔵は雷紋の札を頼りに港に紛れ込み、璃月から来た商人に扮した。稲妻語に異国訛りが残っていたが、各国の商人が集まる離島では珍しくなかった。
「新入りか?」
勘定奉行の用心棒が彼を上から下へ眺めた。
「何の商いをしている?」
「陶磁器と茶です」
半蔵は軽く頭を下げ、モラの小袋を差し出した。
「どうかご容赦を」
用心棒は袋の重みを確かめ、手で通せと合図した。
半蔵は宿屋に身を落ち着け、夜を徹して離島の防備図を描いた。天領奉行の陣営は北西の高地に置かれ、大砲十二門、兵士約三百人が配備されていた。港の櫓は二時間ごとに交代するが、引継ぎの隙間がわずかに生まれる。
それよりも気になったのは、島のあちこちに点在する謎の「雷櫻の枝」だ。時折紫色の雷光を発していた。地元の者によれば、雷電将軍の恵みで、祟神の力を祓うものだという。
四日目の深夜、半蔵は枝の威力を試そうと決めた。手裏剣を一つの雷櫻に投げると、枝はたちまち雷光を噴き出し、電撃の網を張った。ほとんど同時に、一隊の奥詰衆が闇から飛び出した。
「侵入者あり!」
半蔵は身を翻して屋根に上がり、連なる家々の間を駆け抜けた。奥詰衆は執拗に追い、その速さは通常の兵士をはるかに上回っていた。窮地に立たされ、彼は煙玉を投げ、海へ飛び込み、特殊な竹筒で明け方まで潜航した。
(三)鳴神潜入
半月の偵察の末、半蔵は鳴神島の主城へ至る唯一の道が白狐の野を通ることを知った。浪人に扮し、稲妻城へ向かう商人の一団に紛れ込んだ。
稲妻城の雄大さに彼は息を飲んだ。天守閣は雲に届くほどそびえ、頂上には雷光が巨大な勾玉に集まっていた。街全体が山に沿って造られ、城壁は自然の岩盤と一体化し、攻めにくく守りやすい構えだった。
城下町で、半蔵は雷電将軍の公の姿を目撃した。伝え聞くような鬼の姿ではなく、威厳と美しさを併せ持つ女で、身の回りには戦慄させる雷元素が纏わっていた。彼女が人群れを眺め回した時、半蔵は一瞬、自分に視線が留まった気がした。
不安を抑え、偵察を続けた。天守閣の外周は奥詰衆が守り、内部は終末番の忍者が巡回していた。さらに手強かったのは自動警戒する「雷禍磐座」で、近づくものはすべて電撃を受ける。
より多くの情報を得るため、半蔵は天領奉行府に潜入した。文書庫の隠し戸棚から、稲妻の兵力配備図を見つけた。
・鳴神島:天領奉行主力約五千、奥詰衆精鋭八百
・神無塚:幕府軍前線基地、駐屯兵二千
・八醞島:軍事工場所在地、守備兵千五百
・清籟島:雷暴により封鎖、秘密基地の疑いあり
さらに「眼狩令」に関する上奏文を見つけた。雷電将軍は神の眼を集め、何らかの兵器を強化しようとしているのだ。
(四)意外な援け
半蔵が退去しようとした時、廊下から足音が聞こえた。素早く梁に隠れ、九条孝行が謎の巫女と話す様子を目撃した。
「神子様、将軍の“永遠”の計画は決して妨げられてはなりません」
神子と呼ばれる巫女は軽く笑った。
「天領奉行様方は、それほど眼狩令を急ぐのですか?珊瑚宮の反抗軍すら放置して」
「反抗軍など疥癬の患いに過ぎません。将軍様の悲願を成就するこそこそが正道です」
半蔵は心を揺さぶられた。稲妻の内部にこれほどの対立があるとは。二人が去った後、彼も立ち去ろうとした瞬間、一道の雷光が突然、入り口を塞いだ。
「出てきてお話しませんか、異国のお客様?」
八重神子は戸口にもたれ、笑みを浮かべていた。
半蔵は刀の柄を握り、脱出の可能性を計算した。
「安心しなさい。私が貴方を捕らえたいのなら、将軍ご自身がおいでになるでしょう」
神子は御守を投げた。
「これを主君に渡しなさい。稲妻の雷暴は海外には及ばないと伝えてください」
「なぜ助ける?」
「永遠に執着しすぎる者には、少し……異国の変数が必要だからです」
神子は瞬きをした。
「急ぎなさい。奥詰衆の交代が近い」
(五)生死の逃亡
半蔵の足取りはついに露見した。白狐の野から退去しようとした時、天領奉行の包囲網に囲まれていた。
九条裟羅が自ら指揮を取り、矢に雷光を宿らせて叫んだ。
「侵入者、武器を捨てよ!」
半蔵は煙玉を投げ、あらかじめ仕掛けた罠を起爆させた。爆音の中、彼は亡霊のように森を駆け抜けた。しかし九条裟羅の矢は影のように付きまとい、一矢ごとに的確に進路を塞いでくる。
「無駄な挣扎だ」
裟羅は弓を引き絞った。
「将軍の威光の前にひれ伏せ!」
危機一髪の瞬間、覆面の忍者たちが突然現れ、天領奉行と戦い始めた。
「ついて来い!」
頭領が叫んだ。
「神子様の命で、お前を迎えに来た!」
半蔵は一瞬ためらい、彼らに従って隠しトンネルへ潜った。複雑に張り巡らされた地下道を半日進み、秘密の港にたどり着いた。
「ここから離島の封鎖を回避できます」
覆面忍者は巻物を渡した。
「これは神子様から徳川将軍への返礼です」
半蔵は迎えの小舟に乗り、振り返ると稲妻は雷暴の中に霞んで見えた。巻物を強く握り、この闘いはまだ始まったばかりだと悟った。
(六)帰還の策
江戸城天守閣。半蔵はひざまづき、偵察の結果を差し出した。
徳川家康は詳細な地形図、兵力配備、城防の分析を読み、時折細部を問いただした。八重神子の警告を聞くと、長い間沈黙して考え込んだ。
「ならば稲妻の内部は、一枚岩ではないのか」
「仰る通りです。愚臣の見るところ、雷電将軍は強大なれど、眼狩令が内乱を引き起こしています。稲妻と敵対するなら、反抗軍を支援して兵力を牽制すべきです」
家康は窓辺に歩み、遠くの海面を眺めた。
「半蔵。我々は稲妻を攻めるべきだと思うか?」
半蔵はしばらく沈黙した。
「稲妻の軍力は盛んであり、雷電将軍という人外の力まで持つ。しかし内部は分裂し、外強中干です。もし本気で戦うなら、多方の勢力と結び、内部から崩さねばなりません」
家康は微かにうなずいた。
「私の考えと同じである。しかし今は、稲妻と外交関係を結ぶことが先決だ」
八重神子からの御守を撫でながら言った。
「戦うべき時を知ることも大事だが、動かざるべき時を知ることは、より一層大事である」
服部半蔵は身をかがめて承命した。心の中には雷光に包まれた国と、御守を与えてくれた謎の巫女の姿が浮かんだ。これで終わりではなく、さらに大きな嵐の始まりだと悟った。
夜が訪れ、半蔵は屋敷に戻り、稲妻から持ち帰った最後の密文を広げた。灯りの下、さらに詳細な報告書を書き始めた。兵力配備だけでなく、稲妻の文化、信仰、社会構造――徳川幕府が知るべき、遠い異国の真実のすべてを記した。
遠くから潮のにおいを運ぶ海風は、変革の予兆をもたらしていた。海の向こう、天守閣の頂で雷電将軍は瞳を開き、紫の瞳に無限の雷光が映った。
「永遠の敵……」
彼女は囁き、手にする夢想一心が微かに震えた。
水平線には嵐が生まれつつあった。




