璃月港包囲戦
璃月港はかつてテイワット大陸一の栄華を誇る商港だった。だが今や、鉄と炎に囲まれた孤島と化している。
昇る朝日は濃煙に引き裂かれ、死に沈んだ街路に淡く降り注いでいる。十八万の民衆が、徐々に狭まるこの牢獄に閉じ込められていた。海上からは絶えず耳をつんざく砲声が響き渡り、轟音のたびに木造の建物が戦慄している。
「また海上から突破しようとした漁船団が撃沈されたわ」
八重神子は崩れ落ちた窓から影の中へ身を引いた。いつも悪戯っぽい笑みを浮かべていた唇は、今や固く一文字に結ばれている。
「豊臣秀吉の艦隊が港を完全に封鎖した。沖へ出ようとする船は、五分も経たずに砲火に覆われる」
片隅では雲菫が、けがをした少年の腕を慎重に包帯で巻いていた。少年は昨日、天衡山を越えようとして織田軍の鉄砲に撃たれ、弾丸が肩を貫いた。幸い命からがら逃げ帰ってきたが、同行していた叔父は二度と山の道に倒れたままだ。
「北東方面も状況は同じく悪い」
空が低い声で呟いた。剣を壁に立てかけ、金色の瞳が暗がりの中に怒りの光を宿らせている。
「武田信玄の赤備え騎兵が麓を巡回し、封鎖線を越えようとする者は誰も彼らの刀で斬り殺される。昨日だけで女や老人を含め三十余人が命を落とした」
ここは璃月港、吃虎岩の寂れた裏通りに佇む廃倉庫だ。鍾離が先に沈玉谷の遞瓏埠へ退避した後、三人は思いがけず包囲された街に閉じ込められた。
「どうして鍾離様が先に去られたのか、私にはまだ理解できません」
雲菫が柔らかい声で言う。衣装は埃まみれになったが、名役者としての優雅な佇まいは崩れない。
「いつもの彼らしくないのです」
八重神子は冷めた笑いを浮かべた。
「あの岩の翁はきっと何かを知っている。だが愛する璃月港を守るのではなく、情報を臨時首都へ持ち運ぶことを選んだのは、確かに不可解だわ」
空は窓際へ歩み、板の隙間から慎重に外をうかがった。街路には時折異国の鎧をまとい、テイワットの常識に合わない武器を手にした兵士の巡回部隊が通り過ぎる。三日前、この三つの大軍が突然璃月港周辺に現れた時、誰もが予期せぬ事態に面食らった。予兆も宣戦布告もなく、まるで異世界から忽然と現れたかのように。
「敵の兵力は少なくとも五万を超える」
空は状況を分析する。
「織田軍の鉄砲隊が北西の高地を抑え、武田軍が北東の山道を守り、豊臣秀吉の水軍は三百隻以上の戦船を擁している。私たちは完全に包囲されてしまった」
港の方から大きな轟音が響き、続いて家屋の崩れ落ちる音と微かな悲鳴が広がった。三人は重い面持ちで視線を交わした――また一つの地区が砲撃を受けたのだ。
「何か手を打たなければなりません」
雲菫は立ち上がり、決意を瞳に宿らせる。
「北国銀行の地下金庫は頑丈で、臨時の避難所になるはずです。民衆をそこへ誘導できるかもしれません」
八重神子は首を横に振った。
「危険すぎる。今は街中が巡回兵で溢れている。それに……」
彼女の言葉は慌ただしい足音に遮られた。
空は即座に剣を取り、二人の女性に荷物の山の後ろに隠れるよう合図した。倉庫の扉がそっと開き、血まみれの姿がよろよろと飛び込んできた。
「辛焱!」
雲菫は驚いて駆け寄り、ふらつくロックミュージシャンを支えた。
辛焱の左肩には深い刀傷があり、鮮血がお馴染みの革ジャンを浸していた。
「武田……武田の兵士が……」
彼女は息を切らしながら呟く。
「玉京台で……反抗する者を皆処刑している……私ももう少しで逃げられなかった……」
空は素早く倉庫の扉を閉め、八重神子は携帯していた薬と包帯を取り出した。
「外の状況はどうなっている?」
空は傷の手当てを手伝いながら、焦る気持ちで問いかける。
辛焱は歯を食いしばり、消毒の激痛に耐える。
「最悪だ……民衆は緋雲坂一帯に集められ監視されている……総務司庁舎は織田信長に接収され、司令部になった……千岩軍は突破を試みたが……失敗した。犠牲者は数知れない……」
「甘雨と刻晴はどこにいるの?」
雲菫が心配そうに尋ねる。
「分からない……」
辛焱は首を振り、苦しみを浮かべる。
「最後に甘雨を見た時、彼女は子供たちを守って避難させようとしていた……刻晴は千岩軍を率いて吃虎岩で抵抗していたが、それも昨日の話だ……」
耳をつんざく砲声が会話を遮った。砲弾はすぐ近くに着弾したらしく、倉庫の壁が揺れ、天井から埃と木くずが舞い落ちた。
「彼らは港地区の建物を意図的に破壊している」
八重神子は冷静に分析する。
「無差別な爆撃ではなく、計画的な取り壊しだ。防御拠点になり得る建物を一つも残すつもりはないようだ」
空は拳を強く握りしめた。
「鍾離様と七星に連絡を取る方法を探さなければ。沈玉谷はここから遠くない。包囲を突破できれば……」
「どうやって突破するの?」
辛焱が弱々しく問う。
「海上は戦船で埋め尽くされ、山道は鉄砲と侍に封鎖され、空さえ得体の知れない式神が巡回している。仙鳥が封鎖線を越えようとして、式神の呪符に撃ち落とされるのを私は目の当たりにした」
倉庫の中は沈黙に包まれ、遠く絶え間ない砲声と、時折響く鉄砲の一斉射撃だけが静寂を裂いていた。
突然、八重神子が顔を上げ、耳をそっと動かした。
「人が来る。大勢の足音だ」
空は窓際に駆け寄り、隙間から外を覗き込む。顔から一瞬にして血の気が引いた。
「織田軍の鉄砲隊だ……この地区を家々捜索して回っている」
雲菫は不安そうに衣の襟元を握りしめる。
「何を探しているのでしょう?」
「生き残り?反対勢力?戦利品?」
空は素早く部屋の中央に戻る。
「いずれにせよ、今すぐここを離れなければ」
辛焱は立ち上がろうとするが、痛みのためよろけて倒れそうになる。
「私……もう走れない……先に行って……」
「馬鹿なことを言わないで」
雲菫は固い決意で彼女を支える。
「誰一人置いていったりしない」
八重神子は倉庫の奥へ進み、隠しの小さな扉をそっと開けた。
「こちらへ。三碗不過港へ続く地下通路を知っている。まだ通れるはずだ」
再び砲声が轟き、今度はすぐ隣の街路かと思われるほど近い。倉庫正面の板が衝撃できしみ、埃が雨のように降り注いだ。
「急げ!」
空は低く囁き、辛焱のもう片方の肩を支え、雲菫と共に負傷した彼女を裏口へと導く。
密道に踏み入れようとした瞬間、倉庫の大扉が激しく叩きつけられた。木の扉は衝撃で亀裂を増し、隙間から外の人影と異国の言葉の叫びが見え聞こえてくる。
「早く!」
八重神子が急かす。彼女は先に密道へ入り、掌に雷元素の力を纏い、必要なら撤退を援護する構えを取る。
空と雲菫は辛焱を支えて狭い通路に潜り込む。直後、倉庫の大扉は轟音と共に崩れ落ち、刺すような陽光の中に銃を構えた兵士のシルエットが浮かんだ。
八重神子はためらうことなく雷の力を放ち、目もくらむ雷光が追跡者の視線を一時的に封じた。彼女は素早く密道の隠し扉を閉め、閂を下ろす。
「これで長くは持たない。一刻も早く安全な場所へ向かわなければ」
彼女は冷静に告げる。
密道の中は真っ暗で、八重神子の掌に煌めく雷光だけが道を照らしている。空気にはカビと土埃のにおいが充満し、遠くから追跡者が隠し扉を叩く音が微かに響いてくる。
「この異国の兵士たち……どこから来たのでしょう?なぜ璃月を襲うの?」
雲菫は暗闇の中で震える声で囁く。
空は誰にも見えぬまま首を振る。
「分からない。だが一つだけ確かなことがある――彼らはテイワットの勢力ではない。武器も戦術も服装も……私たちの知るどの国とも全く異なる」
辛焱は湿った壁に弱々しくもたれかかる。
「兵士たちの会話を聞いた……翻訳の呪符を通して……『天下布武』……それに『三矢の誓い』という言葉が出てきた……」
「天下布武……」
八重神子は思い巡らすように呟く。
「織田信長の野望を体現する言葉だ。だが私の知る限り、彼は私の世界の数百年前の人物のはずなのに」
再び大きな轟音が響き、今度は頭上からだ。天井から土ぼこりがはらはらと落ちる。追跡者は隠し扉を突破し、密道内を彼らの痕跡を探し始めたようだ。
「先へ進もう」
空は促し、再び辛焱を支えて狭い通路を進んでいく。
暗闇の中を辛うじて数分進んだ先に、微かな光が差し込んできた。八重神子は一同に止まるよう合図し、一人でそっと偵察に向かう。
「出口は安全だ」
すぐに戻って報告する。
「外は人目につかない細い路地で、今のところ敵はいない」
一人また一人と密道から這い出し、再び陽光の下に立つ。目の前の光景は息を呑ませた――かつて栄華を極めた吃虎岩の街並みは廃墟と化し、各所で建物が炎を上げ、空気には刺激的な煙のにおいが充満している。遠く、緋雲坂の方から民衆の泣き叫びと兵士の怒鳴り声が漂ってくる。
「あちらを見て」
雲菫は玉京台の方を指し示す。
璃月港の最高地点に、見慣れぬ旗が風になびいていた――真っ黒な地に赤い木瓜紋が描かれた旗だ。
「あれは織田家の家紋だ」
八重神子は空の推測を肯定する。
「織田信長が既に玉京台を占拠したのだ」
空は無力感に襲われる。自ら守ってきたこの街、大切に思う友人や民衆が、今や理解不能な苦難に喘いでいる。彼は拳を握りしめ、爪を掌に食い込ませた。
「必ず方法を見つける」
彼は仲間に、そして自分自身に誓うように低く呟く。
「どんな困難があろうとも、私たちは必ず璃月港を取り戻す」
遠く海面では、豊臣秀吉の艦隊が再び一斉に砲撃を放つ。砲声はまるで死神の鼓動のように、人々の心を打ち砕く。北西と北東では、織田軍と武田軍の包囲網が徐々に狭まり、ゆっくりと閉じる鉄の挟みのようだ。
十八万の璃月の民の運命は、今や危機一髪の瀬戸際に懸かっている。
1937年、中国の南京。日本軍は市内の民衆が脱出するのを阻止するため、南京城を全域にわたって包囲し、隙のない封鎖態勢を敷いた。
当時、南京守備を任された唐生智将軍は無断で逃走し、民衆の避難用に用意された船舶まで焼き払った。
これにより三十万人余りの南京の民衆は、日本軍の脅威の中に閉じ込められることとなった。




