平壌包囲解囲戦
平壌解放
平壌城外の夜ほど長く感じたことはなかった。
小西行長は急造の櫓の上に立ち、北方にそびえる城を眺め、眉をひそめた。月明かりの下、平壌城の輪郭は眠りについた猛獣のようだ。静かだが、いつでも飛びかかって敵を飲み込む構えを見せている。
三日が過ぎた。対馬方面から地鳴りのような大爆発が響いて以来、補給船団からの報せは一切届かなかった。派遣した斥候は音信不通になり、夕暮れ時になってようやく確かな情報がもたらされた。
対馬、陥落した。
三百万石の兵糧、五万斤の火薬、そして福島正則の首……すべてが炎に包まれた島で灰になった。
「殿!」伝令兵が櫓へ駆け上がる。「明軍だ!明軍本隊!安寧を越えたとの報!」
小西行長は振り返り、勢いよく望遠鏡を奪い取る。レンズ越し、北方の地平線に無数のたいまつが星河の如く延々と続いている。数千人規模の偵察部隊ではない、総力を挙げた本格的な主力軍だ。
「兵力は?」声が枯れ上がる。
「斥候の報せによれば……八万!」伝令兵は震えた。「騎兵、歩兵、火器営、それに無数の輜重車!」
八万。
小西行長の望遠鏡を握る手が震える。第一軍は満員で五万に満たず、連日の攻城戦ですでに八千近い損害を出していた。その上、軍の兵糧は七日分しか残っていない。もともと対馬からの補給を頼りにしていたのに、今や……
「命令を伝えよ」歯を食いしばって言葉を絞り出す。「全軍……撤退せよ。」
「何?」背後から信じがたい怒鳴り声が響く。長方天吉、鉄塔のような巨漢がいつの間に櫓に上がり、不服そうな表情を浮かべていた。「小西、何を言う!」
「撤退だ!」小西行長は振り返り、怒りと恐怖が入り混じった目で睨む。「補給路は断たれ、援軍が迫っている。ここに残って死ぬつもりか?」
長方天吉は狼牙棒を櫓の柵に叩きつけ、木くずを撒き散らす。「俺は逃げない!テイワットの女たちは城内にいる。俺の手であいつらの首を砕いてやる!」
「狂ったのか!」小西は北方のますます明るくなる炎を指す。「見ろ、八万の明軍だ。お前一人で皆を斃せると思うのか?」
長方天吉は反論しようとしたが、肩に手が置かれる。雑賀炳潤、無口な名射手だ。珍しく口を開き、しゃがれた声で語る。
「長吉、小西の言う通りだ。青山残さば薪絶えず。」
長方天吉は手を振り払い、胸を激しく上下させた。だが最終的に狼牙棒を力なく下ろし、黙って立ち去った。
小西行長は息を深く吸い、伝令兵に向き直る。「各営に通達、直ちに撤退。運べる輜重は持ち出し、残るものは焼き捨てよ。急げ!」
命令が段々と伝わる。陣内に急な角笛が響き渡り、静かだった野営地は一瞬にして混乱に包まれた。テントは畳まれ、物資は荷車に積まれ、兵士たちは眠りから叩き起こされ、茫然と武器を手に取り混乱した隊列に加わる。
だが、すべての者が命令に従ったわけではない。
南側の陣営、高永康弘は幕舎の中に座り、未完成の将棋盤を眺めていた。伝令兵が幕の外に跪き、三度目の催促をする。「高永殿、小西殿の命令、即刻撤退せよ!」
高永康弘は顔を上げず、駒をつまんで盤の上に静かに置く。
「撤退?」淡い声で言う。「太閤殿下の命は、テイワットの女たちの首を取ること。任務を果たさぬまま、どうして撤退できよう。」
顔を上げ、幕の隙間から北方にうっすらと見える明軍のたいまつの火を眺める。
「八万だと何だ。六天大虎は大勢を恐れたことはない。」
幕外から別の声が響き、抑えきれない怒りを含んでいた。「高永の言う通り。我々は退かない。」
小田成叡が大股に歩み寄り、長槍が月明かりに冷たく輝く。普段寡黙な槍使いの目には同じく不服の炎が燃えている。「福島正則は死に、対馬は焼け落ちた。このまま情けなく逃げ帰って、太閤殿下にどんな顔を向けられよう?」
伝令兵は汗だくになる。「だが小西殿の命令が……」
「小西殿?」高永康弘は立ち上がり、刀を収める。「彼は攻城を担当し、我々は妖女狩りを担当する。それぞれの任務を務めるだけだ。」
幕舎を出て、小田成叡と肩を並べる。
「直属の兵を集めよ。夜明け前に平壌城を落とし、三人の妖女の首を斬れ。」
「承知!」
五百人の親兵が瞬く間に集結する。彼らは高永康弘、小田成叡最精鋭の部曲で、皆死の山をくぐり抜けた歴戦の老兵だ。この夜の進撃が九死に一生であることを知りながら、一人として後退する者はいない。
武士の名誉は、時に命より重い。
高永康弘は馬にまたがり、平壌城の城壁を眺める。壁の上に三人の姿がかすかに見える——白い衣の申鶴、紫の衣の刻晴、鉄鍋を背負った少女。
「進め。」
五百騎は弦から放たれた矢のように、平壌城へ突進した。
だが三里ほど進んだところで、本来ここに存在するはずのない軍勢と正面から衝突した。
明軍先鋒、到着していた。
最前線を駆けるのは双刀を手にした若い将軍で、端正な顔立ち、鷹のような鋭い目だ。迫り来る日本騎兵を見ても怯まず、むしろ高らかに笑う。
「はは!本当に死を望む奴らがいる!」
双刀を抜刀、二本の銀蛇のように躍動する。馬を走らせて日本軍の陣に飛び込み、左右に斬り払い瞬時に三人の騎兵を討ち取る。
「宋征儀ここにあり!倭賊、覚悟せよ!」
高永康弘は瞳を収縮させ、馬を走らせて迎え撃つ。太刀が双刀と激しくぶつかり、「カーン」と大きな音が響き、二人は同時に後退する。
「なかなかの腕前だ。」宋征儀はしびれた手首を振り、戦闘への渇望に目を輝かせる。「再来!」
だがさらなる明兵が押し寄せてくる。
七尺を超える斬馬刀を持つ猛将が陣に突入する。数十斤もの重さの刀を軽々と振るい、一閃のうちに三人の騎兵が馬ごと両断される。
「茗琅、参上!六天大虎はどこだ!出てきて命を賭けよ!」
小田成叡は槍を震わせ茗琅に立ち向かう。槍と斬馬刀が衝突し、火花が飛び散る。
しかし本当の悪夢はこれからだ。
「ドゴォーー!!」
大きな爆発音とともに日本軍陣内に血煙が立ち上る。十数人の騎兵は悲鳴を上げる間もなく肉塊と化す。
屈強な男が馬を走らせ、一対の擂鼓甕金槌を手にする。口を大きく開けて笑い、黄ばんだ歯を見せる。
「李宝桐、諸氏を冥土へ送ってやる!」
金槌を振り回し、通る場所は人馬ともに砕かれ、一撃で耐えられる者はいない。
高永康弘は必死に戦い、太刀を帯のように薙ぎ宋征儀に斬りかかる。だが相手の双刀は攻防一体で巧みで、隙を見つけることができない。
さらに二人の明将が戦いに加わる。
一人は一丈の陌刀を持ち、横薙ぎで敵をなぎ倒す。陣の中を無双し、一振りごとに数つの命が絶たれる。
「曲首鴿、諸氏を冥土へ誘う!」
もう一人は双股永楽剣を携え、剣身が金色に輝く。明らかに皇帝から賜った宝剣だ。剣術は神業の如く、突き、払い、斬り、すべてが流れるように正確無比。
「何赤哲、陛下の命を受け、賊を討つ!」
高永康弘は剣に刻まれた御銘を一目見て衝撃を受ける——万暦剣聖!御前試合で一度も負けたことのない伝説の剣士だ!
五百の親兵は瞬く間に半数が討ち取られる。小田成叡は茗琅の斬馬刀に追い詰められ、肩に深い傷を負う。高永康弘は助けに駆けつけようとするが、宋征儀の双刀に封じられ動けない。
「高永!」小田成叡は絶叫する。「逃げろ!早く逃げろ!」
高永康弘は目を血走らせるが、身動きが取れない。
その時、陌刀が横一閃に振られ、高永康弘の馬の前足を斬り落とす。馬は悲鳴を上げて転倒。高永康弘が起き上がる前に二本の剣が喉元に突きつけられた。
何赤哲の永楽剣、宋征儀の片刀、左右から退路を完全に塞ぐ。
「降れ。」何赤哲は淡々と語る。
高永康弘は顔を上げ、清痩だが剣のように鋭い中年剣士を眺め、やがて笑う。苦い、同時に安堵した笑みだ。
「武士は……降らぬ。」
太刀を上げる間もなく、何赤哲の剣が肩甲骨を突き抜ける。急所ではないが、刀を握る腕を完全に封じる傷だ。
「降るかどうか聞いているのではない。」何赤哲は無表情に言う。「お前が捕虜になったことを告げているだけだ。」
少し離れた場所、小田成叡も茗琅の斬馬刀の峰で地面に叩き伏せられ、李宝桐の大槌が頭上三尺に突きつけられている。
「こいつも生け捕れ!」李宝桐はどっしりとした声で叫ぶ。「まだ戦い足りぬ!」
五百の親兵は全滅。二人の主将は共に捕らわれた。
遠くでこの光景を目撃した残りの日本兵は戦意を完全に喪失し、散り散りになって南へ逃走、小西行長の撤退軍に追いつくように慌てて逃げ去る。
平壌城の城壁の上、申鶴、刻晴、香菱がすべてを見届けていた。
「あれは……」刻晴は城下に押し寄せる明軍、鬼神の如き明の将軍たちを眺め、茫然と呟く。「援軍?」
申鶴に珍しく微かな笑みが浮かぶ。「李如松の部下たちだ。間に合った。」
香菱が突然下を指す。「彼ら、城門に向かってきた!」
城門の外、一隊の明軍騎兵が疾走し、先頭の五人が馬から下りる。何赤哲、曲首鴿、茗琅、宋征儀、李宝桐である。
何赤哲は城壁の上を仰ぎ、拳を合わせて礼を述べる。
「明の剣士・何赤哲、李如松将軍の命を受け、平壌包囲を解く。城上にいらっしゃるテイワットの義士たち、城門を開けて語り合ってもよろしいか?」
申鶴と刻晴は視線を交わし、同時に頷く。
城門がゆっくりと開いた。
香菱が一番に櫓から駆け下り、将軍たちの前まで走り、瞳を輝かせる。「皆さんすごい!大槌を持った方は一撃で大勢をなぎ倒しました!」
李宝桐は大きく笑い、腰の金槌を叩く。「娘さん、お世辞を言うな!何日も城を守り続けた君たちこそ真の勇士だ!」
何赤哲はゆっくり近づく申鶴と刻晴に視線を向け、血痕、包帯、疲れ果てた表情を眺め、心底からの敬意を宿す。
「二人のお嬢様……いや、三人のお嬢様。」深く一礼する。「何某は明と朝鮮に代わり、感謝を申し上げる。」
申鶴は礼を避けて横に身を置く。「礼には及ばない。我々も自らのために戦っている。」
刻晴が問う。「捕らえられた二人……高永康弘と小田成叡、どう処分するおつもりか?」
「京へ護送し、献俘式にかける。」何赤哲が答える。「諸倭に見せつけよ、明の属国を侵す者は遠くとも必ず討ち取られると。」
一瞬間を置き、剣士特有の冷徹さが和らぐ笑みを浮かべる。「だがその前に、李将軍の命で城内に留め置く。三人のお嬢様に、一泡吹かせてやる時間を与えようか?」
香菱が「ぷっ」と吹き出す。
刻晴もつられて口角を緩める。
申鶴は無表情のままだが、瞳に極わずかな笑意が走る。
「私的な報復は不要だ。」彼女は語る。「生かしておき、敗北の味を自らの目で見せる方が、殺すより残酷だ。」
何赤哲はじっと彼女を眺め、頷く。「お嬢様の言う通り。」
城門の外、夕日が地平線に沈み、平壌城一面を緋色に染める。
南方の空に日本の旗は次第に遠くなり、やがて夕闇に消える。
包囲は解けた。
京都、聚楽第。
豊臣秀吉が手に持つ茶碗が「パチン」と砕ける。熱いお茶が手にかかるが、彼は一切気にしない。
「高永……小田……捕らわれた?」歯の隙間から搾り出すような声、骨まで凍える寒さを帯びる。
下段に跪く石田三成は額を床に押しつけ、顔を上げられない。
「はい……八万の明軍援軍が突然平壌城下に現れました。六天大虎の残り四人は突破に成功しましたが、高永殿、小田殿は生け捕られてしまいました。」
「愚か者。」秀吉の声は静かだが、三成は全身震え上がる。
「皆愚か者だ。」
彼は立ち上がり、窓際へ歩き、夜の景色を眺める。月明かりの中庭で菊は美しく咲いているが、彼の目には黄金の花びらが血に染まって見える。
対馬は焼け、福島正則は死んだ。高永康弘と小田成叡は捕虜となり、平壌は落とせなかった。
さらに恐ろしいのは、明軍の主力が到着したことだ。これは明が本格的に戦争に乗り出したことを意味する。
「命令を伝えよ。」秀吉はやがて口を開き、戦慄を誘う静けさに包まれる。
「加藤清正、黒田長政に陣線を縮小させ、漢城を死守せよ。脇坂安治に水軍を再編成させ、南海を厳しく封鎖せよ。それから……」
一瞬、言葉を止める。
「宮本武蔵、佐々木小次郎を即刻北上させ、前線の指揮を掌握させよ。」
三成は顔を上げ、驚きを露わにする。「殿、お二人は剣客であり、将帥の才ではありません……」
「知っている。」秀吉は振り返り、狂気と冷静が混ざり合った目を輝かせる。「だがテイワットの連中は、普通の武士では相手にできぬ。『妖』を討つには、『鬼』を差し向けるしかない。」
地図の前に進み、一指で一点を指す——漢城だ。
「ここで、決戦を行う。」
窓の外、夜は深まる。北方に戦争の暗雲がますます厚く集まっていく。
だが今の平壌城には、久しぶりの安らぎが訪れていた。
城内、臨時で借用された屋敷で、香菱はようやく安心して熱いスープを煮込めるようになった。狼牙棒に鍋を叩き壊される心配もない。胡桃が鍋の周りをうろつき、スープを待ちわびている——いつの間にか対馬から平壌へ駆けつけていた。
「香菱、まだ?」
「もうすぐ、もうすぐ!」
刻晴は柱にもたれて休む。数日ぶりに本当に力を抜くことができ、傷はうずくが気分は大分回復した。
申鶴は一人屋根に座り、南方の夜空を眺める。遠く、明軍の野営地の火が煌めき、五人の猛将の影が炎の中に揺らいでいる。
ふと空のことを思い出す。対馬へ遠征した小隊のこと。焼かれた穀倉、爆破された火薬庫、空から舞い降りた風龍の姿。
「生きている。」誰に向けるでもなく静かに呟く。「皆、生きている。」
中庭から香菱の歓声が上がる。「スープができた!」
刻晴は目を開け、穏やかに笑う。「行こう、スープを食べよう。」
申鶴は屋根からひらりと舞い降り、白い衣が月明かりの下、霜のように輝く。
三人は鍋を囲み、湯気の立つ椀を手にし、豊かな香りが辺りに満ちる。
城壁の上、明の旗が風になびく。城門の外、捕らわれた高永康弘と小田成叡が牢へ護送される。さらに遠くでは日本の敗兵が南へ撤退し、明軍主力が集結を進めている。
戦争はまだ終わらない。さらなる大決戦が待ち受けている。
だが少なくとも今夜だけは、平壌城は安らかに眠れる。
それで十分だ。




