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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
三章 「友達」の意味
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80. 光明を目指して

 カライアから旅路を共にしてきた船に次いで郵便船という便利な足をも失った六人は、いつかリーデンでも直面した「船を買うか商船を乗り継ぐか」の二択に改めて答えを出すことを迫られ、当時と同じくラズエイダとファンエーマの身を守るためという理由で後者を選択した。

 今焦って安い船を買うよりは、大迷宮で稼ぐ金で少しでも質の良い船を造ればいいだろう、という判断もあった。漁船を買うために大枚をはたいた直後でもあったし、それに郵便船に揺られる間にもそれなりに大迷宮への旅は進んでいて、既に残りの距離は一月程度に過ぎなかった。



 テレミアたちが手にした身分証が重要資源迷宮への入場を禁じていたのもあって、六人の旅はやや寂れた島を中心に選ぶものとなった。


 今はハーダーンを出てから四つ目のレーファーフィングという島にいて、いつものように六人は島の宿に荷物を置いて迷宮【棘(ひし)めく砂地】に飛び込んでいた。


「はあっ!」


 テレミアの突き出した突剣カサノルの先端が大(さそり)の硬い甲殻に食い込み、面白いように切り裂いていく。

 苦し紛れに振り回される毒針突きの尾をファンエーマが槍で弾いて、宙に浮いたところにモムルが短矢で柔らかい腹を貫いた。

 動かなくなった大蠍を置いて、テレミアはオトとヘステスが足止めしているはずのもう一匹の方に目を向けた。


 炎の壁が砂地の上に立ち上がり、波に揺れる海藻のように絶え間なく動き回っている。

 砂の中を潜行する敵の位置をオトが探知し、ヘステスが彼女の指示に応じて進路を阻むように炎を動かす、という方法で二人は安定して接近を防いでいた。


 既に息も絶え絶えであろうそれに止めを刺すべくテレミアが駆け出した直後、オトがぱっと振り返って叫んだ。


「三匹目! ラズエイダの背中! まだ距離はある!」


 直後、二匹の大蠍から最も遠い位置にいたラズエイダの背後に、甲殻をてらてらと日に塗らす新たな大蠍が砂を吹き上げながら現れた。


 ラズエイダは後ろを振り返ることすらせず、「『風よ』!」と魔導を自らにぶつけ、砂地の上を転がるようにして距離を取った。

 潔いほどに無様だったが、それをせせら笑うことはしない。これがラズエイダなりの本気での戦闘への向き合い方だからだ。

 

「イダ様っ!」

「ぶっ、ぐっ、助けはいらないっ」


 ファンエーマが伸ばした手を払って、ラズエイダは口から砂を吐き出しながら立ち上がった。


「行くよ!」

「っ、はいっ」


 テレミアはファンエーマに呼びかけ、懐に手を伸ばした。

 慣れた感触のオトの札と、最近になって増えたラズエイダお手製の符紙を探り当て、手に握る。


「『脚』」


 札が燃え尽き、柔らかい砂地を踏みしめるための爆発的な力が脚に宿る。

 次いで、テレミアは残った符紙を剣に叩きつけるようにして切り裂いた。

 脚に比べれば随分と生ぬるくも、全身に滾々と力が湧き上がる。


 隣でファンエーマも同じように突撃の準備を済ませ、槍を構えた。

 見れば、槍の穂先には黄色い閃光が纏わり付いている。


 地面を蹴り、背後に砂をまき散らしながら二人は獲物を探す大蠍に向かって風のように駆け、頭には剣を、尾には槍を、それぞれ突き出した。

 急所を貫かれ、痺れる尾は動かず、がしゃ、という情けない悲鳴と共に大蠍は崩れ落ちた。


「『腕』」


 圧倒的な切れ味にものを言わせて頭から引き抜いた剣を、今度は直剣のように振り下ろす。

 硬直した身体は狙いが定めやすい。甲殻の隙間から頭を切り落とされて、魔物は光となった。


 振り返った先で、オトとヘステスの支援に回ったモムルが、僅かな砂の揺らめきを見極め短矢を大蠍の目前に打ち込んでいた。驚いて砂中から飛び出したそれに直接二発お見舞いするも、背中側の硬い甲殻を貫くには至らない。


 砂上に着地した大蠍は尾と両の鋏を大きく振り回して敵を威圧する。

 しかし、魔物の警戒の甘かった横から、気配を消したオトが小刀を突き出した。

 ファンエーマの槍と同じように雷を纏った小刀は、蠍の甲殻の隙間に的確に突き立てられ、硬い鎧に守られる体を痺れさせる。


「『飛べ氷槍』」


 動かない敵などただの的だと言わんばかりに、ヘステスが氷魔導で甲殻ごとその体を叩き潰し、三匹の大蠍との戦闘は決着した。



 手強い魔物である大蠍に対する有効打を複数種類揃えていたテレミアたちは悠々迷宮の奥地まで進み、手つかずの仙人掌を大量に収穫して迷宮を離脱した。

 ヘステス曰く、棘の生えた肉厚の珍しいその植物は痛みを和らげる強い薬の原材料になるようで、重篤な病で壊れた内臓を抱えるような人々がこぞって買い求めるらしい。


 儂もそろそろくたばると思えばいくらか買っておくべきかの、という悪い冗談にモムルが呆れたように返すのを背後に聞きながら、テレミアは少し前を歩くラズエイダとオトの二人を眺めた。ラズエイダは背中に仙人掌の詰まった大きな籠を背負いながらも、オトと何やら談笑している。


 自分の役割を欲しがるラズエイダは、重い荷物を抱えることにこだわりがあるようだった。「どうか私にお任せください」というファンエーマの申し出を意地になって断り続けて、いつの間にかファンエーマも肉体労働に励む主君を前に何も言わなくなった。

 初めの頃は歩みが遅いとヘステスやモムルに駄目出しを食らっていたのが、迷宮で光を吸収して力をつけつつあるのか、最近はこうして先頭を歩くことも多い。


 そもそも、決してラズエイダは木偶の坊であるわけでもない。ラズエイダが作る魔導具はテレミアやファンエーマの戦型に無理なくはめ込むことができていて、雷氷炎の三属性の力を与える符紙と力を高める符紙、そして軽い怪我を癒やす符紙はオトの札と共に懐に常備されるようになった。

 起符術士が個人で戦闘を行う際には、”籠められた力を解き放つ”魔導を扱うらしい。戦場の渡り方を知らないラズエイダがそれをどう活用するのかについてはまだヘステスと共に検討中らしく、「もうしばらくは荷物持ちでいさせてくれ」としおらしそうにしている。別にテレミアと一つになればいくらでも自分で剣を振り回せるのだから、ラズエイダのままでは戦えないことなどそこまで気にする必要もないはずなのだが。


 オトはそれほど変わったとも言えないが、ファンエーマ、ラズエイダの二人と友達の関係になったことで、戦闘中の細かな連携を滞りなくこなせるようになった。また、索敵や陽動を担うことが多いオトは、どうもラズエイダの潜む場所にこだわりがあるようで、戦いの始まる前にラズエイダに指示を出すことも増えた。


 ラズエイダと話すオトの顔は和やかそのものだ。ニラギで「同い年の男の子とは、何を話せば良いの?」と真剣に訊いてきた初心な彼女はもうどこにもいない。


 テレミアの視線に気づいたオトがこてんと首をかしげたので、テレミアはひらひらと手を振って、なんでもない、と伝えた。


 中将が持ってきた道具は、中将の言葉を借りれば、「百発百中という万能の道具ではない」。従って、オトの言葉は決して完全な潔白を証明するものにはならない。

 それでも、オトを信じてみよう、というのが新たなテレミアの決意だった。

 私を大切に思ってくれるその気持ちを信じ、オトをどこまでも大切にする。

 真偽を見抜く道具によって裏打ちされた深い信頼関係は、ラズエイダの言ったとおり、とても”良いもの”だった。



「なあテレミア、相談があるんだが」


 テレミアは表情に笑顔を貼り付けて振り返った。


「なーに?」

「いい加減新しいボウガンを買いたいんだ。こいつも別に悪かねえが、引きが弱くてな」


 モムルは決して小さくはないボウガンをまるでただの棒きれであるかのように軽々振り回し、ため息をついた。


「さっき蠍に矢が刺さらなかったろ? あれじゃあお前ら前衛だけで全部なんとかしてるだけになっちまう」


 確かに、モムルが放つ短矢は硬い甲殻に弾かれるばかりで、大蠍に対してほとんど有効打とはなっていなかった。

 かつてはバリスタほどの大きさもある特注のボウガンを取り回していたモムルにしてみれば、なけなしの金で買った今の”小さな”ボウガンは物足りないのだろう。


 しかし、それは考えようによっては全く違う見え方をする。


「お金に余裕は、まぁないこともないけどさ。この前も言ったけど、まだ保留。いつまた大金が必要になるかもわかんないし」

「……そうかい」


 テレミアは肩をすくめたモムルを宥めながら、己とラズエイダの二人を視界に収められる位置を正確に保ち続けるファンエーマをちらりと盗み見た。

 彼女が背負う槍はカライアの鍛冶屋で適当に盗んだもので、モムルのボウガンと同様に彼女のために誂えられたものではない。そもそもが修理のために置かれていたものを使っているのだから、元から決して質が良いものとは言えない。


 しかし、ファンエーマが自身の武具に関して何か要望を発することはなかった。


 一度、気を遣ってテレミアからファンエーマに尋ねたことがある。


 ───ファンエーマ?

 ───はい。

 ───革鎧がほしいとか、身体に合わせた槍がほしいとか、そういうのある?

 ───モムル様をご優先ください。私はオト様やイダ様の魔導具があれば十分に戦えますので。


 武具によって生じる不利を、ファンエーマは持ち前の身体能力と、オトとラズエイダのつくる魔導具で打ち崩していた。

 決して湯水のように金を使えるわけでもないから、テレミアは彼女の言葉に甘えて今まで何も買い与えることはしないできた。


 一方でモムルは、かたくなにラズエイダのつくる符紙を受け取ろうとしない。

 オトの札は直接敵と切り結ぶことのないモムルにとっては必要ないものかもしれないが、魔導の力を武具に与える符紙は間違いなくモムルの戦い方を変えうるはずなのに、である。


 そんな自分たちを嫌うモムルの姿をよく知っているから、ファンエーマはさらにモムルに遠慮してしまって、希望を自身の中に留めるようになってしまう。



 最近までテレミアは、仲間の輪を乱すモムルの振る舞いについて、単にサランダでファンエーマに殺されかけたときの苦い思い出がそうさせているのではないか、と考えていた。

 それが、ヘステスとオトの二人から裏切り者の疑いが薄れたことで、別の疑念に取って代わられつつある。


 カライアでテレミアを殺せなかったこと、ラグーダに「東国アルタスの伝説の剣」を献上できなかったこと。こうした自身の失態を悔やみ、その腹いせとして幼稚な嫌がらせを続けているのではないか。

 どうして、心臓に矢を放つだとか首を絞めるだとか、そういう直接的な攻撃に出てこないのかは相変わらず分からないが、ともかくこれでモムルが一向に止めようとしない非合理的な振る舞いに説明をつけられはする。

 そもそもモムルがテレミアを守ることを至上命題としているのなら、テレミアを守るために使えるものは何でも使うはずだろう。ファンエーマと緊密に連携し、ラズエイダをこき使ってでも有用な魔導具を量産させ、自身は最大効率で敵を屠る。

 少なくとも、カライアで十五年間テレミアを護り続けたモムルは、そういう人物だった。


 何がモムルを変えてしまったのかを知る必要がある。

 そして、あわよくば、私の方に引き込むのだ。


 オトとはまるで思ってもみない方法でわかり合えたのだから、きっとモムルのこともどうにかなる。

 どうにかしてみせる。


 胸に決意の炎を点して、テレミアは島の中心街へと続く小径(こみち)を歩んだ。

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