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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
三章 「友達」の意味
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73. 蹂躙

 可能な限りの速さで空を突き進み、あっという間に二人は眼下に戦場を見下ろす場所までたどり着いた。


(惨たらしいな)

(なにせ北方一の海賊だからね、私たち)


 広がる惨状を、テレミアとラズエイダは募る焦りを押さえつけながら眺めた。


 既に何度も繰り返される攻撃を受けた郵便船は見るも無惨な姿で、船体のそこかしこに大穴が空き、海賊たちの侵入を待たずして甲板にはいくつもの骸が転がっている。

 血を流して這いずり回り失血死したもの、腹に大きな穴が開いて臓物が垂れ流しになったもの、焼け焦げて顔の判別も付かないもの。どの骸の側にも、耐火加工の施された布や水桶が転がっていた。燃え上がる火を消し止めるために、死を覚悟の上で果敢にも飛び出したのだろう。

 どれもが一応は知った顔である以上、胸が痛む思いがした。

 そしてそれ以上に、オトが無事でいるのかどうかが、二人にとっては気がかりだった。

 

 しかし、心配をするだけで事態が前に進まないことなど、二人にはよく分かっている。


(大丈夫、オトはきっと生きてる)

(オトが易々と殺されるはずがないだろうさ)


 どちらからともなく心を奮い立たせるための言葉を伝え合って、二人はルカの率いる海賊船団を討ち滅ぼすための準備を始めた。


 風を緩め、降下する。


(足場を)

(炎を)


 二人で描いた一枚の絵をなぞって、テレミアは手を伸ばし、ラズエイダは一心に想像を膨らませる。


 海賊旗のはためくマストの先端を掴んで、身体を縫い止め、飛行のために使っていた風魔導を切り上げる。


〈──〉


「『炎よ我が導に従い薙ぎ払え』」


 甲板を一瞬のうちに火の海に沈め、既に戦いの趨勢は決まったと油断しきっていた海賊たちの身体を焼き尽くす。


〈──〉


「『風よ我が導に従い吹き荒べ』」


 燃えさかる炎にさらに薪をくべるべく、乱暴な風を吹かす。

 帆に火が付いて、二人のいるマストの頂点にすら熱が届き始めた。


「あああぁぁ!?」

「熱い、痛いぃ!」

「助けて、くれぇ……!」


 一切の前触れなく出現した地獄の中で、海賊たちは阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。


「水、水だ! ロクロクはどこにいる!」

「駄目だ、焼かれた!」

「手旗士は旗艦に繋げ! 腕利きの炎魔導士、射程距離不明! 繰り返す、腕利きの炎魔導士、射程距離不明!」


 そんな中でも冷静さを保っている人間もいて、すぐに消火や各船との連携が図られ始めた。


 戦場での混乱を乗りこなすことなどお手の物であろう彼らを一人一人丁寧に殺すのはあまりにも手間だ。どれほどの数がいるのかも定かではないし、時間をかければかけるほどオトの命は危うくなっていく。


 だから、二人はもっと直接的な方策を選択する。


〈──〉


「『風は私の友、その腕の中が私の居場所、その吹く行方が私の行き先』」


 マストから手を離す。

 しかし二人は空へ飛び上がるのではなく、海に向かって舞い降りた。


〈──〉


「『出でよ氷壁』」


 海面のすぐ上に氷の舞台を生み出して降り立ち、正面に船の外壁を見る。

 矢と魔導から木製の船体を守るための分厚い金属板が貼り付けられた、無骨な平面だ。


〈──〉


「『魔闘・天衣』」


 かつて小さな客人たちから学んだ魔導によって、溢れる力を身に纏う。


〈──〉


 二人は右手に光り輝く剣を握りしめ、それを大きく振りかぶり、船の外壁に向けて振り下ろした。

 ちゅいん、という奇妙な甲高い音がして、突き進んだ剣は面白いように船体にめり込んでいった。


 力任せに剣を引き抜き、鉄の塊を貫き、また引き抜いては貫く。水面の下にも同じように、剣で傷をつける。


 刻み込まれた切れ目に思い切り体当たりして押し込んでやれば、がこん、という音と共に外壁の一部が脱落し、船に大きな穴が開いた。

 勢いよく水がなだれ込んでいく。


 二人は船の中に入り込んで、さっとあたりを見回した。想定通り、戦いを前提として建造された船らしく、水の侵入を厳重に防ぐために空間が細かく区切られている。


 しかし、防御を担う外壁とは異なり、船の内側の壁は全て木の板で造るものだ。


〈──〉


「『魔闘・砲槍』、『魔闘・砲槍』、『魔闘・砲槍』、……」


 手当たり次第に周囲の隔壁を破壊し、中から船を滅茶苦茶にしてしまえば、この船が辿る運命は確定する。


 穴を塞ぐことができるような工兵や魔導士は甲板で炎の対処に当たっている。仮に異変に気づいて降りてきたとしても、その頃には既に水はどうしようもないほどに船を飲み込んでいるだろう。


 舞い散る木片と渦巻く水の流れを強引にかき分け、沈み行く船から脱出する。


(残り四つ)


 一つの重なる意思のもと、二人は空へと舞い上がった。



 二隻目は同じ方法で簡単に片付けられた。

 しかし二度も同じ方法で襲われれば流石に海賊たちの中でも情報の整理がついたようで、三たび炎を甲板にまき散らした直後に水魔導が覆い被さった。火に巻かれた者も、すぐに布にくるまれて治療を受けている。


「上だ、上になにかいるぞ!」

「風魔導士か!」

「いや、人間じゃねえ!」

「はぁ!?」


 青肌の奇妙な人影が空を飛び回っていることに海賊たちが気づき始めた。

 陽動にもはや意味はないと判断した二人は、一度空高くから戦場を見下ろした。

 郵便船を取り囲む五隻の海賊船のうち、一隻は既に横転して海の中に沈み、もう一隻も大きく傾き始めていた。

 残り三隻の甲板には海賊の姿は見えない。未知の攻撃に対して、無防備な姿を晒さないことで最低限の防御としたのだろう。

 最も大きな船、おそらくルカの乗る旗艦からけたたましい銅鑼の音が鳴り響いていた。


(攻撃が止まっているな)

(縄ばしごはかかってないし、略奪が始まったから攻撃を緩めたって感じじゃない。私たちに怯えて動けなくなってる)

(時間を稼げたか。これで堂々と戦える)

(殲滅しよう)


 一瞬のうちに立った方針に沿って、旗艦の甲板に降り立つ。

 膝をついた姿勢から露骨にゆっくりと身を起こす間に、周囲でざわめきが怒号へと移り変わっていくのがよく聞こえた。


〈──〉


「『魔闘・召盾』」


 背中から身をくるむように巻き込む形に光の盾を生み出して、テレミアがその維持を単独で担う。


 わざとらしく手を掲げ、


〈──〉


「『炎よ我が導に従い薙ぎ払え』」


 振り下ろすと同時にラズエイダが一面を炎の海とする。


「───!」


 どこかで声がするのは、おそらく水魔導の詠唱だろう。


〈──〉


「『風よ我が導に従い吹き荒べ』」


 ごう、と風が吹き荒れた。

 ぼこぼこと周囲に湧き出す水の塊が、風に押されて遙か彼方へと飛び去っていく。


 やがて水の出現がまばらになりはじめた。

 魔素切れを起こしてしまったのか、魔導を使い続けることが難しくなってきている様子だった。


 新たな水の塊が現われなくなった時点で、甲板についていた火は半分ほど消し止められていた。


〈──〉


「『炎よ我が導に従い薙ぎ払え』」


 だから、もう一度炎を撒き散らす。

 再び船の上は火の海になった。


 魔導で力比べをするなら、その勝敗は最初からわかりきっている。


〈──〉


「『飛べ氷杭』、『飛べ氷杭』」


 当たりをつけておいた物陰に向けて攻撃を放つ。「ギッ」という短い悲鳴が二度聞こえて、そして水の出現が止まった。

 後は放っておけば船は焼け落ちるだろう。


 背後に乾いた打撃音を聞き、そちらを振り返る。

 顔をとてつもない怒り一色に染め上げた男が弓を構えていた。テレミアも顔を知っている、ルカの腹心の一人だった。

 再び打撃音がして、鏃の歪んだ矢が転がった。

 男は己の矢が実体を持たない光の盾に阻まれた事実を受け入れられないのか、それとも得体の知れない存在を前に半ば正気を失っているのか、気が狂ったように弓を引いては離すことを繰り返している。


〈──〉


「『飛べ氷槍』」


 無造作に伸ばした手の先で、血の花が咲いた。


 また背後にうるさい足音がしたので、身体を向ける。

 燃えさかる炎の中を、宝石で飾った曲刀を構えた男が突進してきていた。ルカとよく似た下品な笑いが記憶にある、やはり彼の腹心の一人だった。今その顔に浮かぶのは、品の無さとは全くかけ離れた、恐怖と覚悟の刻まれた決死の表情だった。


 二人は左手に銀の盾を生み出し、襲い来る曲刀を軽く払いのけた。

 右手を男の胴に添え、そこに剣が現れることを想像する。金色に輝く光の筋が青い身体から幾重にも湧き出し、一つのまとまりを作り出す。


「ごっ、ぶ」


 寄り集まった金色は、青い右手の中から伸びるように、たまたま都合の悪い位置に立っていた不運な男の肉を輝く金属に置き換えながら、形を成した。


 心臓を両断されて即座に事切れた男から剣を引き抜き、ぴっと血を払う。

 どうやらこの二人が戦意を保っていた最後の人間だったらしく、それ以上の攻撃はなかった。


 しかし、まだ戦いに決着はついていない。


(ルカは?)

(探そう)


 大将首を獲っていない以上、勝利は約束されていない。


〈──〉


「『忍びは敵の息を聴く』」


 二人は忍術で周囲の気配を探ることとした。

 旗艦のどこかに強大な反応があれば、それがルカのはずだった。

 しかし、それらしい反応が返ってこない。


(……いないね)

(別の船か)


 結論を導き出した二人は、甲板を走り、空に向かって身を投げた。

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