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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
三章 「友達」の意味
64/99

64. 授暦15347年 7月 30日

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授暦15347年 7月 30日


 今回の内容:土、土魔導



 要点


一. 自然土とは石、水、空気、そして生物由来の滓の混合物である

・石は大きいままであったり、目に見えないほど小さくなっていたりする

・水を含まない土はすなわち砂である

 水を含んでいるから砂粒同士が接着して固まる

・空気を含まない土はすなわち岩である

 土を押し固めると縮まって硬くなるのは、含んでいた空気が抜けるから

・生物由来の滓は、枯れ落ちた植物、腐った死骸など

 土特有の「匂い」「色」「柔らかさ」の由来



二. 四つの混合比、そして石・滓の由来が土の性質を決める

・混合比は決して一定ではない

 乾いていたり、湿っていたり、締まっていたり

 先述の通り、何かを含まないときにはそもそも土ではない

・石や滓の種類によって土は性質を大きく変える

    粘土質

    黄土質

    黒土質

    海砂質

   などが代表的

・迷宮の中に入ると上記以外にも多様な土が見られる

 豊穣をもたらす土として石紅土というものがある

 西方海域・ヴィンダの穀物生産を支える肥沃な土らしい



三. 魔導によって無から出現させた土は”最も近い島の土”になる

・パラヴェールで土魔導を使えばパラヴェールの土が出現する

・パラヴェールとグレンディの間の海上で使えば、

  パラヴェール寄りであるうちはパラヴェールの土

  グレンディ寄りであるうちはグレンディの土

  中間点では両方の土を合わせたような土

 が出現する

・どのような土魔導士であってもこの事実は普遍的



四. 魔導によって出現させる土は「混合比」を調整できる

・構成する石や滓の材質は魔導を使用する場所で確定するのに対して、含む水の量や空気の量は自由に調整できる

 「空気の少ない、押し固められたような硬い土」

 「水の多い、泥にも近いような軟らかい土」

 などが実現できる

・単に「硬くあれ」「脆くあれ」と想像を与えても構わない。結果として出現する現象自体は同一、または効果がやや大きい程度

 単に現象の理解として、あるいはより詳細な想像の源として




 考察



 全ての魔導は、魔素を用いて自らの望む物質(現象)を脳内より現出させる、という共通の説明の下にある。そして魔導適性というのは、神が我々人間一人一人の魂に対して定めた「現出させられる物質(現象)」だ。

 土魔導では「土」という物質を現出させるのではなく、石・水・空気・滓という四つの物質を現出させる。ならば、土魔導の適性はこれら四つの物質を掌る魔導への適性をも意味していいはずだろう。


 しかし、当然ではあるが土の適性は水・風の適性を併せ持つことを意味しない。

 更に考えてみれば、冶金、鍛冶、彫金などの職人が行使する金属を加工するための魔導も、石に作用する魔導という意味で土魔導と対象が被る。しかし、こちらも水・風と同じく、土魔導と適性は併存しない。


 複数の物質、あるいは現象を操ることのできる魔導であれば、”術”という名前を持つのが一般的だ。例えば、忍術が真っ先に思い浮かぶ。煙を操る陽炎の術、姿を消す霞の術、気配を探る索敵の術、など隔絶した多様な現象を操るのが忍術使いだ。霞が得意、索敵だけができない、などという忍術使いも少なくないと聞いたことがあるから、忍術適性は忍術として分類される現象に対しての適性の集合といえるだろう。


 しかし、土魔導において「水を土に含ませることができない」「生み出される土が決まって岩のようになってしまう」という困難があるとは聞かない。つまり、土魔導は忍術のような「適性の集合」ではない。


 どちらの説明からも、土魔導というものを満足に理解することは困難だ。


 ”石・水・空気・滓の四素材を同時に操る魔導”を土魔導の定義とし、他のことはできないのだ、と決めつけるのは簡単だ。しかし、どうにもそれだけでは魔導というものの真理から遠のくような感覚がある。

 改めて書くが、全ての魔導は、魔素を用いて自らの望む物質(現象)を脳内より現出させる、という共通の説明の下にある。そして魔導適性というのは、神が我々人間一人一人の魂に対して定めた「現出させられる物質(現象)」だ。

 この綺麗な論理に、何か欠点があるとでもいうのだろうか?


 例えば、他の属性の魔導についても、実際の所複数種類の物質を操っているとしたらどうだろうか?

「炎魔導では、目に見える炎と、目に見えない油のように燃える物質を同時に出現させている」

「「水」と呼ばれる物質は二つの物質 ”み” と ”ず” が合わさってできるもので、水魔導ではそれら二つを混ぜて出現させている」


 これで、魔導の説明は次のように書き換えられる。


 全ての魔導は、魔素を用いて自らの望む”型”通りの混合体を脳内より現出させる。

 そして魔導適性というのは、神が我々人間一人一人の魂に対して定めた「現出させられる”型”」だ。


 つまり、我々人間が見ることのできる物質や現象(水、炎)はそれ自体が既に”型”で、いくつかの物質を混ぜることによって得られるのだ。


────────────────────────



 ───悪くないな。


 手ずから導いた新たな魔導理論について、ラズエイダは率直にそう思った。

 勿論、これで何百年も築き上げられてきた魔導理論の全てをひっくり返そうなどという思い上がった自惚れを抱くつもりもない。きっとヘステスに尋ねてみれば、いくらでも不足の指摘を受けることになるだろう。しかし、議論としては面白い物になりそうな予感がある。なにより一本の筋が通っているのが気持ちよい。


 いつかヘステスが話していた”物素”という概念についても、これで何か説明をつけることができるだろうか。


 そんなことを考えつつペンを置くための場所を探していると、隣からオトがさっとインクを拭うための布を差し出してきた。


「感謝する」

「ん」


 布を受け取って、ラズエイダはペン先を拭い、そしてペンを置いてオトの座る寝台の方に身体を向けた。質素だが彫刻の飾りがついた木製の台や白く清潔な布地は、見るからに「客」としてオトが扱われていることを露わにしている。


 郵便船で、オトはドレッシュによって客室を一つ与えられていた。一方でラズエイダたちは船の奥底にある倉庫に押し込められ、横たわる場所と簡単な筵だけで既に二日を過ごしている。

 仕方のないことだとは分かっていても、こうしてオトが受ける歓待を目の当たりにすると皮肉な感情がこみ上げてくる。


「どうしたの?」

「……なんでもないさ」


 その不満をオトにぶつけるわけにはいかないだろう、とラズエイダは顔に浮かんでいた苦笑いを引っ込めた。


「改めてだが、机を貸してくれたことに感謝する。私達の居る場所にはこんな立派な書き物机はないからな」

「気にしないで。……みんなが不便してるのは、私のせいだから」

「いいや、誰のせいでもない。事の成り行きで仕方なくこうなっただけだ。お前だって、延々と部屋に閉じ込められて息苦しくしているだろう?」

「……そう、だけど」


 問い返すと、オトは気まずそうに口を結んだ。

 いくらドレッシュの娘とはいえ、テレミアやモムルと同じく海賊の身であるオトは、下手に船内を出歩けば海賊を恨む船員たちとあらぬ諍いを生んでしまう。それを恐れたのだろう、ドレッシュは与えられた客室から外に出ないようオトにきつく言い含めていた。

 結果としてオトは、何かと話したがるドレッシュの来訪を除けば、一人孤独に海の上の時間を過ごすこととなっている。

 気心知れた人間との会話が恋しくなったのだろうか、オトが「部屋にある机を使っていつもの書き物をしていかないか」とドレッシュを介してラズエイダに誘いを入れて、それでこの場が生まれたのだった。


「ええと、来てくれて、ありがとう」

「礼を言われるようなことは何らしていない。むしろ私の方が助かっているのだぞ。お前がこの場所を私のために空けてくれたのは、ただひとえにお前が親切だからだ。そう思っておくと良いさ」

「……う」


 照れを隠したいのか、オトはふいっとそっぽを向いた。

 距離を取られていた頃はまるで凪いだ水面のようにすら思えていたオトの心の内がとても豊かであることを、こうした語らいを続けている間にラズエイダはいつの間にかよく理解するようになっていた。


 こうやって恥ずかしがること、何か良いことがあれば満足げに頬が緩むこと、オトが表にできるのはそういう単純な感情表現だけにとどまらない。

 一見動きの緩いようにしか思えないオトの表情は、その緩く小さな動きの機微さえ掴んでしまえば、心配や同情、時には苛立ちすらも、驚くほど雄弁に、真っ直ぐに明らかにしてくれる。隠れている思い、隠したい心があるのかすら怪しいほどに、真っ直ぐなのだ。

 かつての自分が「籠絡」などを想定していたのが、今のラズエイダにはまるで馬鹿馬鹿しく思えていた。

 彼女はただの純粋な一人の少女に過ぎないのではないか。ラズエイダは半ばそのつもりでオトとの時間を過ごしている。


「丁度忍術の話を書いたが、オト、お前は忍術は得意な方なのか?」

「わからない。他の忍術使いをあまり知らないから」

「そうだな、ヘス……()()()()はなんと仰せだった」


 誰の耳があるか分かったものではないので、設定通りの呼び方でヘステスのことを呼ぶ。

 オトは声を出さずに笑って、そして髭をなでるそぶりを真似しながらわざとらしい口調で言った。


「……儂の次に上手い、って」


 ラズエイダは素直に笑ってから、「だとすれば達人と呼ぶべきなのだろうな」と返した。オトは細い目をさらに細めていた。


 もちろん、この無警戒な姿勢が酷く危険なものであることも、忘れてはいない。彼女は裏切りの嫌疑がかかった三人の内の一人である事実に変わりはない。

 だからラズエイダは、ずっと必死に自らを律しながら、純真にしか思えないオトに対峙し続ける。まるで無警戒な少年の姿をオトに刻み込めた、と確信できるまで。


「テレミアの側にお前がいたことが、テレミアにとってなんと幸運だったか。お前と時間を過ごしていると、つくづくそう思う」


 ラズエイダはインクが乾いたことを確かめながら書き上げた考察の紙をまとめて、そして椅子から腰を上げた。


「メリング、という島にもうそろそろ到着するのだったな」


 尋ねると、オトは小さく頷いた。


「日が暮れる前に、ちょっと遠くに見えた」

「すると、明日はいよいよ仕事か」


 ふう、と息を吐けば、オトが申し訳なさそうに小声で囁いた。


「……無理はしないで」

「力仕事程度に無理も何もないさ。お前もドレッシュ様とうまく付き合うんだぞ」


 それが別れの挨拶だった。

 オトと微笑みを交わし合って、ラズエイダは客室の扉を押し開けた。


 細い通路の少し先に、腕を組んだ男が立っていた。

 ドレッシュはラズエイダの姿を視界に収めるやいなや、いかにも恨めしいという感情をありったけに込めた視線をぶつけてきた。


「……用事は済んだか」

「実りある時間とさせていただきました。心より感謝を申し上げます」

「そうか。さっさと失せろ」


 ラズエイダは素直に命令に従い、足早に客室の前を去った。

 余計なことを言って怒りを買ってはたまらない。この男は、文字通り、ラズエイダたち全員の生殺与奪の権を握っているのだから。


 後ろでついさっき通り抜けた扉が再び開く音がした。ドレッシュもこれからオトと話をしようというのだろう。

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