6. 盾
オトが落ち着いてから、剣を抜いて何度か素振りをしてみたり、他にも様々な動きを試して、テレミアは確信を持って結論を出した。
治癒魔導を使ったわけでもないのに傷は完璧に治っているし、その上に、これまでに倒してきた魔物たちから得られた分の何十倍、あるいは何百倍もの強さを得られたらしい。
どう考えても、ミノタウロスの身体から生まれた光を盾がまるごと吸収したあの光景がその要因だろう。
夢の中で突然襲われてからずっと敵と見なしてきたこの盾は、テレミアの命を救うどころか、力を与えてくれたのだ。
「さっきまでのミアとは動きの質が違う。その盾のおかげ?」
「きっと、ね。光を全部取り込める分、強くなれるんだよ」
もしたった一度の戦闘でこんなに力を得ることが出来るのなら、十回積み重ねれば? 百回積み重ねれば?
もはや、海賊団の中に敵はいなくなるだろう。
……この盾は、生まれて初めて出会う希望の光なのかもしれない。
「もしかしたら、私、すごい物を手に入れちゃったかも」
しげしげと盾を眺める。
「オト、帰り道でもちょっと魔物を倒してみて良い?」
「本当に身体は大丈夫なの?」
「うん、ミノタウロスの王と戦う前より元気なくらい」
「分かった。無理だけはしないで」
テレミアは屈託無く笑うことでオトに答えた。
いつの間にか広場の隅に出現していた宝箱から兜を回収して、テレミアとオトは迷宮の出口に向かって意気揚々と歩き始めた。
すぐにミノタウロスの通常個体と戦闘になった。
決着は一瞬だった。
相手の動きを読み切ったテレミアが斧の振り下ろしよりも早く喉を貫いて、それであっけなくミノタウロスは崩れ落ちた。
そして光となった魔物が全てテレミアの盾に吸い込まれる。身体の芯の滾りが強まり、テレミアは魔物が己の糧となったことを確信した。
それから二人がやったことは至極単純だった。
オトが索敵の術で敵を探し、見つけ次第テレミアが倒し、吸収する。
成人の儀が行われている間は迷宮に入ってくる人間はいないから、他人の邪魔が入らないうちにできる限り力を伸ばしてしまおう、という訳だ。
その過程でいくつか新たに分かったこともあった。
例えば、倒した魔物が放つ光の量がそのまま力の高まりの大きさに繋がること。
例えば、盾が吸収した光を身体の傷を治すのに使うと、力の高まりはその分だけ小さくなること。
例えば、テレミアが念じれば、光は盾ではなくオトの身体にも吸収させられること。「ミアばっかりずるい」と冗談交じりに話していたオトも、それが分かってからはテレミア以上に魔物の殲滅に熱中した。
倒せば倒すほどに力が高まっていくという分かりやすい成果を活力にして、二人は夢中で魔物を屠り続けた。水と食料が尽きるまで二人は迷宮内を駆けずり回り、増えた体力をもってしてもこれ以上は保たないという頃になって、ようやく迷宮から外に出ることにしたのだった。
外に出ると、既に辺りは暗くなっていた。
門番役を務めていたモムルに労われながら辺りを見回すと、ヘステスが近くの木に寄りかかって眠っていた。
そっと揺り動かしてやれば、しゃがれたうめき声とともに老人は目を覚ました。
「おー、遅かったの。それで、首尾はどうじゃ」
「ばっちり」
オトに持たせていた兜を受け取り、三人の前でそれを掲げる。
猛る牛の頭部を模した意匠の兜を目の前にして、ヘステスは二、三度頷いた。
「よくやった」
「うん、ありがとう……それと、もう一つ手に入れた物があってね。ちょっと見てて」
兜を小脇に抱えたテレミアは誇らしげに左腕を突き上げた。
すぐにテレミアの求めに応えるように銀色が湧き出し、前腕にまとまって、盾の形に収束する。
へえ、とモムルは声を漏らし、ヘステスは目を丸くして突如現れた盾を凝視した。
「こいつぁ何だ?」
「迷宮の一番奥に現れた階段を下った先で、不思議な夢を見たんだ。その中で私に宿ったの。いつでも自由に出したり消したりできるよ」
言葉の通りに何度か盾を出し入れして、それがまた二人の驚きを深くした。
「そのような武具があるなど、一度も聞いたことも本で読んだこともないのぉ。知らないことがまだこの世にあるとは、長く生きてみるものじゃ」
「荷物にならないってのは便利なもんだな。しかも雷とも使い分けできるんだろ、その感じだと。相当な代物だぜ、そいつぁ」
「この盾の一番すごいのは、こんなちゃちなお遊びができることじゃない、って言ったらどうする?」
「ふむ、それは何と?」
テレミアは唇の端っこをくいっとつり上げて笑った。
みんなの前でこんな顔をするのはいつぶりだろう、と思いながら説明を組み立てる。
「魔物を倒したら光の粒になって、その内のいくつかが身体に飛び込んできて私たちの力になるってのはヘステスが教えてくれたよね」
「そうじゃの」
「この盾を持ってると、光の粒を全部自分のものにできるの。つまり、魔物を倒せば倒すほどぐんぐん強くなれる、ってわけ」
「……ほぉ!」
盾の持つ価値を理解したヘステスの目が更に丸くなった。
「実際のとこ、本当にこの盾が私の味方なのかはまだわからないけど。でも一つ確かなのは、この盾があれば、私はきっと誰よりも強くなれる。こんな私にもまだツキが残ってたみたい」
その後、一度テレミアとオトは男二人を伴って迷宮に入り直し、手頃な魔物を見繕って吸収した。
その一部始終を眺めていたヘステスは「儂の若い頃にこれがあればのぉ」と一瞬だけ悔しそうに天を仰いで、そして真面目な顔で問いかけた。
「儂とオトの他の者には見られておらんな?」
「もちろん」
「モムル、侵入者はおらぬな?」
「昨日の晩から虫けら一匹通してねえよ、大丈夫だ」
「よし。テレミアよ、この盾を運用するに当たっての問題は?」
「どうしても光を集めるってのは目立つから、周りに人がいるときに戦えばすぐに見つかっちゃうと思う。今日は私とオト以外に誰もいなかったからいいけど、普段の迷宮では扱いにくいかもしれない。なんとかして人がいない頃合いを見計らわないと」
「成程、なかなかに頭の痛い問題ではあるの……じゃが」
じゃが、に続く言葉は明白だ。
「今までの事を思えば、こんなのは些細な問題だって言いたいんでしょ?」
ヘステスはにやりと笑って頷いた。
「うむ、そうじゃ、違いない」
テレミアは改めて左手に収まる盾を眺めた。幾度もの戦闘を経て、あのミノタウロスの王の攻撃も含めていくつもの攻撃を受け止めているのに、いまだその輝きに陰りは見当たらない。
「……やっと、勝ち筋が見えた」
テレミアは万感の思いを込めて呟いた。
「これから、楽しくなるよ」




