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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
三章 「友達」の意味
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59. 「……友達、だから」

 上陸したリーデンで一晩を明かしてから、テレミアたちは船大工を探しに繰り出した。

 入港するときに見えていた船渠の近くにいくつかの船大工が軒を連ねていたので、彼らに事情を説明し、費用と期間を尋ねて回る。


 成果は芳しくなかった。

 そもそも修理を請け負っていないという答え、すぐに対応して欲しいとなると今は手が空かないという答えが殆どだった。


 ただ一人船を見てみようと港まで出てくれた親方も、船の様子を見るなり「これは手が焼けますなあ」と苦笑いを浮かべてきた。


「見た限り、帆柱(マスト)と一本の帆桁が構造的に噛み合っているようですな。ありゃあ折れた左の帆桁だけ取り替えて完成、というわけにはいかない。無事な右側も含めて桁は全部取り替えにゃならんですし、継ぎ手の噛み合い次第では帆柱ごと作り直しになるやもしれませんぜ」


 そうなったらもう船ごと新造するのと殆ど変わりゃしませんが、と親方は続ける。テレミアは曖昧な笑みを浮かべながら、どうするべきかを考えていた。

 修理費を吊り上げるためにわざと大げさなことを言っているのではないか、という感覚も多少はあったが、しかし親方の見立てそのものに間違いはないように思われた。空を飛び、間近で直接帆を調べて回ったときの記憶と、殆ど違っていない。何よりそうやって直接調べたものを遠く桟橋の上から眺めるだけで看破するのだから、親方の腕に疑いの余地はないだろう。


「どれくらいかかりますか?」

「こんな場所から細かく分かったもんじゃねえですが、ま、工賃だけで金貨百は固い。期間は……他の仕事もありますんで、一月は見てもらわんと。金を積んでいただけるんならちょいと急ぐこともできますが、それでも十日が最低ですな。これは帆桁の取り替えで済んだときの話で、帆柱の取り替えが必要となったならこの程度じゃあききませんぜ」

「……そうですか、少し考えます」


 その場はそう答えるほかなかった。



 船大工の親方が店に帰って行った後に、テレミアたちは顔を突き合わせた。


「ってのを踏まえてどうするか。先に言っとくね、その辺の船を奪うのはなし。絶対後で変な面倒に繋がるから」

「そりゃの。折角ラグーダの追跡を考えずとも良くなったというに、わざわざ皇国軍に追われたいとも思わんわい。ディトリーデの南端から大迷宮まではそう遠くないしの」

「うん、そうだね。だから、私たちの選択肢は二つかな。船を直すか、それとも商船の乗り継ぎに切り替えるか。どっちが良い、とかは正直ないと思う。船を直すにしても、商船を選ぶにしても、かかる時間とお金を今完璧に読み通すなんて絶対無理だから」

「確実にするなら船を診てもらえば良いんだろうがな。見積もりくらいは立てたって良いだろ」

「そうかもね。でもたぶん見積もり自体にも時間はかかるんじゃないかなって思ってる。ってのを踏まえて、どうするのがいいか、意見ある人」


 特にこれといった主張が出てこなかったので、テレミアは「じゃあ多数決で」と決めて、少し遠巻きに四人が話し合うのを見ていたラズエイダとファンエーマを呼び寄せた。


「私抜いて五人で決めよう」

「おぬしは良いのか?」


 ヘステスが不思議そうに尋ねてきたので、テレミアは軽く頷いた。


「特別こっちがいい、みたいな考えもないし。どうせならみんなの意見を聞いてみようかなって」

「そうか」


 ヘステスにも促されつつ、遠慮がちにラズエイダとファンエーマが輪に加わる。

 それを見て、ヘステスが感慨深げに鼻を鳴らした。


「うーむ、長く四人でやってきたことを思えば、何とも不思議な気分じゃな」

「分かるぜ。本当はカライアでこの光景を拝みたかったもんだがな」


 モムルが肩をすくめる横で、ヘステスは「そういえば」とテレミアに向けて切り出した。


「今まで何とはなしに流してきたが、これからはこやつらも含めて諸々の相談をするのかの。奴隷として扱うつもりがないのなら、おぬしの配下という意味で儂らと同格なのであろう?」


 ヘステスの質問は、テレミアがまさにこれから旧来の仲間たちに向けて頼もうと思っていたことだった。


「うん。私たちは、配下とか同格とかそういうんじゃなくて、六人で一緒だから。いつかはこうしたいなって思ってた。みんなが受け入れてくれるなら、今日からでも」

「ふむ」


 なにやら含みのある反応を示したヘステスは、やおらファンエーマの方を向いた。

 

「のうファンエーマ、おぬしはラズエイダに付き従うのみの従者か?」


 突然問われたファンエーマは、反射的に「はい」と答えようとしたのか口を縦に開いて声を漏らしかけ、そして何かを思い出したかのように勢いよく首を横に振った。


「い、いいえ。私はラズエイダ様のみではなく、テレミア様にも仕えるものでございます」


 どうにか「テレミア様にも」と口にはしたものの、はじめの慌てたような身振りから察するに、ファンエーマの忠誠はきっとまだラズエイダにだけ向けられているのだろう。

 そんなファンエーマの態度を見て、ヘステスが静かな視線を向けた。

 

「おぬしがラズエイダに心酔しておるとは重々承知しておるが、例えばラズエイダと異なる意見を持つこと、あるいはテレミアに命じられてラズエイダと対峙することを、おぬしは受け入れられるか? 仮に受け入れられないというのなら、おぬしは議論の場に立つべきではない」


「それは……」


 返す言葉を見つけられず口をつぐんだファンエーマに、


「お前の自由だ、エマ」


 ラズエイダが語りかけた。


「勿論、今までのように私に付き従うことを選んでもいいし、私と対等な立場に立とうとしてもいい。ヘステスはああ言うが、別にお前がどちらを選ぶのかは重要な問題ではないはずだ。どちらの態度を取りたいのか決めろ、ということだろう」


 ラズエイダはちらりとヘステスの顔を窺った。

 ヘステスは「ま、外れてはおらぬの」と素っ気なく呟いた。いくらか表情から冷たさも取れている。


「それを踏まえた上で、私の考えを言わせてもらうならば……お前は、私に縛られないでいて欲しい。そちらの方が、お前は遙かに綺麗だから」

「さ、左様ですか」


 ラズエイダが続けた言葉に、ファンエーマの頬が赤く染まった。

 しかし、ラズエイダの方は、ほんのすこし、表情に影を差し込ませているように見えた。

 自分などに付き従わせてしまった、という申し訳なさがラズエイダにこう言わせるのだろう、と想像ができた。


「ひゅう、よく人前でこんなこと言えるぜ」


 そういう感情の機微になどてんで興味がないし気づきもしないのだろう、モムルは茶化すように口笛を吹いた。


「モムル、うるさい」

「いってぇ!」


 オトに腕を強くつねられて、モムルが叫んだ。


 そうやって周りが騒がしくしている間に、ファンエーマの中で心の整理がついたようだった。

 ファンエーマはテレミアに向けて恭しく頭を垂れてから、赤みの取れた表情で口を開いた。


「もし、皆様がお許しくださるようでしたら、今後私も議論の場に混ぜて頂けますでしょうか」

「ちとラズエイダに乗せられているような気もするが、まあ良いじゃろう」


 ヘステスが納得したのを見て、テレミアはぱんと手を叩いた。


「じゃあ、二人にも訊いておかないとね。船を修理するかさっさと先に進むか、どっちが良い?」


 問いかけると、どうやら彼らには何か話したいことがあるようだった。


「できることなら、私は先に進みたい。エマが言うには、昨晩、酒場で私にかかった報奨金の話が聞こえたらしい」

「はい。黒髪という部分が強調されていましたので、今のイダ様が簡単に捕まることはないはずです。それでも、一箇所に長く留まるのは避けるべきかと考えた次第でして……その、イダ様と同じ立場を取ることにつきましては、決して意図したものではなく」


 僅かに顔を曇らせたファンエーマを、テレミアは手で遮った。


「いいよいいよ、それくらい私たちも分かってるからさ」


 それよりも、これで無事に行動指針が定まったことになる。


「よし、南に向かう船を探そう」

「うむ。じゃが荷物の整理からじゃな。手荷物としてまとめるにはちと物も増えたしの」

「一つ、いいだろうか?」


 発言権を得たラズエイダが気を引くように手を挙げた。


「売るでも解体の仕事を生業にする者に頼むでも良いが、この船の処理に道筋を付けておくべきではないか?」

「ほっほ、早速じゃの」


 ラズエイダの提案にヘステスは目を細める。


「船の片付け? そんなの必要?」


 尋ねると、ラズエイダは「ああ」と頷いた。


「港に船を置き去りにすれば島民から疎まれる。アルタスでは登録外船舶による港の長期占有は犯罪だ。同じように治安の整った大国であるなら、皇国(ここ)でも変わらないだろう」

「へー」


 カライアには港の占有など、そんなことを気にする人間はいなかった。誰も使っていない船があるのなら、それは手つかずの資材が浮かんでいるのと変わりないことだからだ。

 こうして新しい視点が生まれるのは、仲間が増えたことでの良い点だろう。



 荷物の整理と船の後処理を分担することが決まり、最も荷物の多いヘステスとラズエイダが船に戻っていった。

 その後を追うようにファンエーマも桟橋を離れて、そしてテレミアとオト、モムルが残った。この面々が、船の後処理を担う三人だ。


 歩き出して間もないうちに、モムルがオトを見下ろして呟いた。


「しかし、お前がアイツらを庇うなんてな」

「”アイツら”?」

「槍女と王子サマだ。テレミアならまだしも、別にお前はアイツらと特に関係もないだろ」


 テレミアは心の内でため息をついた。

 もう一緒に過ごすようになって三月は経つのに、モムルは相変わらず二人の名前を呼ぼうとしない。

 ファンエーマと戦ったのはもう遙か昔のことなのに、まだ腹を立てているのか。


 ……それとも、ラグーダに小娘の首を差し出せなかったのを、二人に向けて逆恨みしていたりするのだろうか。


 いくら考えても仕方のないことを頭に浮かべていると、オトが「だって」と返事を始めた。


「ファンエーマと、ラ、ラズエイダは。ええと」


 オトはモムルに対して、おそるおそる二人の名前を並べた。

 少し時間があって、そしてオトは言葉を続けた。


「……友達、だから」


 オトは顔を伏せ、そして珍しくテレミアよりも前を歩き始めた。

 顔を見られたくないのだろう。


 オトの友好的な姿勢が少しでもモムルにも伝わることを願いながら、テレミアは「友達」という単語に面食らって足を止めていたモムルの背中を叩いた。


「ほら、行くよ?」

「お、おう」


 テレミアとモムルは、小走りにも近い速さで歩くオトを追いかけていった。

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