55. ニラギ発 6日(暫定)
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ニラギ発 6日(暫定)
今回の内容:氷魔導と水魔導と熱
要点
一. 氷は水を冷やして出来るものであるが、魔導として氷と水は独立する
・そもそも水には三つの形態がある
氷、水、水蒸気
水が帯びる熱の大小によってこの形態は定められる
・魔導の完成系としては水と氷の二種があり、適性も分離している
二. 水・氷魔導を行使するとき、「材料」として全ての形態の水を使える
・魔導の発動は魔素に依存するが、水・氷魔導においては
一 水(氷)そのものを産み出す
二 水(氷)の動きや形を定める
の二過程を踏むのが通常
ここで「水の動きや形を定める」の部分だけに着目
その場にある水、海水や井戸水を利用することができる
すると魔素操作必要量は単純に半分に
より大規模・高精度な魔導、魔素切れの防止
・材料とする水はその形態を問わない。海水から氷の杭を作ることも、逆に氷から水球を作ることも可能
ここで重要なのが「水蒸気」で、空気に溶けている水があることを意識すると、材料は無限に存在する
三. 水蒸気の分布
・基本的に海上・島であれば殆どどこにでもある
迷宮では水場の近くかじめついた場所に多い
戦場では魔導の連発によって消費されていく
肌感覚で水蒸気の残りを確かめ、不足するようなら水を生み出す操作に魔素を使う
(足りない水をかき集めようとする行為はむしろ魔素を多く使う)
考察
ヘステス曰く、遥かな昔には温水魔導(他には水蒸気魔導、雪魔導)が存在したらしいから、温度というのはかなり魔導属性に依存しているもののようだ。
詠唱が記録に残っていないからヘステスには使えないらしい。もしかすれば私とテレミアであれば使えるのかもしれない、後でテレミアに頼んで確かめてみよう。
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また、気配を感じる。
ある程度予想していたから、最初から扉は半開きにしておいた。
「どうした、オト」
ペン先を拭いながら声を発する。
視線を合わせればまた逃げてしまうだろうか、などと考えつつも背後を見やると、そこにはまだ細身の少女の姿があった。どうやら今夜のオトは、逃げずに留まることを選んだらしい。
とはいえ。
「……ぇ、あ……ぅ」
留まることを選んだには選んだが、どうやらそれ以上のことをするには心の準備が足りなかったらしい。落ち着かない様子で身じろぎし、全く足を踏み出せないでいる。
しばらくその様子を眺めてから、なんとなく彼女を哀れに思ったラズエイダは助け船を出すことにした。
「座ってみればどうだ。別に話せとは言わない、そこに居て私の物書きでも眺めていけばいい」
投げかけると、オトは随分と長いこと逡巡したあとに、おっかなびっくり足を踏み出した。半開きの扉は半開きのまま身を細めて通り抜け、全く足音を立てずに近づいてくる。木張りの床なのに随分と器用なことだ。
ラズエイダがこうして毎晩書斎にしている船室はべつにラズエイダ専用のものではないので、共に旅をしている六人の私物や共用の道具がいくらでも転がっている。
ラズエイダはその中から適当な布を引っ張り出して近くの踏み台の上に敷き、オトが座るための場所を確保した。
「ほら」
「……ありがとう」
掠れるほどの小さな声でオトが感謝を伝えてきたことを、まずは一つの成果とするべきだろう。
オトが相変わらず物音を立てずに腰を下ろしたのを尻目に、ラズエイダは再びペンを手に取り、インクを付け直した。
二つの小さな呼吸音と、カリカリという紙の上をペン先が走る摩擦音が、船室の窓を通り抜けて遠い波の先に消えていく。
そういう時間をしばらく過ごすうちに、自然とオトのことは頭から抜け落ちていった。
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ただし、意識すれば温度の調整も多少は可能らしく、ヘステスは冷たい水を生み出すなど、水の形態を変えない範囲での温度調整をこなすことができるらしい。
ところで、氷を材料として生み出した水球が生ぬるいというのは直感的ではない(一般に水魔導は氷を材料としても生ぬるくなる)。
むしろ「氷を溶かしてさらに熱を加える」という無駄な操作が混じっているのではないか、だとすればむしろ冷たいままにした方がいいのではないかと思うこともできる。
しかし、実際には氷を材料としても生ぬるくした方がより負担は小さくなるらしい。
どんな魔導もいわゆる「型」にはめ込んだ方が扱いやすい傾向にあるから、水魔導においてはその「型」がぬるさに相当するのだろうか?
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「……ん?」
ふと顔を上げると、隣にオトの姿は既になかった。
いつ部屋を出て行ったのだろうか、すぐそばに居たはずなのに気付けなかった。
まったく、腕の立つ忍びだ。彼女がその気になれば、きっと簡単に息の根を止められてしまうのだろう。敵であってほしくはないものだ。
ラズエイダは今日の分の記録をまた束に綴じながら、オトと話すべきことを思い浮かべた。
テレミアの記憶にあるオトの姿は、常に隣にいてくれる”戦友”といった具合だろうか。
船団長の娘という立場に尻込みせず話をしてくれるし、顔色一つ変えずに危険を共にしてくれる、頼りになる存在だ。互いに互いの唯一の友であったようだから、そうした関係になるのも自然なことだったのだろう。
そんなオトがテレミアを裏切るだろうか、と考えると、どうにも否定したくなる。彼女がテレミアの前で見せる性格は幼い頃から変わっていないし、この船室の中での姿にしても、全く疑いようのない、真っ直ぐな人見知りのままだ。
だがやはり、「私の命を繋ぐために、みんなの命を差し出すの」というテレミアの宣告は、関係を捨て去る大きな動機になり得ただろう。忠義ゆえではなく友情を理由としてテレミアに付いていたオトにしてみれば、自分一人だけ助かろうとするテレミアの姿勢は失望するべきものとして見えた可能性は十分にある。
できる限り速やかに、動かないオトの表情の裏側を暴き、真意を知る必要があるだろう。
(せっかくの機会だ。どうにかしてオトに取り入って、お前には明かせないようなことを語って聞かせてもらえるようになろうと思う)
(……私の差し金だって思われるに決まってるでしょ)
(テレミアが遠慮していて訊けないでいるから僕がかわりに訊く羽目になった、とでも切り出すだけだ)
(そうだけどさぁ……)
(情報を集めないまま戦える道理もない。これは僕達がこなすべきことだ)
煮え切らないでいるテレミアに対して、ラズエイダはきっぱりと伝えて聞かせた。
(じゃあ任せるよ。少しずつ、ね。明日いきなり「テレミアに見捨てられたときどう思ったのか教えてくれ」とかはなし)
(無論だ。先ずはざっくばらんに話ができるようにならなくてはいけない)
(……オト相手だと、それが一番難しいかも)
(なに、人心掌握のための話術は一通り修めている。むしろオトの方も僕と話をしたがっているのだから簡単な物さ)
自信があることを言葉と感情の両方で伝えれば、テレミアはなにやらラズエイダの記憶を探って、そして何かを見つけたようだった。
(……え、口説き方の講義なんか受けてんの)
(どちらかと言えば、それは舞踏会など社交場での仕掛け合いのためだが。こんな身でも王族の血を引いているからな。娘を見初めさせよう、あわよくば手の内に収めん、とにこやかに近づいてくる人間は掃いて捨てるほどとはいわずともそれなりにいたさ。当然僕の方にだって、関係を築いておきたい権力者はいくらでもいた。兄上達の息のかかった者の干渉も絶えなかったし、社交場は言葉と演技の戦場だった。……まぁ、今となっては懐かしい思い出だ)
ふーん、と気のない返事をしたテレミアが、突然とても悪いことを思いついたのが分かった。
(ちなみにファンエーマを口説いたりはした?)
(ふぁっ、ばっ、馬鹿かお前は!)
(あ、へえ。結構ギリギリで踏みとどまったんだ? や、これは半分くらい口説こうとしてる? 十歳にしちゃませてる言葉遣いだよね。わぁ、ファンエーマったらすっごい変な表情してる)
(か、か、勝手に記憶を読むなっ!)
(あんたがあれこれ勝手に垂れ流してくるんだもん、私は悪くないよ)
(分かれるぞ、もう沢山だ!)
結局、二人で試してみようと思っていた温水魔導の無詠唱行使はお預けになった。




