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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
二章 七つの島の新たな伝説
42/64

42. 空疎

 テレミアたちは次の寄港地としてブライト領ガザンを選んだ。この島の迷宮から産出される資源は油ヤシで、島民はこの油ヤシを加工し石鹸などを交易品として輸出している。単純な材料に過ぎない油ヤシはそれ自体ではさほどの価値にはならないから、ここまでに辿ってきた二つの島のように一日二日で十分な稼ぎを得られはしない。それは当然テレミア一行も理解していた。

 それでもガザンを選んだのには大きく二つ理由がある。一つは、稼ぎやすい環境のある島が大迷宮に向かう針路からはかなり外れていたこと。進む距離と稼ぐ金額を天秤に乗せて、秤は金の方には傾かなかった。もう一つは、ニラギに近い島を回避したいというカンバとニナの願いを叶えるため。ブライトからトサナへと渡る中で、稼ぎの期待できる島はブライトの南西部とトサナの北西部に集中しているが、そこはとてもニラギに近い場所にある。生まれ故郷への嫌悪を募らせる二人に対してそれなりの配慮をしようと思えば、多少の稼ぎを切り捨ててでもニラギから遠い航路を選択するのが自然な判断となった。



 どうせ稼ぎが期待できないのなら、将来を見据えて二人と親睦を深める機会にしたい。

 そういう打算もあって、テレミアはここガザンにおいてはカンバとニナも連れて八人で迷宮に潜ることにしていた。


 テレミアは後ろを振り返り、いつの間にか八人の大所帯になった自らの率いる集団を感慨深く眺めた。


 「街の大通りを大手を振って歩む自分と何人もの配下たち」という光景は、カライアに居た頃にはとても想像できなかった。

 テレミアが物心ついた頃からずっと四人でいて、そして一時は一人きりであったというのに、気付けば随分と賑やかになったものだ。



 視線の先でラズエイダが欠伸をかみ殺した。

 先日の話し合いの後、ラズエイダは宣言通りすぐにヘステスに魔導の教えを請い、ヘステスは二つ返事でそれを引き受けた。それからというもの、昼となく夜となく、ラズエイダの姿はヘステスの側にあって、二人の話し声が船の上を満たしていた。

 あまりにも長い時間そうしているものだから、テレミアは少し心配になって、一度深夜の語り合いの場で(ちゃんと寝れてる? 面倒だったら途中で切り上げてもいいけど)と確認を取ることもした。ただ、(いや、いい……思っていたよりも遙かに面白いんだ)とラズエイダはまんざらでもなさそうだったから、どうやら二人の相性は良かったらしい。


 そうして学んだ成果を発揮できるかは実戦で試さないことには何も分からないが、ラズエイダの強い希望もあって、今日は彼を戦力として扱う予定でいる。

 


 ふと、テレミアの横に薄い気配の影が並んできた。


「ミア、ちょっと気になることがある」


 オトはテレミアの耳元に口を寄せ、小声で告げた。

 それが良いことの兆しであるようには思えなかったから、テレミアは少し眉をひそめて、同じように小声で訊き返した。


「どうしたの」

「やけに私たちに向けられる視線が多い」


 視線、とはどういうことだろうか。

 騒々しくしているわけでもないし、周囲から浮いた格好をしているつもりもない。


 もう一つありうる可能性としては、


「敵?」


 オトは小さく首を横に振った。


「多分、違う。普通の住民も、ちらちらこっちを見てる……ほら、右奥の金物屋の店番とか」


 そう言われて視線を向けた先には、確かにテレミアたちの方を見て何やら考え込んでいるらしい男の姿があった。


 一度気付いてみれば、同じような視線を確かにいくつも感じ取ることができる。

 何の心当たりもないというのに、どうしたことだろうか。

 

「……ちょっと身構えないといけないかな」

「手を出して来そうなのを見つけたら報告する。今のところは、そんな感じはしない、けど───ん、いまのなし」

「カンバ様ぁーっ!」


 ぐるりと周囲を探ったオトが前言を撤回するのと、何やらカンバの名前を呼ぶ声が背後から響いてきたのは殆ど同時だった。

 流石に放っておくわけにもいかず、テレミアは立ち止まり、声の主の姿を探した。

 目を凝らしたりすることもなく、すぐにそれらしきものを見つけることができた。

 禿げた頭の男が息を切らせて大通りを必死に駆けてきている。


 皆が同じように振り返って、その中で名を呼ばれているカンバだけがいらいらと首を振った。


「ちっ、アムンダかよ」

「知り合い?」

「……ま、そんなとこっす」


 浮かない声で答えたカンバは、あからさまに面倒そうな顔を浮かべている。

 アムンダと呼ばれた男はどたどたと駆け寄ってきて、そしてカンバの前で崩れるように跪いた。


「よくぞ、ご無事でぇっ……!」


 アムンダはカンバの手を包むように両手を伸ばした。

 カンバは「何だ気持ちわりい」と乱暴にその手を振り払った。


「ど、どうして!」

「どうしてもこうしてもないだろ。つか何? 連れ戻しに来たってんなら、俺は戻る気はないぜ」

「ええっ!」


 大げさな反応を返したアムンダは、跪いた姿勢からそのまま腰が抜けたような具合に地面に尻を着けた。


「何だよその顔。ドルム()のご機嫌だけ気にして俺を庇おうともしなかったのはどこのどいつだよ」


 カンバは何の思いやりもなく、アムンダから向けられたあらゆるものを撃ち落とす。

 テレミアの立っている位置からはアムンダの表情は窺えなかったが、カンバの額に浮かぶ青筋から察するに、余程カンバの神経を逆なでするようなものであるらしい。


 んんっ、とヘステスが咳払いを差し込んだ。


「のう、何を話しておるのかは知らんが、言い争うようならせめて場所を変えぬか。ここはちと人が多い。余計な面倒は背負い込みたくないのじゃが」


 二人をたしなめるように声をかけたヘステスに対して、「いや、良いっすよそんな」とカンバが返し、「ええ、是非とも」とアムンダが食いついた。

 

「どうせ家出した俺を親父かお袋が探してるってだけっすよ。帰るつもりないんで、さっさと迷宮行きましょう」

「いいや、ここでお会いした以上、私はカンバ様を置いてニラギに帰るわけには参りません。部族の未来が懸かっているのです」

「何だよ大げさだな」

「決して大げさなどではありません、文字通り、部族の未来が懸かっております」

「俺はもうお前ら木の部族からは除名されたんだろ? 未来も何も別に知らねえよ」


 カンバは身を翻してアムンダの前から歩き去ろうとした。


「そう仰らずに……っ!」


 その服の裾にアムンダの手が伸びた。


「離せよっ」

「離しません!」


 争うことを止めようとしない二人に向けて、ヘステスがため息をついた。


「……モムル」


 モムルの太い腕が二人の首に伸びて、ぐっと締められた。

 二人はバタバタと、特にアムンダが、モムルの腕から逃れようともがく。


「一回黙れ。いい加減にうるせえぞ」


 ドスを効かせた声は効果てきめんで、すっかり静かになった二人に一度ずつ睨みをくれてから、モムルは手を離した。

 



 二人に話の続きをさせるために、一行は街の外縁部に見つけた広場で立ち止まった。


「で、アムンダとか言ったか? お前はコイツにどうして欲しいんだ」


 先程からの流れで二人の上官のような立場に収まったモムルがアムンダに促した。


「私の望みはただ一つ、カンバ様と共にニラギへと戻ることでございます」


 アムンダはモムルに睨まれたことでいくらか落ち着きを取り戻したのか、カンバににじり寄るようなことはしないでいる。

 対照的に、カンバの顔に浮かぶ苛立ちは一層深まっていた。余程アムンダという人間が好かないらしい。

 

「だから言ってるだろ、絶対に嫌だ。帰らねえからな」

「事は既にカンバ様お一人の好き勝手で済む範囲を超えておるのです。なんとか、かつての私達の過ちをお許しいただけはしませんか」


 下手に出たアムンダを、カンバは鼻で笑い飛ばした。


「お前さ、そんな気持ち悪い猫撫で声で話してくるような奴じゃなかったろ。嫌だね、考えたくもねえよ」


 真っ向から貶されたためか、アムンダの表情が少し歪んだ。


「……カンバ、言い過ぎないで」

「いいや、舐められたら駄目だ。俺たちの旅がここで終わっちまう」


 見かねてたしなめるニナの言葉も、カンバには届かない。

 その様子を見てついに心を決めたのか、アムンダは一歩カンバの方へと踏み込んだ。


「嫌だ嫌だといくら言われようと、今回ばかりは絶対に譲れません。無理矢理にでも、引きずってでも、カンバ様を連れ戻します」

「……”今回ばかり”? いい加減にしやがれ」


 食い下がるアムンダに対して、カンバは含みのある言葉を呟いた。

 次の瞬間、カンバは一気に剣を引き抜いて、それをアムンダに突きつけた。


「ひっ」


 アムンダの目が恐怖に丸く見開かれる。


「もう絶対にお前らの言うことは聞いてやんねえ」 

「やり過ぎじゃぞ。ここは街の中じゃ」

「ただの脅しっすよ……覚悟はこの通りっすけどね」


 カンバはヘステスには目もくれない。


 流石に分が悪いと判断したか、アムンダはカンバの突きつける剣から距離を取るように一歩、二歩と引き下がった。

 

 しかし、三歩目に引かれた足はしかと地面に根を張るように下ろされた。


 テレミアよりは少し背の高いアムンダの両の眼が、カンバと共に行動していた者たちの素性を見抜くべく、ゆっくりとテレミアたち一人一人を映していった。

 

「あなた方は、カンバ様とはどういったご関係で?」


 静かにアムンダが尋ねてきた。カンバを説得できないのなら、外掘から埋めていこうという発想なのだろう。このアムンダという男が抱える覚悟もまた、とても強いものであることが察せられた。


 質問は年長者たるヘステスに向けられていたが、ヘステスが答える前にテレミアが回答を告げた。


「船の持ち主と乗客、ってとこかな」

「……すると、カンバ様を私どもに預けてガザンを発つことには何の問題もない、と?」


 予想通り、アムンダはカンバ以外を説き伏せるほうに戦略を切り替えたらしい。


 ちらりとカンバの方を伺えば、先程までの憤り一色の表情の中に、見て取れるだけの不安が混ざり込んでいた。隣のニナは、ただ縋るようにテレミアを見つめている。

 ここでテレミアが頷いてしまえば、二人の家出は終わってしまうのだから、それは当然のことだろう。


 そうした二人の感情を踏まえた上で、テレミアは堂々とアムンダを見つめ返した。


「断る」

「……なぜ」

「カンバもニナも、私たちの客だから。契約を結んでお金をもらった以上、私たちには二人を目的地まで連れて行く義務がある」


 こうやって答えれば、それはきっと未来への布石になる。

 二人を敵の手から守り通す姿は、いつか二人が私を助けようとする動機になる。


「カンバ様をニラギまで連れ戻して頂けた暁には、私どもから報酬を差し上げます。これでも?」

「金で釣れるだなんて思わないで」


 テレミアはなお毅然とアムンダの提案を拒絶した。

 金を積んでくることは予想できていた。明らかに良家の出身であるカンバやニナの身柄を巡ってなら、金を積むことも厭わない家族がいても当然おかしくはない。


 そして、テレミアが必要とするのは、金ではなく、信頼の置ける配下なのだ。

 目先の金に釣られる理由がテレミアには存在しない。


 小さく唸ったアムンダは、こめかみに指を当てて考え込むようになった。

 交渉の決裂を飲み込もうとする気配は感じられなかった。


 やがて、指が離れる。


「白金貨で五枚」


 アムンダは感情の見えない顔で、具体的な金額に踏み込んできた。

 白金貨で五枚もあれば、大家族でも数年は優に暮らせるだろう。少年と少女を探すにしては甚大な額だ。


 とはいえ、こちらの立場は変わらない。


「だから───」

「既に周辺海域ではこの報奨金が知れ渡っておるでしょう」

「!」


 アムンダが語りはじめたのはテレミアに対する提案ではなかった。

 否定を投げつけようとばかり構えていたテレミアは咄嗟に言い返せず、アムンダの言葉を待つことになった。


「私どももただ闇雲にカンバ様を探し回っていたわけではありません。各地で「カンバ様を連れ帰った者には白金貨五枚を報償として差し出す」と触れ回ってきたのですよ。この島でも主だった酒場には人相書きと報奨金を貼り出しました」


 テレミアの予想していなかった切り口から、アムンダは淡々と情報を加えていく。


 なるほど、あのまさぐるような視線は、テレミアやオトではなく、カンバに向けられたものであったらしい。

 彼らにしてみれば、目の前を白金貨五枚が無防備に通り過ぎていたということになる。


「従って、今後皆様がどちらに向かわれるのかはとんと存じ上げませんが、どこに向かってもカンバ様の身柄を巡ってすったもんだが繰り広げられることでしょう。皆様の前に立ちはだかる者達は、決して、私のようにひ弱な者ばかりではありますまい」


 そこまで言い切って、アムンダは一度口を閉じた。いかにもしてやったりというような表情でテレミアの出方を窺っている。

 情報を咀嚼するのにかかる時間で、アムンダに場を掌握されてしまった。

 

「……なに、それは。脅し?」

「いえいえ、滅相もない。しかし、そうした事実を知った上で、争いを避け、白金貨五枚を手に入れようとすることは決して悪い選択ではないのでは、と当然の帰結を述べているのみです」


 アムンダの告げることについて、一理ある、と納得した瞬間に、テレミアは己の犯した過ちに気付いた。

 

 カンバとニナを我が物にしたいのなら、例えどれほど不利な条件であっても、即座に二人を守ろうとしなければいけなかった。

 僅かでも悩むそぶりを見せてしまったから、これから二人はテレミアを心の底から信用することができなくなる。自分たちの運命を握る存在が利益不利益という指標で自分たちを測った事実は、きっと二人の心に重くのしかかる。


 それを踏まえた上で、どうするべきか。冷静にならないといけない。


 白金貨が五枚もあれば本当に色々なことができる。

 稼ぎを気にせずとも良くなるから、大迷宮に向けてわざわざ「稼げる迷宮」を転々とすることなく、最短航路を進むこともできる。

 それだけの金を捨てて繋ぐ縁に、それ以上の価値があるのか。

 無理矢理二人を旅の仲間に引き込んだヘステスは、既に魔闘術を習得して、目的の大半を達している。

 二人に残る”確実な”価値は、金だけなのだ。


 ならば、私がとるべきは。


「……」

「テレミアさん……っ」


 確かな意思表示をするよりもほんの僅かに早く、消え入るようなニナの声が届いた。

 テレミアは思わず彼女の顔を盗み見た。


 テレミアが一度憧れた明るい未来を奪い去られようとする彼女の瞳には、ただ怯えと悲痛な願いが迸っていた。

 

 それで、テレミアは気付いた。


 未来を他人に奪われてきた私が、彼女の未来を、奪おうとしているのだ。

 他でもない、この手で。 


 テレミアは言葉を継げなくなった。



「『魔闘・天衣』」


 突然生まれた状況の膠着を解いたのは、カンバの少しうわずった声だった。

 我に返ったとき、既にテレミアの首元には鈍く光る刃が押しつけられていた。


「野郎ッ!」


 間髪入れずにモムルが吠えた。

 目にも止まらぬ早業でボウガンに矢をつがえ、引き絞る。


「『魔闘・召盾』!」


 ニナの詠唱が、モムルの放った矢よりも僅かに速く、輝く盾を生み出した。

 パン、という乾いた音を立てて、テレミアの目の前で短矢が地面に落ちる。

 モムルの腕がニナの方を向いた。


 テレミアは咄嗟に叫んだ。


「待って!」

「動くな!」


 カンバの命令がテレミアの制止と同時に響いた。

 モムルも、同じように動き出そうとしていたファンエーマも、その場に立ち止まった。


 全ての人間の視線が、テレミアの背後に立つカンバに向けられる。


「こんなことは、したくないんです……俺たちを、ここで見逃してくれれば、それでいいです。俺たちは二人で旅を続けられます。みなさんに迷惑はかけないです。お願いします」


 カンバは絞り出すように、脅迫と言うにはあまりにも良心的な要求を投げかけた。


「テレミアを離せ、今すぐにだ」

「俺たちに一切手を出さない、と誓ってくれるまでは、離しません」


 苦しそうな声の響きがカンバの心の内を説き明かす。

 首に触れる剣の震えが、テレミアには確かに伝わって来る。


 自らに降りかかった命の危機に焦るよりも先に、テレミアの心には後悔が浮かんだ。

 どうしたって荒事には慣れていないであろうカンバにこんなことをさせてしまった、優柔不断な自分が情けなかった。


「カンバ、それじゃ、駄目だよ……っ!」


 ニナがあげた悲鳴のような否定に、カンバの息遣いが一段と荒くなった。


 そして、事態は終着点へと転げ落ち始める。


「愚かじゃの」


 しわがれた声が響いて、砂地を踏みしめるじゃっという足音が続いた。


 カンバの命令を気にすることなくヘステスはおもむろにニナの方に手を伸ばし、


「『飛べ氷杭』」

「っ」


 その頬を擦るように氷魔導を打ち出した。

 一筋の赤い切り傷から血が垂れる。


 ヘステスは哀れなものを見る目でカンバに向き合った。


「テレミアから手を離せ、間抜け」

「……いやだ」

「ニナは気付いておるぞ。お主が今成したことは何にも繋がらぬ、あまりにも愚かな一手じゃ」

「……」

「お主はどのようにしてそこから状況を打開するのじゃ。この島から出るための船を見つけるまで、テレミアから剣を離さぬつもりか? それまでニナを誰が守るのじゃ? 此奴が儂ら五人の相手をして無事でいられるとでも?」


 何を言い返すこともできないカンバは、ただ歯を食いしばる。

 ヘステスが一言一言を告げるたびに、テレミアの肩を握るカンバの手から、首に当たる刃から、心臓が跳ねるのが伝わる。


 テレミアはただ無力に、カンバの腕の中に立ちすくむ。


「そも、女の首に剣を当てるような訳ありの少年を乗せてやろうとする過ぎたお人好しが果たしてこの島にどれほどおるかのぉ」


 ヘステスが肩をすくめたそのとき、


「『腕』」


 風もなくただ空気の震えだけがテレミアの側で生じ、「がぁ、ああっ!」というカンバの悲鳴が続いた。


 気配を消したオトが忍び寄り、『札』を使ってカンバの右手首から先を強引に切り落としていた。


 噴き出す血の飛沫が、未だ手のついたままの剣を赤くまだらに汚す。


「手が、ああ、あああ!」


 モムルが即座にカンバからテレミアを引き剥がした。

 ファンエーマが暴れるカンバの身体を膝で地面に縫い止める。そして、彼女はそのまま手を伸ばし、カンバの首筋に触れた。


「『雷よ』」


 バチッ、という音がして、カンバは白目をむいた。一度弧を描くように硬直したその身体から、徐々に力が失われていく。


「カンバ!」

「動くでない……ああなりたくなければ、口を閉じるのじゃ。お主らに、選択の権利は残っておらぬ」


 ニナの前にはヘステスが立ちはだかる。


 解放されたテレミアの前に、すらりとオトが立ってのぞき込んできた。


「ミア、大丈夫? 怪我はない?」

「……ありがと」


 テレミアはぎこちなく笑って返した。


 迷っている間に取り返しの付かないところまで来てしまった。

 既に、二人からの信頼を回復することは望めないだろう。


 なら、二人の未来を金に変換するのが唯一の答えになった。

 なってしまった。


 ラズエイダの手によって、ただ力なく拘束されていくニナを見る。

 彼女の瞳に浮かんでいる色を、全てを透過して何も照らし返さない空疎を、テレミアはよく知っている。


 絶望そのものの灯りだ。


 私がこの光を人に押しつけることになるなんて、思いたくもなかった。


「……ごめんね、ニナ」


 ニナの口から、意味のある言葉が生み出されることはなかった。

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