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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
二章 七つの島の新たな伝説
39/63

39. 遭遇

 集合場所に指定していた桟橋に戻ってしばらく待っていると、大荷物を抱えた三人組がやってくるのが見えた。


 いくらか持ち物を引き受けながら、船の方へと歩き出す。


「何を買ったの?」

「食糧は決めたとおりに七日分じゃ。乾パン、干し魚、野菜の漬物、それに新鮮な果物をいくらか、まあよくある品々じゃな。この島は象牙で潤っておるからか、ちいと値段が張ったの」

「俺はボウガンと矢を十本だ。金が足りなかったから、矢はまたすぐに買い足さねえとな」

「私は、紙やインクがほとんど。札とか、『耳』とか、もう大体作れる。それよりも、服が買えたことの方が嬉しいけど」


 そう言うオトは、一人だけ既に貫頭衣から服を着替えていた。

 よれ具合から察するに新品のものを買えたわけではないのだろうが、それでもさっきまでのボロ布と比べれば格段に清潔な格好だ。


 テレミアは自身の着る服に視線を向けた。

 水魔導を使えるヘステスに頼んで何度かすすぎはしたものの、ラグーダの指揮下で輸送船を襲撃したあの日から着続けてきた薄手の服は、落ちない汗やらこびりついた血の臭いやらでそれなりの不快感を与えてくるようになっていた。


「私も早く着替えたいなぁ。オトみたいにお店で脱いじゃえば良かった。試着室とかあったもん、勿体ないことしたよ」


 ため息をつくと、オトがうんうんと相づちをうった。

 その横からモムルが「さっさと船を出そうぜ」と差し込んできた。


「港のど真ん中で着替えるわけにも行かねえだろ。海の上に出るまでの辛抱だ」


 そうだね、と返しつつ、テレミアはあることを思い出した。


「そういや、結局次の島って決まってなかったよね」


 ぽんと議題を放り投げてヘステスの方に視線をやると、老人は鷹揚に頷いた。


「まあおおよそ決まったようなものよ。ここから大迷宮に向けては、二つ三つ選択肢があるとは既に話したな」

「うん」

「たむろしている水夫達の話を聞くに、大迷宮への針路上にあるフィランがどうも不穏な気配のようでの。東隣のポートンと戦争でも始めようかという具合らしい。それを避けて南下しようと思うと、やや遠回りじゃがトサナを経由する他ないな」

「トサナか。そうすると中央に向けてはだいぶ西回りだね」

「うむ。素直に真っ直ぐフィラン、ディトリーデを抜けられれば良かったのじゃがな。遠回りになる分、おぬしとラズエイダには相応に働いてもらわねばならぬぞ」

「……仕方ないかぁ」


 テレミアは苦い笑みを浮かべた。


 帆風を細く長く吹かし続けるような操作を行えるほどには、まだテレミアは風の魔導に習熟できているわけではない。長い距離を早く進もうとするなら必然的に、風魔導に慣れているラズエイダと合わさって延々と魔導を使い続けることが最適解となるだろう。どれほど魔導を使おうと魔素切れを起こさずにいられるという青肌姿の特性は、船を進めるにあたってはこの上ない長所たり得る。


 しかし、見方を変えればそれは、テレミアとラズエイダはこれから一日の大半をただ単調に風を吹かし続けて過ごさなくてはならないということを意味してもいる。

 ただの人間であるヘステスには、どれほど頑張っても魔導は半日も維持できない。それ以外の時間を全てテレミアとラズエイダが引き受けるとすれば、暇を持て余すこと請け合いだろう。

 

 少し憂鬱な気分を抱えて桟橋を進んでいくうちに、テレミアたちは小船の前に辿り着いた。

 荷物の積み込みを行うために、身軽なオトが真っ先に甲板まで伝う足場に足をかけた。


 そのとき、大きな声が六人の側で響いた。


「すいません!」


 見れば、声の主はテレミアやオト、ラズエイダよりも少し幼く見える少年だった。少年の背後には、彼と同じくらいの背丈の少女が立っていた。少年の腰には取り回しやすそうな片手剣が、少女の背中には小ぶりな弓が、それぞれ吊されている。


 少年は己に視線が向けられるのを待って、話を続けた。


「さっき、大迷宮に向かってる、って聞こえたんですけど!」

「……確かにそうだけど、それが?」


 聞き返すと、少年は右手に握った巾着をテレミアの方に突き出した。

 金属の重なり合うじゃっという音がした。巾着の中には金が詰まっているようだった。


「一つお願いがあります! 金貨で五十枚払いますんで、大迷宮まで俺とコイツの二人を船に乗せてくれませんか!?」 

「え、えーっと……」


 思いがけない申し出に戸惑うばかりのテレミアの肩に、黒い大きな手が乗せられた。

 そのまま、モムルはテレミアを引き戻しながら少年の前に踏み出た。


 モムルは大きな身体で二人組を圧するような姿勢を取った。


「お前ら、年はいくつだ」

「じゅ、十三です」


 少年は少し引き攣ったような表情で、しかし素直に問いに答えた。


「出身は?」

「ニラギって国です、こっからだと南西の方にあります」

「へえ。どうして大迷宮に直接行かずにここまで来たんだ、やけに遠回りじゃねえか」

「ええとっすね、大迷宮に行こうって決めたのは結構最近なんすよ。前は全然どこ行こうとか決めてなくて」


 モムルはおもむろにこめかみをぽりぽりと掻き、ふん、と息を吐き出した。

 

「……事情は分かった。時間をくれ、こっちで相談する。おい槍女」

「はい」

「見てろ」

「承知いたしました」


 モムルが顎で二人組の方を示し、それで命令の意図を理解したらしいファンエーマがすっと少年とテレミアたちとの間に立った。


 モムルに誘導されるまま少年たちから遠ざかる。

 やがて話ができると判断したのか、モムルが立ち止まって口を開いた。


「と、まあそういうわけだが、俺はさっさと船を出すべきだと思うね」


 断定的な口調でモムルは語り、それに対して隣のオトも首を縦に振った。

 

「どう考えてもラグーダの差し金だ。マジで旅してるってんなら、わざわざこんな小船を捕まえなくても適当に南行きの商船を探すだろうさ」

「ラグーダと関係なくても乗せない。金貨五十枚を出せる子ども二人なんて、絶対に只者じゃない」


 二人は口々に否定的な意見を並べる。

 テレミアも同じような結論に至っていたので、「そうだね」と相槌を打った。


「余計な面倒ごとを背負う余裕なんてないかな」

「ああ」


 三人分の合意を得たので、テレミアは素直に少年たちの依頼を拒むことにした。

 どうやったら角を立てずに断れるだろうかと考える。


 そのとき、不意に人影が視界を横切った。


 少年とファンエーマが少しの距離を置いて向かい合う方へスタスタと歩み寄った老人は、少年が所在なさげに手でもてあそんでいた巾着を指さして口を開いた。


「五十枚とは言わん。前金で金貨三十枚でよいぞ」

「良いんですか!」

「おいっ、爺さん!」


 モムルのとがめる声は気にも留めず、ヘステスは分かりやすく表情の明るくなった少年を相手に条件の提示を続けた。


「代わりといっては何じゃが。補給のため島に着くごとに儂らは迷宮で金を稼ぐが、お主らも同じように金を稼ぎ、毎回金貨で五枚を儂らに納めよ。できなければ置いていく。これでどうじゃ?」

「全然問題ないっす、戦うのは得意なんで! お願いします!」

「その、お仲間の皆さんは反対しているみたいですけど、本当に大丈夫なんですか?」


 喜色を浮かべる少年の後ろから、少女がおそるおそるといった具合に尋ねた。

 ヘステスは鷹揚に頷いた。


「うむ。儂が認めればあやつらも認めるわい」

「そうですか、ありがとうございます」


 ほっと息を吐いた少女は、少年から巾着をもらい受け、その口を開こうとした。

 その前でヘステスがひらひらと手を振った。


「金を納めるのは後で良い。儂らが持ち逃げしたらどうするのじゃ」

「あ、えっと、すみません」

「気にするな。ほれ、さっさとお主らの分の食糧を買ってこい。次の島まで七日じゃ」


 恥ずかしそうに縮こまる少女の肩にぽんぽんと手を置いて、ヘステスはにこやかに告げた。「はいっ」という元気な返事を残して、二人は桟橋を走って去って行った。


「……意外。断らないの?」


 港の喧騒の中に消えていく少年と少女を見送りながら、オトが素直な感想を口にした。

 ヘステスは「すまぬ、どうしてもな」と朗らかに笑った。


「素性は知れぬが、彼奴らはちと面白くての。ここは飲んで欲しい」

「知りあい?」

「迷宮の中で遠くに見えたんじゃ。儂が見たこともない魔導を使っておったから、良く覚えておる」


 オトの細い目が大きく見開かれた。


「見たことない、って、ヘステスが?」

「うむ」

「本当に?」

「うむ。どんな魔導なのか見当もつかん。ついでに言えば、儂が知らない魔導を使うような者は牛鬼海賊団にはそうおらぬはずじゃぞ。己の魔導適性を知るためにはそもそもどのような魔導がこの世にあるかを知らねばならぬが、カライアで暮らす上で知り得る魔導など全て儂も知っておる」


 ヘステスが付け加えた自己弁護は、反発していたモムルとオトの二人を説得するのに十分な力を持っていた。


「爺さんが知らない魔導か。一大事だな、そりゃ」

「海の上で彼奴らから魔導を教わろうと思うてな。金よりもそちらが目当てじゃ。見ていた限りでは相当の魔導じゃぞ」

「……ヘステスらしい」

「ま、後先短い老人の道楽と思って見守ってくれい」


 モムルとオトはヘステスの悪い冗談に笑いを返していて、すっかり納得がいったようだった。


 ヘステスの視線がテレミアの方を向いた。


「テレミアも、よいな?」

「え?」


 ヘステスの眉がひそめられて、考えを巡らせていたテレミアは己が気のない返事を放ってしまったことにようやく気付いた。

 背筋に走る寒気を全力で押し殺し、笑顔を顔に貼り付ける。


「あ、えっと、いいんじゃない? 本を読めないのは辛いだろうし、これくらいはね」


 ほとんど反射的に口を動かし、そして最後に柔らかく微笑む。

 テレミアの得意分野だ。


「感謝するぞ」


 運の良いことに、咄嗟の演技をヘステスが訝しむことはなかった。



 買い出しに行った二人が帰ってくるまでに積み荷を整理しよう、とモムルが提案したので、テレミアたちは買ってきた食糧や元から積んであった荷物をあれやこれやと並べていた。


 受け持っていた仕事を一段落させて額の汗を拭ったテレミアの隣に、すっとラズエイダが近寄ってきた。


「お前の記憶にある限りでは、ヘステスは矢鱈に危険を好む人物ではないのだが」


 独り言にも似た発言が何を意味しているのかを、テレミアは正しく汲み取った。


「私もそう思ってた。()()なんだろうね」


 敢えて明言はせずに、ただ疑念だけを表明する。ラズエイダは腕を組んで、黙って頷いた。


 ヘステスがラグーダの手下である二人をわざと船に引き込んだのではないか。

 独断で見知らぬ二人と共に旅をする契約を結ぶ振る舞いは、裏切り者の存在という前提からすれば怪しいこと極まりないものだった。


 無論、「怪しんでいる」と悟られるわけにもいかないから、一度ヘステスに向けて肯定をしてしまったテレミアは、これから起こることをただ観察するしかない。


「……後で、青肌の姿で風の魔導を共に使おう。一人でも帆風を吹かせられるようになるまでは、私の思考を辿ると良い」

「そうだね、そうしよう」


 その提案は、「他人に気取られないよう思念を通じて意見を交わそう」という申し出に他ならなかった。

 テレミアは素直に頷いた。


 ラズエイダが仕事をこなすべく船室の方に歩いていくのを視界の隅に捉えながら、テレミアは思考を巡らせた。


 ヘステスの真意は何か。

 「知らない魔導を使っていた」という言い分を、ヘステス本人以外の誰も確かめることはできない。


 だが、仮にあの二人がラグーダの手下だったとして、どうしてこの場所にいることができたのか。

 行き先が漏れているはずがない。カライアを発ってからこの島に辿り着くまで、他人と連絡を取り合う機会など誰にもなかったはずだ。船は隅々まで確認したし、服に何か魔導具が仕込まれていた形跡もなかった。ラズエイダと二人で全員の裸も視界に収めている。

 

 すると、ヘステスは本当に魔導への興味だけで動いていたのか。

 それとも、厄介ごとを抱え込むのが好都合だという打算で動いているのか。


 分からない。

 何を断定することも、今の段階では難しい。


「───あの、すいません!」


 呼びかけられる声で、テレミアは我に返った。

 顔を上げると、船の横に大きな箱を抱えた二人がいた。


「あ、戻ってきたんだね」

「はい。これで俺らの七日分です。船に上がって良いっすか?」

「ちょっと待ってて、ヘステス呼んでくる。あの年寄りのことね」


 ゆく先のない思考を頭の隅に追いやるようにして、テレミアはヘステスを探しに向かった。



 少女が金貨を三十枚数え、ヘステスが一枚一枚を確かめながら受け取った。


「うむ。これでお主らは儂らの客じゃ」

「これからよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」


 礼儀正しい挨拶からは、二人がしっかりとした躾を受けてきたことが感じられた。

 海賊団の中で果たしてこうした躾はありうるのだろうか───と一つ増えた情報をもとに思考を深めつつ、テレミアは笑顔で右手を差し出した。


「こちらこそ。私はこの船のキャプテンのテレミア。二人の名前はなんて言うの?」

「俺がカンバ、でこいつが」

「ニナと言います」

「カンバ、ニナ、ね。よし、覚えた」


 それぞれ手を握る。しっかりと武器を握ってきた者に特有の分厚い皮膚の存在が感じ取れる。

 テレミアは警戒の基準をひとつ引き上げた。

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