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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
二章 七つの島の新たな伝説
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38. 染髪

 迷宮近くにあったフレンカを治める一族の運営する換金所で象牙を引き取ってもらい、六人は金貨四十枚と少しのお金を手に港へと戻ってきた。

 立ち並ぶ店と値札を眺めつつざっと計算すると、しばらくは食うに困らないだけの金額は確保できているようだった。


「これだけあれば一月は航海ができるかもなぁ。船には積みきれないかもだけど」

「業物には手が出ないだろうが、武器も粗方揃えられるんじゃねえか?」

「あ、そうだね。ヘステス、次に立ち寄る島までってどれくらい時間かかるんだっけ」

「二つ三つ選択肢はあるが、どこに行くにせよ五日もかからぬじゃろうな。おぬしが帆風の操作を覚えるか、ラズエイダと二人で昼夜問わずに風を吹かし続けるのであれば、じゃが」

「……頑張るよ」


 ちくりと刺してきたヘステスには苦笑いで返してから、テレミアはキャプテンらしく、今後の動きをまとめておくことにした。


「食糧はちょっと余裕を見て七日分くらいにして、余った分のお金で武器とか薬とか、あと服を買いそろえる。みんなそのみすぼらしい格好にも飽きたでしょ?」


 テレミアの指摘を受けて、三人はそれぞれ地下牢で着せられていたままの貫頭衣をつまみ、笑った。


「うむ、このチクチクする感触にもいい加減うんざりしていたところじゃ」

「いくら洗ったところで牢屋の臭いは取れねえし、他人の目線が痛いしで散々だったな。まあ俺は男だから何とでもなるが、オトはそうもいかねえだろ」

「うるさい。そういうことはわざわざ聞かないのが優しさってもの」

「おう、すまんすまん」


 あからさまに嬉しそうな三人から一歩、二歩と離れて、テレミアは静かに佇んでいたラズエイダとファンエーマの側に立った。

 これから、一つ仕事をこなさなければならない。


 テレミアはお金をまとめた袋から数枚の金貨を抜いて、残りをヘステスに向けて放った。


「私はちょっと二人を連れて用事を済ませてくるね。食糧とかは任せるよ」

「ん? 何故分かれるのじゃ。まとまっておった方が安全じゃろうて」


 怪訝な表情を浮かべたヘステスに向かって、テレミアは使い慣れた笑顔を浮かべた。


「さっさと島を出るためにはちょっとでも急がないと、ね」

「じゃあ俺がお前の方に付くぜ。わざわざ足手まといを二人も連れ歩く必要もねえだろ」


 当然のように護衛を申し出たモムルに対して、テレミアはやんわりと首を振った。

 まさかモムルと二人きりになるわけにはいかないし、何よりもそれでは()()を達することができない。


「いや、いいよ。用事はその二人のことなんだよね。床屋に行かなくちゃ」

「床屋?」


 モムルが首をかしげたので、テレミアは説明のためにラズエイダの頭を指さした。


「変装とかも考えたけど、最低限この髪はなんとかしないと、またアルタス絡みで面倒なことになっちゃうじゃん」

「成程、言われてみりゃそりゃそうだな」

「だから適当に色を変えてくるよ」

「えっ」


 その声は背後のファンエーマのものだった。

 

「どうしたの?」


 振り返って問いかける。何かまずいことでもあっただろうか。


 水を向けられたファンエーマはすぐに我に返ったのか、静かに首を振った。


「いえ。その、驚いただけですので、お気になさらず」

「そんな驚くことかな」


 ともかく、とテレミアは手を叩いた。


「諸々終わったら桟橋のあたりで集合ね。日暮れまでには戻りたいけど、床屋の腕次第かな」


 それじゃ、と二人を連れて歩き出そうとしたそのとき、モムルの横でヘステスが「のう」と声を発した。

 

「髪染めの魔導なら儂も使えるが、それでは不満か? なぜ無駄金をかけるのじゃ」


 それは至極真っ当な疑問だった。

 あらゆる魔導に精通するヘステスにとって、髪を染めるなど造作も無いことである。金に苦労している現状でわざわざ他人に頼むのは、普通に考えれば合理性を欠いているなどと、テレミアにも当然分かっている。


 しかし、テレミアにはどうしても二人を連れ出したい理由があった。髪染めはあくまで都合の良い口実でしかない。


「あー、えっと、ついでにラズエイダの髪も整えてもらおうかなって。これさ、私が剣で適当にざっくり切ったまんまなんだよね。不格好だなぁって気になってたんだ。それに、いくらお金がかかったって髪を染めるだけならせいぜい銀貨で何枚かくらいでしょ? それだけのお金で腕の確かな専門の人間に任せられるなら、任せた方が良いと思うんだ」


 適当な理屈をぺらぺらと並べ立て、ヘステスの出方を伺う。

 即興の演技は幸いにも怪しまれることはなく、ヘステスは納得した様子で頷いた。


「そうか、好きにせい」

「ありがとね。じゃ、ラズエイダ、ファンエーマ、行くよ」

「ああ」

「……畏まりました」


 余計なボロが出る前にさっさと三人の前から離れるべく、テレミアは二人を引き連れて街の喧騒の中へと飛び込んだ。




 賑わう街の中を真っ直ぐに進む。


「テレミア様、床屋の看板が見えます」

「んー、もうちょっと安いところ探してみようよ。時間はあるしね」


 そうやってしばらく歩く内に、段々と周囲から人の気配は少なくなっていき、そして三人は街外れに辿り着いた。


「まだ進むのか?」


 問いかけてくるラズエイダを手で制して、テレミアは己の衣服を隅々まで確かめた。

 どうやら、オトの『耳』はついていないようだ。


 同じことをラズエイダとファンエーマにも行い、誰にも盗み聞かれていないと確信できたテレミアは、ようやく本題に踏み込むことにした。


 小声で会話ができる距離まで二人を招き寄せる。


「今から”裏切り者”の話をしようと思う。ファンエーマには初めて話すことだけど、絶対に他言無用ね。後で首輪でも強制する」


 裏切り者、という言葉を聞き取ったラズエイダの表情はすっと引き締まった。


「わざわざこんな場所まで来たのはそういうわけか」

「三人に聞かれるところだと、ファンエーマには話せないからね」


 ファンエーマの細い眉がピクリと跳ねた。


「……つまり、彼らに何かあるのですか」

「うん。順を追って話すよ」


 そしてテレミアは、主にファンエーマに向けて、ラグーダの船の上で本当は何が起こっていたのかを語って聞かせた。

 時折ラズエイダにも補足を頼みつつ、ファンエーマが事態の全容を理解するまで丁寧に説明を重ねる。


 おおよその説明を終え、最後にテレミアはこれからの方針を伝えることにした。


「これから、ラズエイダとファンエーマには私を守るっていう仕事をお願いすることになる。裏切り者を特定してどうにかするか、それか裏切り者が自分から私に寝返ってくるか、どっちかが起こらない限りは、ずっと。もちろん、いっつも付きまとわれるとそれはそれで怪しく見えちゃうから私もある程度は自衛するけど、基本的には私の側に居て欲しい」


 ファンエーマは、ずっと、という一句に対して首をかしげた。


「……お言葉ですが、あの小さな船の上で奇襲を防ごうというのは、あまりにも無茶です。私にも、イダ様にも、四六時中三人を見張っていることなど到底できないはずです。一体全体どのようにお守りすればよろしいのでしょうか」


 当然思い浮かぶであろうその問いに対して、テレミアは答えを持たない。


「さあ、ね。私にもよくわかんない。てか無理だと思うな」

「は、はぁ……?」


 ファンエーマは助けを求めるようにラズエイダの方を向くも、ラズエイダも肩をすくめた。当然、テレミアに分からないことはラズエイダにだって分かりはしない。


「一つ確かなのは、ここに私が生き残っている、って事実。私が産まれてから今まで、なんならカライアの地下牢から助け出してからここに来るまでにも、あの三人には私を殺す機会がいくらでもあった。だけど、そうはしなかった。だから、状況に変化がなければこれからも私は生かされ続けるはずだ、ってのが私たちの読み……というよりは、願望かな。だからこそ、私たちが裏切り者の存在に気付いたってのは絶対に悟られちゃいけないんだけど」

「左様でございますか……」


 納得のいかない様子のファンエーマに対して、ラズエイダが横から「つまりだな」と差し込んだ。


「テレミアの身の安全が保障されていないのだということを常に頭の片隅に置いておいてくれ、と言っている。裏切り者が安易に手を出してこないとしても、テレミアが孤立した隙を突いて襲ってくる可能性や、迷宮の中で事故を装って攻撃を仕掛けてくる可能性を否定はできない。そうした不注意を未然に防ぐことなら、私達にもできるだろう。護衛というよりは、信頼できる配下になってくれ、という依頼と捉えるのが自然かもしれないな」

「なるほど、それならば理解できます」


 ファンエーマは幾分かすっきりした表情で頷いた。

 テレミアは二人の首輪に手を当てた。

 二人との間にある繋がりを意識しながら、命令を口にする。


「『今の話をこの三人以外に伝えること、わざと悟られるようにふるまうことを禁止する』」


 命令を告げ終えると、ラズエイダとファンエーマの身体が少し震えた。息も荒くなっている。

 首輪を介した命令が身体と思考に刻み込まれるとき、決して小さくない違和感が生じるのだとヘステスが語っていたのを思い出す。


「本当は奴隷みたいに扱おうなんて思ってないんだけど、ごめんね。このこと以外で首輪を使うつもりはないから」


 首輪から手を離し、二人が息を整えるのを待つ。


 これで、この島での仕事は一段落した。

 あとは髪を染めるだけだ。




 長い航海を終えた後の水夫は、家に戻って妻子と再会する前にぼさぼさに伸びた髪や髭を一度整えたがるものだ。だから、栄える港街には大抵いくつもの理髪店が店を構えている。それはここフレンカでも変わらない様子だった。

 港近くの大通りにあった床屋はどこも混んでいたので、テレミアたちは街の少し奥まった場所にまでやってきていた。


 遅めの昼食を買った露店の店員が教えてくれた場所に、確かに赤い鋏の看板が立っていた。


「こんにちは、やってますかー?」

「あいよー!」


 扉を開けて声をかけると、奥の方からくぐもった声がした。

 ほどなくして、垂れ幕をかき分けて中年の男が顔を出した。


「三人ですかい?」

「や、二人です、こっちの奴隷二人。髪色を白色に染めてください。白髪っぽくするんじゃなくて、金色にも見える感じのできるだけ綺麗な色味が良いです」

「へっ?」


 注文を伝えると、またもファンエーマが驚いたような声を発した。


「わ、私も染めるのですか?」

「うん。好みの色でお揃いにしてみよっかなって……あんただって一応追われてる身でしょ。ラズエイダの姉ですって言い張れるくらいにはしとかないと」

「えっ、あ、は、はい」


 後半は店主に聞き取られないよう、耳元で囁くように伝える。

 珍しくファンエーマがあたふたしているのは放っておきながら、テレミアは注文の続きを組み立てるべく店主に向き直った。


「あ、それと、男の方は私が切ってみて上手くいかなかったんで、はさみ入れて綺麗に整えてもらいたいです。全部でいくらですか?」

「髪染めが一人銀貨三枚、髪を切るなら銀貨五枚。全部まとめてウチでやらしてくれるなら、ちょっとお安くして金貨一枚でも構いませんが、如何ですかい」

「あ、本当に? じゃあそれで頼みます」

「毎度! ああ、ついでにお姉さんもどうです? ウチの魔導士は脱毛とかも一通りできますぜ。せっかく美男美女の奴隷を連れてるんだ、今のお姉さんもお美しいがもっとずっと綺麗にしてみませんかい」


 テレミアは笑顔を浮かべながら、金貨を一枚差し出した。


「いや、そういうのは別にいらないです。私は買い物行ってるんで、よろしくお願いします」

「こりゃ失礼。仕事の方はお任せください、バッチリ仕上げておきますよ。それじゃああんた、椅子に座りな。おーい、お袋ー! 客だー!」


 ラズエイダが鏡の前の椅子に押し込められたのを見届けて、テレミアは残った金で三人の服を買いそろえるべく、再び街の方に繰り出した。

 


 各種の服を三人分買いそろえて床屋に戻ってきたときには、既に二人は床屋の前で並んでテレミアを待っていた。


 ラズエイダは耳に掛かる白い髪をつまみ上げて不思議そうに眺めている。 

 一方隣のファンエーマは落ち着かない様子で、視線が宙を泳いでいた。


 近づいても二人が気付く様子がなかったので、先んじて声をかける。


「思ったより早かったね」

「おお、テレミアか。待ちわびたぞ」

 

 顔を上げた二人と向き合うと、その印象が大きく変わったことが感じられた。

 

 変装という目的からすれば、見た目の印象が変化したことは高く評価できる。

 顔の作りや目の色が全く異なる以上、二人を姉弟と言い張るには些か無理があるかもしれないが、少なくともかつての髪色の面影は全く残っていない。


 加えて、心なしか、ラズエイダの雰囲気も髪色に合わせて明るくなったように思える。


「なんだ、結構良い感じじゃん。もっと地味な色にしようかとも思ったけど、これでいいね」

「そうなのか? 私には分からないが……」


 ラズエイダは首をすくめた。


「どうなの、ファンエーマ。あんたはずっとラズエイダを隣で見てきたんだから、ちょっとくらいは思うところあるんじゃない?」


 テレミアに意見を求められたファンエーマは、主君の顔を何度か遠慮がちにみやって答えた。


「僭越ながら、その……お似合いだと、思います」


 ラズエイダはどう答えるか迷ったらしく、少しの間考えるそぶりを見せてから控えめに笑った。


「エマが言うなら、そうなのだろう……お前もよく似合っているぞ」

「……私にはもったいないお言葉です」


 ファンエーマは小さく返した。


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