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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
二章 七つの島の新たな伝説
37/61

37. 六人になって

 テレミアは船室から甲板へ一歩踏み出し、澄み渡る青空から照りつける眩しい日差しに思わず目を細めた。

 

 明るさに慣れない目を瞬かせながら、自然とテレミアの足は船縁の方へ向いていた。

 身を乗り出し、北の方───カライアのある方角───をじっと眺める。

 近くに船がいないことを厳重に確認して、テレミアはほっと息を吐いた。


 カライアからただひたすら南を目指して幾日かが経った。

 今のところ、ラグーダはジャルダと交わした不介入の取り決めを律儀に守っているようで、特に追っ手が背後に迫ってきたりはしていない。


 それでもふとした折に湧き上がる怯えを抑えられず、事あるごとにテレミアは辺りを警戒するのを止められずにいた。


「よう寝ておったのぉ」

「!」

「おっと、驚かせたか」


 ピクリとテレミアの肩が跳ねたことに対してだろう、ヘステスは「すまぬの」と詫びを入れながらテレミアの側に立った。

 緊張をおくびにも出さないように意識しながら、テレミアは育ての親と正対した。

 

「やー、寝起きで頭回ってなくてさ。びっくりしたってわけじゃないよ」


 髭をなでつける老人を視界の中に収めて、その一挙手一投足を見逃さないように努める。

 仮にヘステスが自分に手を出すとすればわざわざ正面から挑むようなヘマはしないだろう、と分かっていても、それでも近くに迫られて良い気分はしない。


 自然に話を続けるために適当な話題を考える。


「どう、ラズエイダとはもう慣れた?」

「それなりにはの。王子と言うからには居丈高な性格をしていてもよさそうなものを、なかなかどうして聞き分けが良い。ほれ、今も儂が教えたとおりに魔導を使っておるよ」


 ヘステスが指さした先では、ラズエイダが眉を寄せながら帆を見つめていた。側にはファンエーマが静かに控えている。


「帆の周りから吹き出すような風の流れを置いてやれば、ただ闇雲に風を強めようとするよりも余程効率よく強い風を帆に当てることができるのじゃよ。風は空気の少ない方に自然と流れてゆくものじゃからな」

「へー」

「何じゃその気のない相槌は」

「何じゃ、ってやだなぁ、気にしすぎ」

「彼奴の方がおぬしよりも魔導士としては余程優秀じゃな。おぬしもラズエイダと精神を合わせられるのじゃから、せめて素直さくらいは真似てみるがよいわ」

「はいはい」


 小言が連なりそうな気配を感じて、テレミアはヘステスから距離を取るように後ずさった。


「ご飯でも食べよっかな」

「他の二人も起こして来るかの?」

「そうだね、ついでなら。もうすぐフレンカに着くし、食べながら打ち合わせで」

「相分かった」


 ヘステスは鷹揚に頷いてから船室のほうに消えていった。

 テレミアも己の発言の通りに船倉を漁り、乾パンや干し肉を人数分と、ヘステスの詰めた水瓶を引っ張り出した。

 水はいいとしても食料の方はかなり量が減ってきている。そろそろ補給をしなければならないだろう。




 カライアから小船で南に五日進んだ先にあるのが、ブライト領フレンカである。

 牛鬼海賊団の影響圏にほど近い場所にあるものの、人出盛んな活気のある場所として古くからブライトの繁栄を支えてきた。

 海賊団もその長い歴史上で数え切れないほどの回数この島を直接の支配下に置こうとしてきたし、何度かは成功したこともある。しかしそのたびに住民やブライト海軍は激しく抵抗し、結局はただ徒に消耗したという結果だけを残してカライアに引き返さざるを得なくなるのだった。近年では「フレンカ征服は悪魔の蜜」として手出しをしないことが暗黙の了解となっている。テレミアたちがフレンカを最初の寄港地に選んだのは、こうした背景もあって海賊団の人間が殆ど立ち入らないからだった。


 どうしてそれほどにフレンカに人が集まるかと言えば、それはこの島の迷宮【剛毅たる巨象の原野】から産出される資源の希少性に起因する。


「お、いきなりお見えだぜ」


 連れだって歩く六人の中では最も背の高いモムルが、洞窟を抜け迷宮に入って少しもしないうちに声を上げた。


 腰に提げた剣を揺らしながらモムルが見据える先には、まばらに生える木々の梢にも届きそうな程に大きい灰色の生物が闊歩していた。


「あれが象か、話には聞いてたけどでっかいね」

「力も相応に強いのであろうな。魔物ともなればいよいよ手を焼くことになるかの」


 ヘステスが目を細めて遠くを眺めながらテレミアに追従した。

 

「オト、周りはどんな感じ?」

「……魔物らしい気配はない。ただ、あの象の近くに別の人間がいる」


 そうオトが報告するなり、象の側に閃光が走り、少し遅れて土煙が立った。

 先客が狩りを始めているのは明らかだった。


「やはり人が多いのぉ。奥まで潜るべきじゃな」

「よし。じゃあ決めてたとおりに」


 テレミアは腰に差した突剣カサノルを確かめながら、一歩、二歩と前に進み出た。

 斜め後ろに槍を持ったファンエーマが並び、さらにその背後に残りの四人が固まるように隊列を組む。


 カライアから逃げ出したままの殆ど何も持たない現状で最も効率的に戦うためにどうすればよいかを話し合った結果、前衛にテレミアを置き、ファンエーマは遊撃、そして後衛に魔導を扱う三人と護衛役のモムルを配する、という隊列を組むことをテレミアたちはひとまずの結論としていた。

 ラズエイダを前衛として扱うには身体の線が細すぎることや、モムルの握る武器が慣れ親しんだものではないことなど、様々な事情が勘案されている。

 少なくともモムルやファンエーマがしっかりした武器に防具を手に入れられるまでは、テレミアは一人で前衛を務めることになるだろうというのが六人の共通の理解だった。


 テレミアは後ろを振り返り、ラズエイダに小さく目配せした。

 これからラズエイダには、牽制用の風魔導を放つ他にもう一つ、別の仕事を託すことになる。

 

 テレミアだけを少し遠くに配するという隊列の組み方には、味方の”不意の攻撃”からテレミア自身を守るという目的もあった。

 後衛の四人の中でラズエイダはじっと周囲を観察し、不穏な動きがあれば即座に声を発する。テレミアは魔物と対峙しながらも、ファンエーマを盾にできるような立ち位置をとり続ける。

 ”不慮の事故”でテレミアが命を落とさないよう、常に裏切り者の存在を前提に立ち回ることが求められていて、その難解な問題に対しての現時点での回答がこの隊列であるのだった。


「左奥に群れが見えるぜ。行ってみようや」

「分かった」


 丈の長い草をかき分けるようにしながら、テレミアはモムルの指示に従って針路を定めた。



 しばらく進むうちに象の群れの方がテレミアたちに気付いたようで、一定の距離を取ってにらみ合う形になった。

 群れの中に一匹、ひときわ大きな身体と捻じ曲がりながら伸びる牙を備えた個体がいる。考えるまでもなく、普通の象ではないだろう。


「ねえヘステス、魔物だけを孤立させるか、せめて分断させるとかして数を減らせない? むやみに突っ込んでも上手くいく気がしないや」


 振り返った先で、ヘステスは小さく首を横に振った。


「この距離ではちいと難しいの。氷槍をかっ飛ばせば魔物ではない一匹を縫い止めるくらいはできるじゃろうが」


 ヘステスの分析を踏まえて、テレミアはこれからの戦い方をざっと練り上げた。


「分かった、じゃあこの迷宮ではヘステスが攻め手になって。私は露払いに徹する」


 向かい合う標的たちに過度な警戒を抱かせないよう、自然体を装いながらテレミアはゆっくりと剣を抜き放ち、続けて盾を左腕に呼び出した。

 その様子を見て、モムルが口を挟んできた。


「露払いつっても、全部とやり合うのは流石に無理だろうぜ。どうすんだ」

「モムル、こやつが使える魔導を忘れたか? アレは牽制やら足止めやらには持ってこいじゃぞ」

「……ああ、確かにそうか。まだ慣れねえな」


 思い浮かべている戦い方を説明するよりも先に、ヘステスがモムルの隣から答えて、それでモムルはひとまず納得したようだった。

 かわりにオトが手を差しのばして、「『息吹なき陽炎が忍びの姿を写し取る』」と淀みなく詠唱を紡いだ。

 ぼう、という輪郭のぼやけた音と共に伸ばされた手の先に人の影が出現し、すぐにその影はオトと姿形を等しくした。


「陽炎を囮に置いておく。何かあったら前に出すから、すぐに下がって」

「了解。ファンエーマは私の後ろに詰めといて。基本手出しはしてくれなくて良いけど、万が一があったときは守ってね」

「かしこまりました」



 生い茂る草が少しまばらになっている、剣を取り回しやすそうな場所にまで象の群れを誘導し、そこでテレミアは剣を掲げて振り下ろした。


「『飛べ氷槍、我が敵を貫け』」


 背後のヘステスが魔導を行使する声が聞こえる。

 その魔導が自分に向かって飛んでこないことをしっかりと己の目で確かめてから、テレミアは象たちに向けて意識を集中させた。


 宙を切り裂いた氷の槍は一匹の象の腹を貫いた。ヘステスの宣言通り、腹を貫かれた象は血を吹きだしながらその場を動けずにいる。


 突如仲間をむごたらしい姿にされた他の象たちは混乱の中めいめいの振る舞いをとった。半狂乱になって逃げだしたり、またあるいは傷ついた象のそばで右往左往したり、またあるいは敵である人間たちに向かって反撃に出ようと猛然と駆け出したりして、まるで統率は取れていない。


 テレミアにとっては幸いなことに、突っ込んでくる象の数はたった三匹と、予想していたよりも少なかった。

 むき出しの敵意を滾らせて駆けてくる象たちを視界に収めながら、テレミアは一つの想像を膨らませた。


 突撃を妨げられるような、ヘステスがまた一撃を加える隙を生み出せるような、そして敵に立ち向かおうとする気高い心をへし折れるような。

 そんな()()()()()()()()を想像する。


〈──〉


「『風よ我が意のまま吹け』」


 びゅおう、という鈍い音と共に、象たちに向かって空気の槌が叩きつけられた。

 地響きを轟かせながら走っていた象たちは反射的に身体を反らし、後ろ脚に力を込めてその場に踏みとどまろうとした。


「『飛べ氷槍、我が敵を貫け』」


 そこに容赦なくヘステスの攻撃が加えられる。

 強風によって軌道がぶれることを想定してだろう、ファンエーマがテレミアを庇える場所に移って槍を構えた。

 しかしヘステスの魔導は正確で、氷の槍は狙い違わず一匹の象を貫いた。互いの距離が近づいたぶん、テレミアの耳には肉が割り裂かれる音が鮮明に届く。


 風の魔導を維持したまま、テレミアは地に縫い止められた象の側に駆け寄った。

 苦しみの中で振り回される大きな牙の攻撃をひらりと躱しながら、太い首に剣を突き刺す。

 流石にジャルダの愛用していた剣というだけあって、カサノルは紙を破るかのような軽い手応えだけを残して分厚い皮膚を貫き、その内にある肉を易々と裂いた。


 苦悶の声を発することすら叶わず、首を裂かれた象が事切れる。

 それを確認して、テレミアは今も風に抗う残りの象たちに向き直った。

 赤黒く染まった剣をつっと突き出し、ゆらゆらと揺らして威圧する。


 あからさまな挑発は象たちの意識をテレミアに引き付ける。

 その隙を見逃すようなヘステスではなかった。


「『飛べ氷槍、我が敵を貫け』」


 三たび氷の槍が哀れな象を貫く。

 そしてテレミアの前に残るのは魔物の個体のみとなった。

 きっと群れの長であるのだろう、仲間を惨殺された魔物の息づかいは怒りに滾っている。


 しかし、その怒りの中に迷いが混じっているのを、テレミアは確かに感じ取った。

 目の前に並ぶ小さな生き物たちを手に負えない脅威と認めて逃げるべきか、決めかねているようだ。


 正面からテレミアは魔物へとゆっくり接近した。

 既に戦果は得ているのだから、わざわざ強力な魔物と戦うような無用な危険を背負うこともない。とにかく威圧を与え、逃げ出すように誘導するのが今は正しいだろう。


「テレミア様、それ以上は」

「うん」


 牙による攻撃の間合いの内側に入らないようファンエーマが警告してきたので、ある程度の距離を取ってテレミアは歩みを止めた。


 正対した状態で、一度風の魔導を止め、改めて魔導を練り上げる。

 血塗れた剣をわざとらしく振り上げ、振り下ろす。


〈──〉


「『風よ我が意のまま吹け』」


 三匹の象を標的として広く吹かしていた先程までの風よりも、遙かに強力な風を生み出す。

 

「どうする? まだやる?」


 言葉は分からずともテレミアの態度から意図を感じ取ったのだろう、巨象はきびすを返して散り散りになった己の群れの方へ走り去っていった。


 十分に群れとの距離が空いてから、テレミアは瀕死の象二匹にとどめを刺し、後衛の四人を呼び寄せた。



「───で、これがお目当ての象牙ってこと?」


 白い牙に触れてその表面を確認していたヘステスが頷いた。


「うむ。一本で金貨五枚にはなるぞ。状態が良ければ十枚じゃ。三匹六本じゃから、これでしばらく食うには困らぬの」


 見ている先でモムルとファンエーマの二人が根元から折り取った牙をしげしげと眺める。

 土や血に汚れて汚いばかり、という印象しか出てこない。


「へー。なんで牛の角は売れないのに象の牙は売れるんだろ」

「腕輪やら指輪やらになるから、かの。魔導具の材料としても価値が高いぞ。加工しやすいのが利点じゃ。ラズエイダ、お主なら何か知っておろう」


 話を振られたラズエイダは顎に手を当てて少し考え、そして肩をすくめた。


「……そうだな、他の動物の角などと比べれば大きくて柔く、彫刻などを彫り込みやすいのは事実だ。だが、貴族社会の中では「人気だから人気」という印象がある。私はさして好まなかった」

「ふむ、そうか。金銀宝石の方が見た目には綺麗じゃしの。ジャルダも象牙にはてんで興味が無かった」


 こうして会話していく間にも、ファンエーマとモムルの手によって次々と牙が折り取られ、地面に並べられていく。

 槍先を鑿、剣の腹を槌として、二人は器用に牙に傷をつけ、溝を掘っている。先日のいざこざが尾を引いているのか二人の間に会話はないものの、仕事は手早かった。


 やがて六本の牙が並べられた。


「さて、荷物は奴隷に持たせようかね」


 何の気なしにモムルが呟き、隣にいたファンエーマが顔色一つ変えずにかがみ込んだ。しかし、一本一本が彼女の胴ほどにも太い牙を全て抱えようというのは、あまりにも無謀なことに思われた。


 テレミアはファンエーマに「一本だけでいいから」と声をかけて、自分でも牙を抱え上げ、それをモムルに向けて差し出した。


「一人一本で丁度いいでしょ」


 その言葉を聞いて、モムルはあからさまに不機嫌な表情を浮かべた。


「……なぁテレミア、一応コイツらは奴隷なんだぜ。王子サマはお前の相方だから仕方ないとして、何の仕事もないコイツはこき使ってやった方がむしろ良いだろ」


 モムルに不快感を与えてしまっている現状は、裏切り者を警戒するテレミアにとって決して望ましい状態ではない。もしモムルが裏切り者で、ラグーダの命令でテレミアに嫌々付き従っているのなら、いつその気になってテレミアに対して攻撃してきてもおかしくはないのだから。

 そして、モムルの抱く考え方は間違っていない、というのも分かってしまう。

 首輪を嵌めた人間は人間と思う必要もなく、ただ都合の良いように使ってやればよい。それが一般的な奴隷との付き合い方のはずだ。


 それでも、テレミアはモムルに正対して、しっかりと首を横に振って己の意思を伝える。

 

「もう誰も駒扱いしない、って私は決めたの。奴隷でも何でも、私の仲間には嫌な思いはさせたくない」


 ───こうして”仲間思い”の姿を印象づければ、いつの日か裏切り者が私の方に付いてくれるかもしれない───という打算こそあれ、それは違わぬテレミアの決意であり、ラズエイダの願いでもあった。


「……そうかい」


 モムルはため息をついて、テレミアの手から乱暴に牙を受け取った。

 そんなモムルの姿を見かねてか、ファンエーマがおずおずと声を発した。


「モムル様、私がヘステス様の分も含めて二本持ちますので、それでお許し頂きたく思います」


 モムルはファンエーマの方を向き直ることもせずに答えた。


「テレミアに聞けよ」

「……テレミア様」

「うん、それじゃあお願いするね。モムルも、ありがとう」

「……」


 モムルは黙って迷宮の出入り口の方に歩き出した。ファンエーマはおろおろとその後ろを追いかけようとして、しかし何を言えば良いのか分からないようだった。


 テレミアは軽くため息をついた。

 これはどうも尾を引いてしまいそうだ。


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