『希望』
西円寺を引き連れ、面白いものを見せてやろうと、楽しそうに歩みを進める咲島達は現在、才人高校の校舎の中にいた。
ここ才人高校の管理者である海老沼は、呆れ顔でため息を吐く。
「咲島さん、これからあの場所にダイブするんですよ?わかってます?」
「ノープロブレム!いやぁ〜、あの扉はいつ見ても面白いからねぇ」
まったく理解していない。
と、海老沼は先ゆく咲島を追う。
正規のルートを辿り、最上階の7階に到達すると、眼前に巨大な扉が現れた。
「...なに、これ」
「な?面白いだろう?」
しかし、扉と言うには少し足りない。
そう、言い換えるならば、扉の形をしたモニターと言うべきだろう。
画面上には無数の数字がランダムで飛び交い、枠の外に消えては入ってくるを繰り返す。
鍵の差し込み部分は無く、パスワード入力画面があるだけのこの扉は、毎時間設定の変わるパスワードでしか開かない。
「これを目前として解ける奴は中々いない。西円寺君、キミなら解けるかい?」
「...全力なら、解ける」
「なっ?!」
海老沼はこの少女の発言に驚きを隠せなかった。
もはや半信半疑だ。
なんせこの扉は、この才人高校が誇る最上級のセキュリティーなのだから。
咲島が連れてきた教え子とはいえ、まだ中学生の少女に解ける暗号では無い。
それどころか、あの神人大学の生徒さえ数人いるかどうか。
管理者である海老沼自身でさえ不可能だというのに。
「まぁ、また今度だ。ここで全力出されたら体力持たないからね」
「...むむむ」
西円寺は肩を落とした。
うずうずしていた心がしゅんと萎える。
目の前に暗号があるというのに、それを解かせてくれないなんて西円寺にとっては不満でしかない。
それでも仕方なく、渋々納得する西円寺は、目を手で覆い隠して対応する。
「よろしい。んじゃ、もう満足したから本来の正規ルートへ案内してくれ」
「え、えぇ」
動揺を抑えきれない海老沼は、戸惑いながらも来た道を引き返す。
階を一つ降り、先ほどの扉の真下辺りで足を止めると、その右隣の部屋へと入る。
関係者しか知らない正規のルートとは、ようするに、真下からのエレベーターである。
そもそも、最上級セキュリティーの先に重要な機密事項や金庫があるとは限らない。
最上階に設置したのは、あたかもそこに何かがあると思わせるための演出。
つまり、囮でしかないのだ。
事実そこには表沙汰に出来ないものが詰まってはいるが、取られて困るようなものはほとんどない。
「では、"下"にまいります」
本当に隠したいものは、外からの侵入はおろか校舎ごと破壊を受けても死守できる地下に置くのが一番なのだ。
上のボタンしかないエレベーターの中で呼び出しと記された赤いボタンを押すと、ドアが閉まり動き出す。
「しかし、セキュリティー的にはまだ問題じゃないか海老沼。最上階のあの部屋にはエレベーターがあるんだろう?」
「そうですね。でもそのまま上のボタンを押せば、屋上の警備室に繋がっております」
「いやいや、下に行ける選択肢を残しているじゃないか」
咲島は、赤いボタンを指差し不敵に笑う。
「そんな、ありえませんよ」
咲島がそう言うことで、海老沼は若干不安に顔を曇らせるも、言葉通りありえない話だった。
通常、あのセキュリティーを解いたあと緊張が解ける。
そのままエレベーターに乗るか、警戒して引き返すかの二択しか無いのだ。
しかし、断言は出来ない。
何故なら、未だあのセキュリティーを部外者が解いた事が無いからだ。
「ふーん」
咲島はつまらなそうに返事しながら、内心に思う。
___ そんな常識が通用する人間が、あのセキュリティーを突破出来る訳がないだろう。
と、咲島は西円寺を見つめ、頭を撫でた。
音も立てずに到着したエレベーターは、静かにドアを開く。
電灯がいくつか点いているだけの廊下に出ると、西円寺が咲島の袖を掴む。
「怖いの苦手か?」
「...別、に」
___ 強がり...だと?
少し涙目になった瞳でそんなこと言う西円寺を見て、咲島は内なる自分を発狂させる。
こんなに可愛い生物が他にいただろうかと、自分の記憶を巡らせるも見当たらない。
つまり、最強に可愛い!Q.E.D.(証明終了)
「大丈夫だ西円寺君。すぐに楽になるさエヘヘへぇ〜」
指をクネクネさせヨダレを垂らす咲島。
しかし、海老沼が強制的に腕を引く。
「はい、早く行きますよ咲島さん」
「ちょ、あ、わぁっ!」
そして数分もしない内に到着したのは、とてつもなく広い空間だった。
部屋と言うには広すぎるその空間は、もはや会場と言うべきである。
しかし、そんな空間などどうでも良く、気に止める暇もない。
「結構、緊急じゃないかアホ」
数百人もの人がそこに横たわっていた。
数十人は点滴を施されており、皆顔色がよろしくない。
「身体はこっちに居るんです。食事が出来ないのであんまり時間が...」
「わかった。すぐに向かおう。大丈夫か?西円寺君」
「...いつでも、可能」
すぐさま正規のデバイスを手に取り、脳とリンクさせると、目の前に現れるタイトル画面。
『MMORPG』
【ノレッジワールドオンライン】
挑戦しますか?【はい】【いいえ】
「海老沼、私達が24時間以内に帰って来なかったら、成宮って少年にそのまま伝えてくれ」
「何てですか?」
「封を開けろ。ってな」
脳内で【はい】を選択し、次第に遠退く意識。
すでに眠ってしまった西円寺を見つめ、咲島は記憶を巻き戻す。
「君はこんなにも人間的だったんだな」
このままではいけない、と頭の中を過るも、首を振って否定する。
後悔なんてしていない。
そこで選択した結果がどうであれ、選択自体に間違いなんて無いのだから。
「自分に正直で、良い選択だ」
咲島は西円寺の手を取り、瞳を閉じた。




