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美少女が家族になった話  作者:


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8/21

自覚

病室のドアが閉まり、静寂が訪れる。七海は父のベッドサイドの椅子に腰を下ろしたが、さっきまで廊下で悠とすれ違った時の余韻が消えず、どこか上の空だった。


父は、そんな娘の様子を穏やかな表情で見守っていた。悠が七海に対してどれほど深い思いやりを持っているか、そして今の七海が抱いている――本人さえ持て余しているような、熱を帯びた感情の正体を、父は全て察していた。


「七海、少し話そうか」


「……うん、何?」


「悠くんとすれ違ったとき、随分と慌てていたようだったね。……さっきまで彼と少し話をしていたんだよ」


父の言葉に、七海は心臓が跳ね上がるのを感じた。悠が父に何を言ったのか。期待と不安が入り混じり、七海はとっさに視線を逸らす。


「……そ、そうなんだ」


「ああ。彼は本当に誠実な青年だね。……七海。君、悠くんのことが好きなんだろう?」


その問いかけは、あまりにも唐突で、そして核心を突いていた。

七海は否定しようと口を開きかけたが、喉の奥で言葉が詰まる。隠し通せるはずがないと理解した瞬間、七海は顔を真っ赤に染め上げ、うつむいて沈黙するしかなかった。


沈黙が、肯定よりも雄弁にすべてを物語っていた。父は小さく、満足そうに笑った。


「そうか。……君がそんな顔をするなんてね」


「……お父さんには、全部お見通しってこと?」


七海は蚊の鳴くような声でようやくそう答えた。父はゆっくりと首を振る。


「全部ではないよ。ただ、父親としての勘だ。今の君が、悠くんという存在を前にして、どうにもこうにも落ち着かない様子なのは見ていれば分かるからね」


七海は自分の手をぎゅっと握りしめた。

悠に対するこの想い。それが自分の中で「好き」という感情なのだと自覚したのは、つい昨日のことでしかない。今まで他人に向けたことのない、胸が苦しくなるようなこの感覚は、あまりにも唐突で、戸惑うことばかりだった。


「……お父さん、私……自分でもよく分からないの」


七海は正直に吐露した。


「今まで、誰かにこんな気持ちを抱いたことはなかったし……。悠くんは、すごく優しくて、私を救ってくれる人。でも、この気持ちが正しいのか、どうすればいいのか、何も分からなくて……ただ、彼の……悠くんの顔を見るとどうしていいかわからなくなるの」


七海は言い終えると、自分の頬が熱くなるのを感じた。


「……でも、悠くんは年上だし……。あってまだ数日しか経っていないのに私なんかが好きになったら、おかしいよね」


それは、自分を卑下する気持ちと、彼との間に感じる埋められない溝を恐れる心からくる言葉だった。父は、そんな七海の卑屈さと不安を、静かに受け止める。


「七海。年が上だとか下だとか、出会ってからの時間とかそんなことは関係ないんだ。……だが、忠告しておこう。悠くんは誠実な男だが、自分のことには非常に鈍感だ。七海、君が思っている以上にね」


父は真剣な眼差しで七海を見つめた。


「彼は君を大切に想っているが、それゆえに『君を傷つけないこと』を最優先にしている。君が自分の気持ちを隠していれば、彼は君を一生、大事な妹か、守るべき対象としてしか見ないだろう。何より……彼は私を裏切るような真似は決してしない男だ。君が彼を好いていると分かっても、君の気持ちを『一時的なもの』と解釈して、線を引き続けるはずだ」


父の言葉は容赦なく胸に刺さった。


「……はっきりと伝えない限り、彼は決して君の方へは振り向かない。自分の気持ちを大切にしなさい。君自身が向き合わなければ、彼も前に進めないんだよ」


七海はハッとして、父の言葉を反芻した。自分がただ甘えているだけだと思っていた関係が、実は悠の誠実さによって守られていただけであり、その誠実さが、皮肉にも二人の距離を隔てていたのだ。


「……はっきりと、伝えなきゃいけないんだね。でも、お父さん……もしダメだった時、気まずくなったらどうするの?」


七海は震える声で続けた。


「今、私は加藤家のみなさんに預かってもらってる。悠くんとの関係がこじれたら、……私はあのお家にいづらくなるよ。今のまま、ただ『お世話になっている人』のままでいられたら、失うものなんて何もないのに。……そんなリスクを冒してまで、本当に踏み出さなきゃいけないのかな……そうなったらお父さんにまた心配かけちゃう」


加藤家という、今の自分にとって唯一の安息の地。そこに悠との関係が影を落とすことが、何よりも怖かった。

父はそんな娘の切実な心配を、真っ直ぐに見つめ返した。


「七海。君が今の居場所を守るために心を閉ざすことは、加藤家のみなさんの厚意を、君自身が『仮初めのもの』にしてしまうことにならないか? 」


父は少しだけ言葉を強めた。


「もし、万が一うまくいかないことがあったとしても、君が誠実に向き合った結果であれば、彼らは決して君を追い出したりしない。失うことを恐れて今の場所に留まり続けるのは、本当の意味で彼らの善意を信じているとは言えないんじゃないか」


父の言葉に、七海は息を呑んだ。自分は、居場所を失うことを恐れるあまり、加藤家のみなさんの本当の優しさを信じきれていなかったのかもしれない。


「私は信じてる。託すと決めた時から友達のことを信じてるよ。そして息子の悠くんも。彼は真剣に考えてくれていた。純粋に七海のことを思って自分の弱さも懸念も全てぶつけて相談してくれた。だから彼のことも信じてる」


涙で視界が滲むが、先ほどまでの恐怖とは少し違う、決意のような熱が胸の奥に灯った。


「でも焦る必要はない。これからたくさん話しなさい」


「……うん。ありがとう、お父さん」


病室を出ると、廊下のベンチで待っていた悠が、いつもの優しい笑顔で顔を上げた。

七海は震える手でドアノブを握りしめ、自分に言い聞かせる。はっきりと伝えなければ、一生このまま。加藤家のみなさんの優しさを信じて、自分の気持ちに向き合うのだと。


「……待たせてごめんね、悠くん」


七海は精一杯の感謝を込めて微笑んだ。

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