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美少女が家族になった話  作者:


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7/21

変わる距離感と戸惑う悠

翌朝、リビングで顔を合わせた七海は、どこか様子がおかしかった。


「……おはよう、悠くん」


そう言って俺の方を一瞥したかと思うと、パッと視線を逸らし、忙しそうに朝食の準備を始めた。昨夜、俺の部屋で泣き明かし、お互いに心を通わせたはずなのに。彼女の背中はどこか硬く、俺と目を合わせることを極端に避けているように見える。

病院へ向かう道中もそうだった。並んで歩いてはいるけれど、少しだけ距離がある。ちらりと横顔を盗み見れば、彼女は耳まで真っ赤に染め、俯いて自分の指先をいじっていた。昨夜の俺の言葉を思い出しているのか、あるいは、何かを隠しているのか。話しかけても

「……うん」「そうかな」

と、言葉少なな返事しか返ってこない。



病院に着くと、七海は「少し……お手洗いに行ってくるね」と、逃げるようにして病室から離れていった。病室には、窓の外を眺めていた佐伯さんが、俺の気配に気づいてゆっくりと振り返った。


「……おはようございます、佐伯さん」

「ああ、悠くん。わざわざ来てくれてありがとう。七海は……少し離れているのかい?」


佐伯さんの問いに、俺は軽く頷き、隣の椅子に座った。俺は言葉を選びながら、七海の様子を切り出した。


「……はい。実は、少し相談したいことがあって。七海の様子が、昨夜からどうも変なんです」

「七海が? 何かあったのかい?」


佐伯さんの声色が一瞬で鋭くなる。俺は努めて穏やかに続けた。


「今朝からなのですが、目が合うとすぐ顔を逸らしてしまったり、病院へ来る道中もずっと黙り込んだままで。俺と二人きりになるのを避けているような……。俺が何か変なことでも言ったり、あるいは彼女が何か抱え込んでいるのに気づかなかったりしたんでしょうか」


俺はさらに不安を口にした。


「もし、俺の配慮が足りなくて七海を困らせているのなら、今のうちに直したいんです。彼女は最近ようやく笑えるようになったばかりなのに、また俺のせいで何かを押し込ませてしまっているんじゃないかと……」


それから俺は昨夜、部屋で七海の抱えていた重荷を降ろしたこと、彼女が「良い子」の仮面を脱ぎ捨てて泣きじゃくったこと、そしてそれが彼女の中で何かしらの変化を引き起こしているであろうことを、淡々と語った。

佐伯さんは静かに聞き入っていた。俺が語り終えると、彼は深く息を吐き、穏やかな微笑みを浮かべた。


「そうか。……君はそこまで七海の心に踏み込んでくれたのか。悠くん、本当にありがとう」


「いえ、俺はただ……」


「いや、言わせてくれ。今まであの子は、父親の私に対してすら、どこか取り繕った表情をしていたんだ。君がそんなあの子を丸ごと受け止めてくれたおかげで、あの子は今、自分の感情に戸惑っているのだろう」


佐伯さんは少しだけ窓の外に目をやり、懐かしむように続けた。


「悠くん、あの子がそんな様子なのは、君を拒んでいるわけじゃないんだよ。むしろ、その逆だ。……今のあの子にとって、昨夜悠くんが示した優しさは、自分の中の『何か』を決定的に変えてしまったんだ。それを、自分でもどう処理していいか分からないんだろうね」


俺はさらに首を傾げた。


「決定的に変わる……ですか? 確かに昨夜は深い話もしましたけど、それがどうして朝の態度に繋がるんでしょうか。俺には、どうしてもその因果関係が分からなくて」


「あはは! 全く、悠くんはそう言うところだけは鈍感なんだね……」


佐伯さんは楽しそうに笑いながら、少しだけ声を潜めた。


「いいかい、女の子が信頼している相手の前でだけ見せる、あの独特の照れや焦りというものさ。悠くんには、まだ少し難しいかもしれないがね。……嬉しいねえ。あの子がそんな表情を見せるようになるなんて、悠くん、君のおかげだよ」


佐伯さんのあまりの嬉しそうな様子に、俺はますます首をかしげるばかりだった。


「そうですか……? じゃあ、大丈夫なんですね。でもまた彼女が何か悩み始めたのなら、俺がもっとうまくサポートできるよう努力しますので佐伯さんも何か気づいたことがあれば教えてください」


「……ははは! いいよ、そのままでいてくれ。七海も、きっとその『鈍感なまでの誠実さ』に救われるんだろうからね」


佐伯さんは満足げに頷くと、ふと表情を和らげ、少しだけ身を乗り出すようにして俺を見た。その瞳は、父親というよりは、一人の人生の先輩として何かを問いかけているようだった。


「ところで、悠くん。……私からも一つだけ聞かせてもらっていいかな」


「ええ、何でしょう?」


「悠くんにとって、今の七海はどんな子に見えているんだい?」


その唐突な質問に、俺は少し考え込んだ。言葉を慎重に選びながら、昨日から今日の彼女の姿を思い浮かべる。


「……どんな子、ですか。そうですね……」


俺は少し照れくさそうに笑いながら、言葉を紡いだ。


「とにかく、すごく頑張り屋です。何事も自分一人で抱え込んで、完璧にこなそうとする。……でも、そんなふうに無理をしている時の彼女は、見ていてどこか危なっかしくて、目が離せません。……それに、時々見せる、年相応の……その、なんて言うか……。すごく可愛い一面もあって」


俺は「可愛い」という言葉に、自分でも驚くほど熱がこもっていることに気づき、慌てて視線を逸らした。


「守ってあげたいという気持ちもありますし、何より、俺が何も言わなくても彼女が安心して笑っていられるような、そんな場所を作ってあげたいんです。俺にできることはまだ少ないけれど……」


我ながら、随分と小っ恥ずかしいことを言ってしまったなと思い、首の後ろを掻く。

佐伯さんは、俺の言葉を一つひとつ噛みしめるように聞いていた。そして、俺のその「鈍感なまでの真っ直ぐさ」に、まるで自分のことのように嬉しそうに、目尻のシワを深くして微笑んだ。


「そうか……。そう見えているんだね。悠くんがそうやって、あの子の『見えない部分』まで……いいえ、あの子のすべてを慈しむように見てくれていることが、何より嬉しいよ」


その時、病室の扉が静かに開いた。七海だった。

彼女は廊下の明かりを背負って立っていた。俺と視線が合うと、弾かれたようにバッと俯いてしまい、顔が真っ赤なのが遠目からでも分かった。

佐伯さんは俺の背中をポンと優しく叩いた。


「……すまないが、今度は七海と二人で話す時間を作ってくれないか」


「あ、はい……そうですね。分かりました」


「君には感謝してもしきれないよ。また話そう」


「はい」


すれ違いざまに七海の隣を通ると、彼女からふわりと甘い匂いがして、心臓が変な跳ね方をした気がした。さっき、佐伯さんに「どんな子か」と問われ、思わず「可愛い」などという言葉を口にしてしまったせいで、彼女に対する視線が嫌でも変わってしまっている。


(……可愛い、か)


もし、彼女と隣に並んで歩けるような関係になれたら。今のこの張り詰めた状況とは違う、穏やかで幸福な時間が流れる日常を想像して、俺は思わず足をとめそうになる。


「付き合えたら……幸せだろうな」


誰に聞かれるわけでもなく、静かにこぼれた独り言。

けれど、すぐさま俺は自分の首を横に振った。七海にとって今の俺は、あくまで自分を救い上げてくれた存在に過ぎない。この気持ちを抱くことは、彼女の弱みに付け入るような、あまりにも浅ましい行為に思えた。

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