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第二章完 美少女が家族になった話  作者: 優


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全国へ

朝の光が窓から差し込み、俺のまぶたを優しくこじ開けた。

時計の針はまだ六時を回ったところだったが、不思議と頭は冴え渡っている。隣の部屋で眠る七海も、きっと同じように目を覚ましているだろう。昨夜の廊下での出来事が、夢ではなく現実だったことを確認するように、俺はベッドの上で大きく息を吐き出した。


今日は、東関東大会当日。


朝食の席では、両親がいつも通りの温かい笑顔で送り出してくれた。七海は少し緊張しているようで、トーストを口に運ぶペースがいつもよりゆっくりだったが、俺と目が合うと、ふにゃりと柔らかく笑った。その笑顔に、昨夜の抱擁の温もりが重なる。


駅のホームに立つと、少しずつ集まってくる部員たちの姿があった。皆、どこか顔つきが違う。不安と期待、そして「自分たちの音楽を届けたい」という静かな闘志が、駅の雑踏の中に小さな輪を作っている。


会場のホールに到着すると、そこには特別な空気が流れていた。

各校が思い思いの場所で最後の音合わせをしている。重なり合う楽器の音、張り詰めた空気、そこかしこに漂う緊張感。まさに、俺たちが目指してきた戦いの場だ。


俺たちは控室に集まり、最終調整を行う。

部員一人ひとりの表情を眺める。


「……みんな」


俺が声をかけると、部員たちが一斉にこちらを向いた。


「緊張してるよな」


部員たちはみんな頷く。


「……俺もめっっっっっっちゃ緊張してる!!!」


俺がそう叫んだ瞬間、部室の空気は一瞬だけ静まり返り、次の瞬間、まるで堰を切ったように部員たちの笑い声が弾けた。


「え?ほんとに?!」

「なんか、ちょっと安心した!」


張り詰めていた彼らの表情が、少しずつ崩れていく。俺は指揮者という立場を忘れ、ただの等身大の自分として彼らの輪の中に立った。


「正直、昨日の夜から心臓がうるさくて眠れなかったし、今だって胃がキュッてなる。……でもさ、これだけ緊張するってことは、それだけ俺たちが本気でこのステージに向き合ってきたってことだろ?」


俺はぐるりと全員を見渡した。


「だから、その緊張を『排除』しようとするな。むしろ、今のこの心拍数も、震える指先も、全部音楽に乗せて。今日の演奏を楽しんでくれ」


俺は七海と視線を合わせた。彼女はさっきまでの不安が嘘のように、意志の強い瞳で俺を見つめ返している。


「七海、お前のソロが会場の空気を最初に変えるんだ。……緊張して当たり前だ。でも、その緊張すらも味方にして、一番綺麗な音を響かせてこい」

「……うん。任せて!」

七海が深く息を吸い、楽器をしっかりと握りしめた。


俺の視線は、そのまま小さく深呼吸を繰り返していたオーボエの奏者、響子(きょうこ)へと移った。


「響子」


名前を呼ばれた彼女は、少し驚いて顔を上げた。彼女のオーボエの音色は、神秘的な響きを持っている。


「お前のソロは、ただ美しいだけじゃない。……聴く人の心の奥底にある、言葉にならない感情を呼び覚ます力がある。緊張で音が硬くなってもいい。曲の雰囲気的のも緊張があっても構わない。……ただ力強さや表現も忘れずに。君なら大丈夫だ。全力で表現して観客を魅了しろ」


響子は目を見開き、それから静かに、けれど確かな決意を込めて小さく頷いた。その瞳から迷いが消えるのを、俺は見逃さなかった。


続いて、俺はトランペットの健太(けんた)へ視線を移す。彼は終盤にピッコロトランペットのソロを担当している。


「健太」

「……はい、悠先輩」


彼は背筋を伸ばし、トランペットを胸の前で抱えた。


「お前の出すあの高音は、神だ。……最高に綺麗だ。だからその綺麗な音で神の啓示を精一杯表現しろ。自分は神だって思え」


「……はい!」


「言ってみろ!自分は神だって!」


健太は少し恥ずかしそうに、でも必死に声を張り上げた。


「……俺は、神です!!」


「……だそうだ」


そう俺が言うと部屋が揺れるほど爆笑が起きた。張り詰めていた空気が、まるで魔法のように一気に霧散する。


「あはは!健太が神様だってさ!」

「おい神様、俺たちを全国に導いてくれよ!」


金管楽器の連中はさっきまで緊張で顔を真っ青にしていた。極度の緊張では音が外れやすくなる。こうして一度、力の抜けるような馬鹿なことをやるのが、結局は一番の特効薬だ。


「緊張は解けたか?」


健太は顔を赤らめながらも、もう肩の力は抜けていた。


「はい……なんか、もうどうにでもなれって気分です」


「そうだな。……本番で本当に『神』になったら、何か好きなもん奢ってやる。打ち上げの時にな」


その言葉を聞いた瞬間、健太の目がギラりと光った。


「……よし!頑張ります!絶対に神になってやる!!」


そのあまりに単純で現金な様子に、また部員たちが声を上げて笑う。


そして最後に全体を見渡す。


「金管! お前たちが奏でるかっこいい音を、誰よりも目立って思いっきり見せてやれ!」


「「「はい!!!」」」


金管の面々が、誇らしげに楽器を掲げて力強く応える。彼らの瞳には、もはや迷いなど微塵もない。

次に、俺は全体を支える低音パートに向けて拳を突き出した。


「低音! 控えめになる必要なんてない。重低音で会場の床を揺らすんだ。多少音が割れたって構わない、会場の奴らを驚かせるくらいの迫力で表現してやれ!」


「「「はい!!!」」


低音陣が地響きのような頼もしい声で返事をする。その気迫だけで、ホールが震える予感がした。

最後に、旋律を彩る木管セクションへ視線を送る。


「そして木管! 柔らかい音も、キラキラした音も、全部お前たちの表現で見せてやれ! 」


「「「はい!」」」


木管のメンバーたちが、楽器を優しく抱きしめるように頷く。

俺は大きく息を吸い込み、部室の扉に手をかけた。


「……よし。全力で楽しむぞ!」


「「「はい!!!!」」」


全員の声が重なり、部屋の空気がビリビリと震える。

俺たちが作り上げた、この最高の夏。その成果を奏でる時が、ついに来た。


扉を開けると、そこには眩いばかりの光が待っていた。

俺たちは一歩ずつ、その光の中へと踏み出していく。

隣で七海が、緊張と高揚が入り混じった最高の笑顔で俺を見上げていた。


「行くぞ」


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