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美少女が家族になった話  作者:


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父との話(七海視点)

加藤さんの家にお邪魔する前日。私は自分に何度も言い聞かせていた。

『迷惑をかけてはいけない』『良い子でいなければならない』。

そうして心を固く閉じ込め、自分という人間を削り取って、「佐伯の娘」という記号として振る舞うことが、今の私にできる唯一の孝行だと思っていた。


玄関の扉が開いたとき、まず感じたのは圧倒的な安心感と、それを上回る激しい居心地の悪さだった。

加藤さんのご両親は優しく、部屋も綺麗に整えられている。それなのに、どこか温かさが眩しくて、ここは私の居場所ではないのだと突きつけられているような感覚が胸を締め付ける。


夕食の食卓では、自分が何を口にしているのかさえ分からなかった。

隣に座る加藤さんが、時折私の方を見ているのが分かる。彼は何を考えているんだろう。厄介者が来たと、迷惑に思っているのだろうか。

「何か、苦手なものはある?」

加藤さんのお母様にそう尋ねられたとき、私は反射的に「いえ、大丈夫です。美味しいです」と答えた。本当は喉に物が詰まって、今すぐにでも泣き出してしまいたいのに。私は完璧な笑顔を貼り付けたまま、ただ淡々と箸を動かし続けた。


食後、加藤さんに部屋まで案内してもらった。

扉が閉まった後の静寂が、ひどく恐ろしい。私は自分の荷物が置かれた、見慣れない空間で立ち尽くした。

「……何か必要なものがあったら、母さんか俺に言ってくれ」

その言葉に、私はようやく加藤さんの方を向く。ここで礼儀を欠かしてはいけない、そう思うほどに声が硬くなる。


「……迷惑をかけてしまい、すみません」


私は深く頭を下げた。自分でも驚くほど、声が震えていた。

加藤さんは「迷惑なんて思ってないよ」と穏やかに返してくれたけれど、その優しさが逆に、私の中の罪悪感を刺激する。

(ああ、私はここにいてもいい存在じゃないのに)


「私、うまくできるか分かりません。ここでの生活に馴染む努力はしますし、加藤さんにもご迷惑をかけないようにします。……それでも、ここでお世話になる以上、精一杯努めますので」


必死だった。「良い子」の自分を演じきらなければ、ここに居場所なんてない。努めなければ、努力しなければ、誰にも必要とされない――そんな焦りが、私の言葉を機械的にさせていく。


加藤さんは私の肩越しに、夜空を見つめた。

そして、唐突に私に問いかけた。

「……これから、ずっとこうするつもりか?」

「周りに気を遣って、自分を殺してるつもりなのかってこと」


心臓が跳ね上がった。

彼には、私が鎧を着込んでいることが見えているのだろうか。

「加藤さんには、そう見えるのですか?」

そう問い返すのが精一杯だった。彼は私の、誰にも見せたくないはずの「必死さ」を、あっさりと暴いてしまった。


「そう。だからさ、明日からは敬語もやめていい。そんな堅苦しい言葉使ってたら、こっちまで疲れるよ」


その言葉は、私にとって刃物と同じだった。

言葉というのは、相手との距離を測り、自分を傷つけないための絶対的な盾だ。それなのに、その盾を捨てろと言うの?

加藤さんは、そんな私を「普通に呼吸していい」と言ってくれる。私の言葉の檻を壊そうとする彼の言葉は、あまりにも優しくて、同時に恐ろしかった。


「……佐伯さんは、君が君自身でいること。それが一番の願いなはずだよ」


その瞬間、堪えていたものが決壊しそうになるのを、必死にこらえた。

肩が震える。……お父さんは、本当にそう思っていたのだろうか。

私が必死に努力する姿を、本当は見たくなかったのだろうか。


「……疲れてるところ、ごめんね。今日はもう、休もう」


彼が背を向けて部屋を出ていく。

私は力が抜けてしまった。ドアが閉まる音を聞きながら、小さく「……おやすみなさい」と零す。


部屋の中に、一人。

私はベッドに倒れ込み、小さく呼吸を繰り返した。

(普通に、していい……?)


初めて言われた言葉が、頭の中で何度も反響する。

これまで積み上げてきたものが音を立てて崩れていく予感に怯えながらも、どうしようもなく、胸の奥で小さな灯火が揺れたのを感じていた。



翌朝、リビングには加藤さんがいた。

昨日までの張り詰めた空気が、少しだけ柔らかく感じられるのは、夜中に彼がかけてくれた言葉のせいかもしれない。


「……おはよう」


加藤さんの短い挨拶。私は昨日、「敬語をやめる」と決めたはずなのに、喉の奥で言葉がひっかかる。


「おはよう」


小さく返した自分の声に、まだ鎧の残骸がへばりついているようで、少しだけ自分がもどかしい。

食後、病院に持っていく荷物を抱えようと手を伸ばす。かなり重いけれど、休みながら行けば大丈夫だろう。


「貸せよ」


そんなことを考えていると強引に荷物を奪い取られ、加藤さんは平然と歩き出す。


「……大丈夫、です。自分で持てるから」


抗議しても、彼は耳を貸さない。仕方なくその後ろ姿を追うけれど、彼の背中を見ていると、自分の無力さが際立って胸が苦しくなる。

病院までの道のり。私は彼に何か話しかけなければ、と考えていた。

加藤さんがわざわざ荷物を持ってくれているのに、沈黙を続けるのは失礼だ。何か気の利いた言葉を、彼が退屈しない話題を……。

私は何度も加藤さんの横顔を盗み見る。口を開きかけては、その言葉が適切かどうか考えてしまい、また唇を噛んで前を向く。

そんな私の挙動に気づいたのか、加藤さんが前を向いたまま言った。


「……何か話さないと、とか思わなくていいよ」


息が止まる。


「今はまだ、この環境に慣れるだけで精一杯だろう。……家の中みたいに気を張らなくていい。少しはリラックスしてくれ」


リラックス、なんて。私には、その方法が分からない。

いつも完璧な娘でいることで、私は自分の心を守ってきた。それなのに、加藤さんは私の「必死さ」を、すべて見抜いて、あえて手放すように促してくれる。


「……リラックス、か」


思わず口にしたその言葉は、自分でも驚くほど小さかった。

でも、彼の言う通りに、ほんの少しだけ肩の力を抜いてみる。彼が背中を見せている。無理に言葉で橋を架けなくても、今はこの同じ道を歩いているだけで、それでいいのかもしれない。

病院が近づくと、また胸の奥に冷たい重石が落ちた。

入り口に立つと、加藤さんが止まってくれる。


「……じゃあ、俺はここで待ってる」


私は振り返り、彼を見た。

一人で扉を開けるのが、怖い。誰にも言えない不安が、波のように押し寄せてくる。


「あの……加藤さんは、中で少し休まない?」


助けて、と言いかけたのかもしれない。でも加藤さんは、優しく首を振った。


「いや、いいよ。佐伯さんも、二人でゆっくり話したいだろ」


彼の配慮は、痛いほど分かっていた。

彼がいれば、私は二人の前で演じなければならない。父と一対一でいられる時間を守ってくれたんだ。

病室の重い扉を開ける。

中で待っていた父は、相変わらず穏やかだった。

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