水着
ショッピングモールの自動ドアをくぐると、冷房の涼しい風と、休日の家族連れやカップルで賑わう活気が俺たちを包み込んだ。
目指すはレディース水着売り場。周囲には華やかな色彩の夏服が並んでいるが、俺の意識は隣で楽しそうに歩く七海と、これから訪れる「試練」に集中していた。
ふと足を止め、俺は七海に向き直る。
「……ねえ、本当に俺も行かないとダメか?」
彼女の服を選んだり、雑貨を見たりするのはいい。けれど、水着という、ほぼ下着に近い布地を、彼女と一緒に選ぶというのは、男として意識しすぎずにはいられない。
「もちろん! なに? 怖気付いたの?」
七海はクスクスと笑いながら、俺の腕に体重を預けてくる。彼女の無防備な態度と、その密着度の高さに、周囲のカップルからちらりと視線を感じる。それだけで鼓動が早くなるのに、これから水着コーナーに行くなんて。
「だって、ほぼ下着みたいなもんだろ……」
「私は悠くんに選んでほしいんだけど、だめ?」
上目遣いで見つめられ、その潤んだ瞳でそんな風に言われたら、断れるはずがない。俺は観念して溜息をついた。
「……ずるい」
「ふふっ。じゃあ決まりね! 悠くんの好みのやつ着てあげるから」
売り場に到着すると、色とりどりの水着が棚に溢れていた。スポーティーなものから、フリルのついた可愛らしいものまで。七海は次々とハンガーを手に取っては、俺の顔色を伺っている。
「ねえ、悠くん。一緒にプール行く時、どんなの着て欲しい?」
「……露出が少ないやつ」
即答すると、七海は少しだけ意外そうに目を丸くした。
「え? なんで?」
「……周りの人に、見てほしくないから」
我ながら独占欲が強いとは思う。でも、これだけは譲れなかった。彼女の肌を、自分以外の男の視線に晒したくない。
その言葉を聞いた瞬間、七海の顔がぱっと華やいだ。彼女は俺の腕をさらに強く引き寄せ、頬を俺の肩に擦り付ける。
「……そういうこと言えるのがずるいよ」
「だって、嫌だから仕方ないだろ」
「もう、悠くんってば……ふふっ、わかった。プール用に、露出控えめのやつ、探そうね」
七海は嬉しそうに頷くと、今度は俺の手を引いて少し離れた場所に陳列された、より大人っぽいデザインのコーナーへと移動した。
「……ねえ、悠くん」
「ん?」
「じゃあ、二つ買うよ」
「……二つ?」
「一つは、さっき言った通り、一緒にプールに行く時のやつ。……もう一つは」
七海はふらりと俺の背後に回り込み、その柔らかな体を背中に押し当ててきた。耳元で、甘く、低い声が囁かれる。
「……2人きりの時に、見せてあげるやつ」
心臓が大きく跳ね、俺の顔は沸騰したように熱くなった。思わずその場に立ち尽くし、真っ赤になった顔を手で覆う。
「……っ!」
「あははっ、悠くん、顔真っ赤! そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
七海の楽しげな笑い声が耳に響く。やられた。彼女は俺が何を考えているのかを完全に掌握している。
――やられっぱなしでいいのか? いや、そんなの男の沽券に関わる。
俺は深呼吸をし、できるだけ平静を装って、先ほどよりも一際小さくて布面積の少ない、挑発的なデザインの水着を指さした。
「……じゃあ、マイクロビキニがいいな」
自分の口から出た言葉に、俺自身も驚いた。冗談半分、いや、彼女の反応を見てみたかっただけだった。
ところが。
「わかった!」
七海は迷いなく、俺が指差したその極小のマイクロビキニを手に取った。
「えっ?!」
まさかオッケーされるとは思っていなかった俺は、目を見開いて硬直した。
「何驚いてるの?」
七海は不思議そうに小首を傾げているが、その口元はニヤニヤと楽しげに歪んでいる。
「いや、冗談のつもりで……あんなの、本当に着るつもりか?」
「悠くんが選んでくれたやつだよ? 着ない理由がないでしょ」
「……っ」
「いずれ、全部見るんでしょ?」
彼女は悪戯っぽい瞳で俺を射抜く。それは、昨夜見た刺激的な光景そのものだった。彼女の中にある「大人な一面」が、こうして平然と俺の理性を揺さぶってくる。
「う……」
「どうしたの、悠くん? 自分の選んだものなのに」
「……ずるい」
「悠くんにドキドキされっぱなしだったから、仕返し」
七海は楽しそうに、俺が選んだ「過激な水着」を鏡の前で体に当ててみせている。彼女の華奢な腰のラインと、挑発的な布地。想像するだけで、頭の中が真っ白になる。
「……で、ほんとにマイクロビキニがいいの? 悠くんの目の前で着てみてあげようか?」
彼女のその言葉に、俺は完全に降参した。ショッピングモールという人目のある場所で、そんなことを言われたら、立っているのがやっとだ。
「……普通のビキニがいいです!」
俺は慌てて訂正した。あまりに刺激が強すぎる。これ以上彼女のペースに乗せられたら、今日という日がどうなってしまうか分からない。
「あはは! 悠くん、可愛い」
七海は満足そうに笑いながら、先ほど俺が選んだ普通のビキニと、お揃いのパレオのセットを手に取った。
「決まり! プール用はこれにする。あとの『2人きり用』は……また今度、ゆっくり悠くんの好みを教えてね?」
彼女はそう言うと、俺の手をぎゅっと握りしめ、次の売り場へと歩き出した。
七海には敵わない。
ショッピングモールの喧騒の中で、俺の心はもう、彼女の掌の上で転がされている。
「ってか、なんであんなに過激なやつ置いてあるんだよ!!!!!!」
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