義母は最強
週末の土曜日、悠の両親は親戚の葬儀のため、早朝から隣県へと出発した。この予定が決まったのは一昨日のことだ。
「すまん、悠。今週の土曜日から月曜日まで出かけることになった」
父の言葉に、悠は少し驚いた表情を見せる。
「え、いきなりだね。一応俺は休みだけど……」
横にいた七海も、控えめに付け加えた。
「私も、部活はちょうど休みなので……」
父は少し申し訳なさそうに説明を続けた。
「実は親戚の葬式でね。小規模でやるみたいだから、私達で行ってくる。二人は家で待っていてくれないか?突然で申し訳ないんだが」
「わかった」
悠が短く返事をすると、母が悠の目を見て釘を刺すように言った。
「悠、七海ちゃんはまだ17歳なんだからね。わかった?」
「わ、わかってるよ。逆に変な意識させないで!」
悠がムキになって言い返す横で、七海は顔を真っ赤にして俯いていた。母はそんな二人を見て、楽しげに茶化した。
「あらあら、二人とも顔を真っ赤にしてどうしたの?まだ未成年なんだから、悠がしっかり責任を持って見てあげてねって意味だったんだけど……?」
言葉に詰まる二人を見て、母は愉快そうに笑い声を上げた。そして、何かを思い出したように七海の方を向いた。
「ねえ、七海ちゃん。ちょっといい?」
(七海視点)
お義母さんに呼び出され、私は少し緊張しながら彼女の前に立った。部屋に入ると、お義母さんは優しいけれど、どこかすべてを見透かすような瞳で私を見つめた。
「ねえ、悠と一回何かあったでしょ?」
心臓が跳ね上がった。
「えっ?!あ、いや、ありましたけど……で、でも!変なことはしてないです!」
必死に否定する私を見て、お義母さんは可笑しそうに笑う。
「そうね、あの子にそんな度胸ないもんね」
「……うう」
お義母さんはすぐに真剣な表情に戻り、静かに続けた。
「そうじゃなくてね。一回、二人の関係が少し変わった時期があったでしょう?お互いへの気遣いがすれ違って、少し苦しそうだった時期。でも、仲直りできたみたいね」
「な、なんでそれを……」
私が驚くと、お義母さんは穏やかに微笑んだ。
「人生の先輩だからね。それに、二人とも正直すぎるのよ」
彼女は窓の外を眺めながら、諭すように語りかける。
「一回そういう壁を乗り越えたから、もう大丈夫ね。いつかそうなるって思ってたけれど、早めに乗り越えられてよかったわ」
「……わかっていたんですか?」
「ええ。二人ともいい子すぎるからね。でも、もし二人が一線を超えた後だと、こじれて修復は難しくなっていたかもしれない。言葉にするのは難しいけれど、そういうものなの。だから、今のうちでよかったなって思っているのよ」
お義母さんは私の手を取り、まっすぐな瞳で問いかけた。
「七海ちゃんは、悠のことどう思っているの?」
「……え?」
「悠と、この先もずっと一緒にいたいって思う?」
迷いはなかった。
「はい。一緒にいたいです。支えたいし、支えられながら生きていきたいです」
即答する私を見て、お義母さんは満足げに頷いた。
「ありがとう、七海ちゃん」
一瞬の沈黙の後、お義母さんは少し声を潜めた。
「でもね、避妊はしっかりするのよ?」
「い、いや、まだそんなことはしません!」
「あら、そうなの?」
「悠くんが18歳になったらって……だから私も、それまでは我慢しないと……あ」
自分の口から出た言葉に気づき、心臓が爆発しそうになる。お義母さんの目が、獲物を見つけたようにキラリと光った。
「あら、そう! 18歳になったら解禁するのね!」
「わ、忘れてください!!」
「七海ちゃんもそれまで一生懸命『がまん』するのねぇ。可愛らしいこと」
「もう、お義母さん!」
顔から火が出そうな私を見て、お義母さんは心底楽しそうに笑っていた。
「冗談よ。でもね、七海ちゃん。あの子は本当に不器用で、真面目すぎるくらい真面目だから。何かあったら、あなたからちゃんとリードしてあげてね」
「……リード、ですか?」
「そう。悠はね、きっとあなたが望むなら、自分を押し殺してでもその希望を叶えようとする子よ。でも、それが本当の二人の幸せかどうかっていうのは、また別の話でしょう?」
お義母さんの言葉は、からかいの中に確かな真実を孕んでいた。七海は、先ほどまでの恥ずかしさを少しだけ忘れ、自分の気持ちを整理するように深く頷く。
「……はい。そうですね。これからはちゃんと話し合います」
お義母さんは、七海の真っ赤な顔を見て満足げに目を細めると、そっと肩を叩いた。
「それはそうとね、七海ちゃん。私、早く孫の顔が見たいわ」
「ちょっと! お義母さん……!」
「ふふっ、冗談よ。でも悠は本当にヘタレだからね」
「……それは、確かにそうですね……」
私は力なく頷くしかなかった。悠の性格を考えれば、誕生日まではそういうことは起きないだろう。
「……そうね。あの子、本当に真面目だから」
お義母さんは、私の反応を楽しんでいるのか、クスクスと笑い声を漏らす。
「でもね、七海ちゃん。あの子も男の子よ。頑張って溜め込んでいるのねぇ」
お義母さんは、悪戯っぽく笑いながら私の耳元へ近づく。
「悠のエッチな本の隠し場所教えてほしい?」
お義母さんの言葉に、心臓が跳ね上がった。隠し場所……そんなものを知ってしまったら、もう悠くんと二人きりの時、何も考えずに過ごすなんて絶対に無理だ。
私は顔が沸騰するのを感じながらも、抗いがたい好奇心と、お義母さんの瞳に宿る「全てお見通しよ」という自信に押され、小さく、けれど確かな声で答えた。
「……お、教えて、ください」
私の返事を聞いた途端、お義母さんは心底嬉しそうに、まるで宝物の秘密を共有するような笑みを浮かべた。
「ふふっ、素直でいい子ね。いい? あの子、本棚の右から三番目の、一番下の段。分厚い辞書の裏に、専用の箱を隠してるの」
耳元で囁かれる言葉のひとつひとつが、毒のように甘く、私の理性をじわじわと侵食していく。
「それにね、あの子の趣味……少し意外かもしれないわよ。あなたが普段見せている優等生な顔とは、正反対の……ね。もしあなたが、その本の内容を参考に『あの子の好きそうなこと』を仕掛けてあげたら、悠のそのヘタレな理性がどこまで持つかしらね」
お義母さんには全てお見通しのようだ。
「悠くんのことは、全部受け止めます」
お母さんは吹き出した。肩を震わせ、涙を拭いながら私を慈しむように見つめる。
「ふふっ……ああ、ごめんなさい。あまりに健気で可愛らしいから」
読んでくださってありがとうございます。
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