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美少女が家族になった話  作者:


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30/51

噛み合わない"音"

悠くんの指揮棒が、小さく空を切る。

私の楽器のリードが震え、音となって部屋に放たれた。

演奏が始まった瞬間、私の頭からすべての雑念が消えた。いや、消えてしまった。


楽しかった。あなたと二人、一緒に過ごしたあの日々。たくさんお出かけしたこと。あの日告白してくれたこと。

ありがとう。誰よりも真っ直ぐに私を愛してくれて。

様々な思い出が走馬灯のように浮かぶ。

けれど、そのたびに、胸の奥で鋭い痛みが走る。


私は、あなたにふさわしい彼女になれなかった。あなたの隣で、あなたを一番近くで支える存在にはなれなかった。よく自分なんかってあなたは言うけどそんなことはない。本当は私《《なんか》》が悠くんに相応しくないんだよ。

感情が、演奏と共に堰を切ったように流れ出す。



だから、もう別れてください。



私という重荷を下ろして、悠くんにはもっとふさわしい人がいる。あなたを汚さず、あなたの才能を最大限に輝かせられる、私よりもずっと明るい未来を持った誰かがいる。

私のような人間が、あなたの隣にいる資格などどこにもない。


ごめんなさい。あなたの隣という最高の特等席を、最後まで守り抜くことができなくて。相応しい人になれなくてごめんなさい。


私の思いがすべてを音に乗って紡ぎ出される。恨みなどない。あったのは、溢れ出すほどの愛と、それを手放さなければならない自分への絶望。そして、自分のふがいなさに対する果てしない罪悪感だった。


いい彼女になれなくてごめんなさい。





演奏が終わった。


残響の中で、悠くんは静かに息を吐いた。察しがいい彼なら、今の演奏で私の言葉がすべて伝わったはずだ。この旋律の先には、もう道がないこと。私たちがこの先も一緒にいることは、お互いを不幸にするだけだと。

私はすっと息を吐き、楽器を置いた。


ふっと肩の力が抜けていくような、冷たい開放感。これでいい。彼がこれから先、私という呪縛に囚われず、彼らしい高潔な音楽を奏でてくれるなら、私はいくらでも傷つくことができる。


「ごめんね、悠くん」



背中を向けて歩き出したとき、彼の寂しげな横顔を振り返ることはできなかった。もし見てしまったら、彼を離したくなくなってしまうから。彼のその高潔な未来を、私の我儘で汚してしまうから。


私は音楽室を出る。


彼が、私のことなんて忘れて、もっと素晴らしい景色を見に行けることを願って。

扉を閉めるその一瞬、彼が何かを言おうとしたような気がしたけれど、私はあえて気づかないふりをした。


これが、私にできる唯一の、そして精一杯の愛の形なのだと信じて。







彼女が演奏を終えたとき、僕はすべてを悟ったような気になっていた。


楽しかった、という旋律。


ありがとう、という響き。


そして――ふさわしくない、という音。


彼女が音の端々に込めたその想いは、僕には痛いほど伝わっていた。


『楽しかった。ありがとう。でも、ふさわしくない。だから別れてください。ごめんなさい』


僕は彼女にふさわしい彼氏にはなれなかったようだ。俺が彼女を不幸にしてしまったのだ。自分のわがままを押し付けて縛り付けていたのだろう。だから別れたい。

その旋律の意味を、僕の脳はそう解釈した。


(そうか……)


僕のような、独りよがりで未熟な男が、彼女のような繊細な心の持ち主にふさわしいはずがなかったんだ。


彼女は僕に「別れてください」と告げた。それは、彼女がようやく僕という呪縛から解き放たれ、僕よりずっと真っ当で、彼女を優しく包み込める、僕なんかよりずっと素敵な誰かの元へ行きたいという意思表示に他ならない。


僕の存在が彼女の輝きを曇らせているなら、僕がすべきことはただ一つ。彼女の願い通り、彼女の人生から完全に消え去り、彼女が自分にふさわしい新しい光の下へ行くのを邪魔しないことだ。


「……ごめんなさい」


彼女が最後に残したその音色は、謝罪であると同時に、僕に対する最後通牒でもあった。


僕は彼女を傷つけた。彼女の音楽を愛していたはずなのに、結局は僕の勝手な期待を押し付け、彼女を窒息させていたんだ。僕は、彼女にとって「恋人」としてはもちろん、「指導者」としても、「男」としても、最低の存在だったんだ。

扉が閉まり、音楽室には僕一人だけが取り残された。

漂う埃が、僕の絶望を嘲笑うように舞っている。


僕は指揮棒を握る手が、震えを抑えられなくなるのを感じた。

彼女には、僕なんかじゃない、もっとふさわしい人がいる。

彼女を、曇らせることなく、ただ純粋に愛せる誰かのもとへ。

僕は椅子に深く沈み込み、彼女がいなくなった空っぽの音楽室で、ただ静かに目を閉じた。一番初めに浮かんだ言葉は「ごめんなさい」だった。


幸せにできなくて、ごめんなさい



僕が彼女を愛している事実は、この静寂の中に永遠に閉じ込めておくしかなかった。


これが、俺にできる唯一の、そして精一杯の愛の形なのだと信じて。

読んでくださってありがとうございます。

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