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美少女が家族になった話  作者:


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2/23

病院で佐伯さんと話す


「……悠くん、いきなりすまない」


佐伯さんの声は、先ほどよりもさらに弱々しく、しかし不思議なほどまっすぐだった。

病室には医療機器の規則的な作動音が響いている。俺は小さく息を吐き、佐伯さんの瞳を直視した。彼が何を言おうとしているのか、俺は考えすぎる自分の癖を少しだけ脇に置いて、ただ彼の言葉を待った。


「……君を困らせていることは分かっている。親として、こんな無理を押し付ける資格はないと、自分でも思っているんだ。だが、俺にはもう時間がない。……七海を頼む」


佐伯さんは、少しだけ窓の外の茜色の空を見つめた。


「七海はね、俺に心配をかけまいとして、ずっと『完璧な娘』を演じてきた。……だが、俺がいなくなれば、あの子は一人だ。どうか、君たちの家族の中に、あの子の場所を作ってやってくれないか」


俺は膝の上で拳を握りしめた。考えすぎる俺の脳内では、すでに懸念が渦巻いている。同居という生活。年頃の男女。そして、今の七海の不安定な心。その責任の重さが、喉の奥を締め付ける。


(何かあれば人の人生を壊してしまうことになる。俺は本当に大丈夫なのだろうか?)


「……佐伯さん。こんなことを聞くのは失礼だと分かっていますが」


俺は意を決して、口を開いた。


「俺たちは年頃の男女です。……正直に言って、今の七海さんは父親の余命を前にして、ひどく追い詰められているはずです。そんな脆い状態の彼女を引き取って、俺が本当に大丈夫なのか、自分でも確信が持てません」


一度言葉を切り、喉を潤す。


「俺は、彼女のそんな辛い状態にある心を利用したくないんです。……誰かにすがりたい、縋れるなら誰でもいい。そんな彼女の弱さにつけ込むような真似は、俺にはできません。もし彼女が、父を亡くした喪失感のあまり、身近な俺に寄りかかってきたら……俺も一人の男なので、間違いがないとは言い切れないんです。そんな自分を、自分で信用しきれないのが怖いんです。彼女の人生に悪い影響を与えてしまうのではないかと考えてしまうのです」


俺の言葉に、病室には一瞬、張り詰めた静寂が走った。佐伯さんは驚く様子もなく、ただ静かに俺の言葉を受け止めた。


「……悠くん。君は本当に、思慮深い人間だな。自分の汚い部分や、弱さまで直視しようとしている」


佐伯さんはゆっくりと、震える手でシーツを握りしめた。


「俺はただ、君を信じているだけだ。君がもし、そんなふうに悩み、立ち止まり、自分の弱さすら疑って考え抜こうとするなら……その誠実さこそが、俺が君を選んだ理由そのものだよ」


「……どういう意味ですか。俺が、もし彼女を傷つけたらどうするんですか」


俺の問いに、佐伯さんは微かな笑みを浮かべた。


「君がもし、何も起きないと言い切る無責任な男なら、俺も不安だっただろう。だが、君は彼女の心を傷つけまいと、自分の感情すら疑って悩んでいる。そんな君の慎重さと優しさなら、七海を傷つけるようなことは絶対にしない。たとえ彼女が弱さから君に寄りかかったとしても、君はそれを受け止めた上で、彼女が本当の意味で自分を取り戻すまで待てるはずだ。……そう確信しているんだよ」


「……待つ、ですか。でも、俺にはその自信がありません。俺だって、一人の人間です。寂しさや誘惑に、負けないなんて言えない」


俺は必死に食い下がった。それは逃げではなく、彼女に対する最低限の敬意だった。


「その『自信がない』という言葉を聞いて、俺はなおさら安心したよ」


佐伯さんは力なく、しかし深く頷いた。


「いいか、悠くん。人が一番危ういのは『自分は大丈夫だ』と過信した時だ。君のように、自分の弱さを自覚して、立ち止まれる人間は、他人の弱さにも敏感だ。七海が泣きたい時に、きっと君は自分の理屈ではなく、彼女の痛みに寄り添えるはずだ」


佐伯さんは少しだけ息を整え、言葉を続けた。


「俺は君の理性が欲しいんじゃない。君という人間の『誠実な迷い』が欲しいんだ。……もし、あの子が君に縋って、君がどうしていいか分からなくなった時は、その迷いをそのまま彼女にぶつけてくれ。隠さず、正直に、一緒に悩んでやってほしい」


「……一緒に、悩む」


「ああ。それは、何よりも信頼の証になるはずだから」


佐伯さんの視線は、どこまでも優しかった。

は深く息を吸い込み、真っ直ぐに佐伯さんの瞳を見つめた。


「……分かりました。全力で頑張ります。七海さんを悲しませないように、彼女が心から笑えるように寄り添います」

拳を握りしめ、喉の奥から絞り出すように言葉を紡ぐ。

俺の言葉を聞いた佐伯さんは、まるで長年抱えてきた最後の大荷物を降ろしたかのように、ふうっと安堵の吐息を漏らした。


「ありがとう。……悠くん、あの子を頼む。君なら、あの子の孤独にきっと気づいてくれるはずだ」


佐伯さんは満足げに目を閉じ、静かに呼吸を整えた。


「……佐伯さん。七海さんにも、今の俺たちの話を共有しておかなくていいんですか? 俺たちの認識を、彼女ともすり合わせておきたいのですが」


俺の問いかけに、佐伯さんはゆっくりと目を開き、小さく頷いた。


「ああ、そうしてくれ。……実は、七海にはもう話してあるんだ」


佐伯さんは少しだけ視線を泳がせ、ベッドの脇に置かれた呼び出しボタンに手をかけた。


「七海を呼んでくれ。最後にもう一度、四人で確認しておきたい」


俺が病室のドアを開け、廊下で待機していた父と母、そして七海を呼び戻した。

七海は入室するなり、まっすぐに父の元へ歩み寄る。その瞳には、すでに全ての現実を受け入れたかのような、静かな決意が宿っていた。


「……お父さん。どうしたの?」


「七海、改めて……加藤家で暮らすことについてだ」


佐伯さんは弱々しい声ながらも、七海に語りかけた。


「加藤とも、そして悠くんともよく話をした。二人は、七海を心から受け入れてくれると言ってくれている。改めて、七海の意思を確認させてくれないか」


七海の視線が、父から俺へと移る。

その表情は、まるで自分を殺してまで平穏を装うような、あまりにも完成された「納得」の顔だった。彼女は俺の目を見つめ、静かに、澱みなく答えた。


「……お父さんが大丈夫なら私も大丈夫だよ」


その言葉を聞いた瞬間、俺は息を呑んだ。

七海は、父親を悲しませないために、自分の心に鍵をかけていたのだ。

(……この子は、自分の人生すら、父親を安心させるための材料にしているのか)

俺は七海の肩越しに佐伯さんを見た。佐伯さんの瞳には、娘に対する愛おしさと、自分という存在が彼女を縛り付けていることへの激しい悔恨が混ざり合っている。


「七海さんは本当にそれでいいの?」


口をついて出たその問いに、七海は一瞬だけ表情を強張らせた。

彼女がこの選択を受け入れているのは、他に道がないと理解しているからだ。これが父にとって一番の安心であり、かつ自分にとっての唯一の正解だと、頭では分かっている。

けれど、その瞳の奥には、これから知らない土地で、知らない家族と暮らすことへの消しようのない恐怖と不安が、澱のように沈んでいた。

七海は深く息を吐き、静かに視線を落とす。


「……お父さんが安心して、治療に専念できる道です。それが一番だということは、私も分かっていますから」


言葉の上では完璧な納得だ。しかし、彼女がぎゅっと自分の指先を握りしめているのが目に入った。その指の関節は白く浮き上がり、震えを懸命に抑え込んでいる。


「…………」


俺には、気の利いた慰めなど言えない。彼女が感じている未来への不安や、父親と離れることへの恐怖は、俺がどうこう言って消せるものではないからだ。

ただ、彼女が隠しているその「震え」を、見ていないフリはできなかった。


「……不安だよね」


あえて、肯定も否定もしない問いかけを投げかける。

七海は一瞬、驚いたように顔を上げ、すぐにまた視線を逸らした。彼女の強張った表情が、ほんのわずかに崩れる。それは彼女が今まで懸命に隠してきた、年相応の弱さそのものだった。

佐伯さんは、二人のやり取りを黙って見守っている。彼の視線は、俺が娘の隠し持っている不安に気づいたことを悟り、少しだけ安堵したように見えた。

七海は震える唇を一度だけ開いたが、結局何も言わず、ただ深く目を閉じた。


「準備しておきますので」


そう悠はそう告げて席をたった。

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