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第8話:放課後の密会――十五年目の「パパ」

学園の放課後。

 茜色に染まり始めた校舎の影が、長く地面に伸びている。


 入学初日から、学園内は俺と彼女の話題でもちきりだった。

 『氷の令嬢』セラフィナと、北の魔山を制した最強の騎士アラリック。

 二人が入学式の最中に視線を交わした――それだけで、憶測が憶測を呼んでいる。


 俺は人混みを避け、魔力操作で気配を希薄にしながら、旧校舎の裏手にあるガゼボ(東屋)へと向かった。

 そこは、今は使われていない寂れた場所だ。


 ガゼボの柱に寄りかかり、一人の少女が待っていた。

 夕陽を背に受け、銀髪を輝かせる彼女の姿は、あまりにも美しく、そして孤独に見えた。


「……来たわね。レオンハルト卿」


 セラフィナが、冷徹な仮面を被ったまま俺を見る。

 俺は周囲に結界を張り、物理的にも魔力的にも、誰の耳にも届かない空間を作り上げた。


「……ああ。待たせてすまない、セラフィナ様」


 しばしの沈黙。

 俺たちは、数歩の距離を置いて見つめ合った。

 

 彼女の胸元には、あの『オムライスのブローチ』。

 俺の手元には、彼女が贈ってくれた『ピンクの花の革細工』。


 どちらからともなく、一歩、歩み寄る。


「……パパ」


 その一言で、張り詰めていた糸が切れた。


「パパなのね!? 本当に、本当にパパなのね……っ!」


「……ああ、美緒。美緒……!」


 俺は彼女を、壊れ物を扱うように抱きしめた。

 セラフィナの小さな肩が、激しく震える。

 公爵令嬢としての矜持も、悪役令嬢としての冷徹さも、今の彼女には欠片も残っていなかった。

 

「ずっと……ずっと探してたの。一人で、怖くて……あのオムライスの髪飾りが届いたとき、私、部屋で声を上げて泣いちゃったんだから!」


「ごめんな。もっと早く見つけたかった。……十五年、よく頑張ったな」


 俺は彼女の頭を優しく撫でる。

 中身が大人だろうが関係ない。俺にとっては、あの雨の日に守りきれなかった、愛おしい娘なのだ。


       ◆


 しばらく泣きじゃくった後、ようやく落ち着いた彼女が、俺の隣に座ってポツリと漏らした。


「……パパ。あのアリシアっていう子。……あれ、ママでしょう?」


 その言葉に、俺は深く頷いた。


「ああ。魂のレベルで拒絶反応が出る。……間違いない、あの聖子だ。美緒、お前も気づいていたんだな」


「気づかないわけないわよ。あの、自分以外の全員を自分のための道具だと思ってる、薄汚い目……。アリシアが登壇した瞬間、私、あの事故の日のことを思い出して吐き気がしたんだから」


 セラフィナ――美緒の瞳に、鋭い嫌悪の色が走る。

 俺は少し驚いて、彼女を見つめた。

 

「……美緒。お前はまだ、八歳だったはずだ。聖子の本性に、そこまで気づいていたのか?」


 美緒は自嘲気味に笑い、俺の顔を真っ直ぐに見つめ返した。


「パパ。私、もう大人なのよ? 前世の八歳に、この世界での十五年を足して二十三歳。……パパが思っているより、私はもうずっと、世の中の『汚さ』を理解してるわ」


「二十三……。そうか。そうだよな、お前ももう一人の女性なんだよな」


「ええ。だからこそ言わせて。……パパ、私、あの人のこと、実の母親だなんて一度も思ったことないわ。だって、パパをあんなに苦しめていたじゃない」


 美緒の声に、熱い怒りが宿る。


「夜遅くまで働いて、ボロボロになって帰ってくるパパ。ママがいない部屋で、私に隠れてため息をついていたパパ。家のお金を持っていかれてお腹を空かして泣いている私を抱きしめて『大丈夫だ』って言ってくれたパパ……。子供だからって、何も見てないと思わないで」


「……美緒」


「あの人は、パパの優しさを食いつぶしてた。私とパパを自分の贅沢のために全部捨てたのよ。……断言するわ。あのアリシアがママだろうが誰だろうが、私は絶対に許さない。パパを傷つける奴は、私がこの手で消してやるんだから」


 力強い言葉。

 かつての小さな背中は、いつの間にか頼もしいものに変わっていた。

 

 俺は、苦笑しながら彼女の手を握る。


「……まいったな。パパが守るつもりだったのに、娘に頼られてしまったな」


「何言ってるの。共闘よ、パパ。めちゃくちゃ強くなってるんでしょう? 物理はパパに任せるわ。私はこの公爵令嬢の立場と、これまでにつけた知恵で、あの女の化けの皮を剥いでやる」


 二人の意志が、完璧に一致した。

 

 アリシア(聖子)はこの世界でも、ヒロインという特権を利用して、周囲の男たちを『魅了』で従え、世界を自分の思い通りにしようとしている。

 そして、その最大の障害となる『悪役令嬢(娘)』と『最強の騎士(父)』を排除しようとするだろう。


「……なら、方針は決まりだ。俺たちは、表向きは『悪役令嬢』と『彼女を監視する騎士』を演じる。だが、裏では――」


「ええ。二人で最強の、パパと娘の反撃を開始しましょう」


       ◆


 ガゼボを後にし、本校舎へと戻る廊下。

 案の定、俺たちの前には「壁」が立ちはだかっていた。


「……アラリック。こんなところで何をしていたんだ」


 うつろな瞳。

 焦点の定まらない、異常な熱。

 王太子エドワードが、数人の取り巻きを引き連れて俺を睨んでいた。

 

 その背後には、庇われるようにして震えている、聖女アリシアの姿。


「アラリック様、あんな怖い方と一緒にいちゃダメですぅ……。セラフィナ様が、アラリック様を毒牙にかけようとしているって……私、怖くて……」


 アリシアが、わざとらしい涙を浮かべてエドワードの腕にしがみつく。

 

 エドワードの肩が、びくりと跳ねた。

 レベル15。この学年では最強クラスの彼が、低レベルのアリシアの『魅了』に、一瞬で屈している。

 

「そうだ、アラリック! 君は僕の親友だろう!? なぜそんな女と一緒にいる! アリシアが泣いているじゃないか! 彼女に謝らせろ!」


(……やれやれ。やっぱりこうなるか)


 俺は、冷え切った目でエドワードを見据えた。

 レベル88の俺からすれば、アリシアの放つ魅了の波動など、古い換気扇から漏れる嫌な臭い程度のものだ。

 

 俺は一歩前に出て、セラフィナを背中に隠すように立つ。

 そして、レベル88の『魔圧』を、ごく僅かに、アリシア一人に向けて放射した。


「ひ……っ!?」


 アリシアが、腰を抜かしてその場にへたり込む。

 

「アリシア!? どうしたんだ!?」


「殿下。勘違いしないでいただきたい。俺が彼女を守るのは、それが俺にとって――この世界の何よりも優先すべき『最優先事項』だからです」


 俺の宣言に、廊下にいた生徒たちが一斉にざわめき立つ。

 

「聞いたか? アラリック様が、セラフィナ様を『何よりも優先する』と言ったぞ……!」

「王太子の婚約者を、親友の騎士が奪うつもりか!?」

「禁断の愛……なんて恐ろしい……!」


 周囲に広がるのは、凄まじい誤解と、ドロドロとしたスキャンダルの匂い。

 

 だが、俺の背後でセラフィナが、クスクスと楽しそうに笑っているのを感じた。

 

「(ねぇパパ、今の最高にカッコよかったわよ。禁断の略奪愛、いいじゃない。もっとやって)」


「(……悪役令嬢を楽しんでるな、お前)」


 俺は内心でため息をつきつつ、エドワードに冷たい視線を送った。


「失礼します、殿下。……アリシア様、次は『手が滑って』魔圧を抑えきれないかもしれません。あまり、俺の大切なものに近づかないでいただきたい」


 俺たちは、呆然とするエドワードたちを置いて、堂々と廊下を歩き出した。

 

 背後から感じる、アリシアの激しい憎悪。

 だが、今の俺たちには、そんなものは羽虫の羽音にも等しい。

 

 十五年という時間を超え、最強の「父娘」が再会した。

 これから始まるのは、運命という名のゲームの破壊だ。


 ――学園中を巻き込む『勘違い』など、どうでもいい。

 俺は、俺の娘を、今度こそ誰にも渡さない。


「さあ行こうか、セラフィナ。……放課後のオムライスは、まだ先になりそうだが」


「ええ、パパ。……まずはあの毒虫から、お掃除していきましょう?」


 最強のパパ騎士と、悪役令嬢。

 二人の「本気の遊び」が、ここから加速していく。



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