第9話:騎士の宣戦布告と、最強の過保護
学園の朝は、昨日よりもさらに騒がしかった。
廊下を歩けば、刺さるような視線とヒソヒソ話が追いかけてくる。
『最強の騎士が、王太子の婚約者を奪おうとしている』
そのスキャンダラスな噂は、一晩で学園、いや王都中にまで広まったらしい。
「――アラリック! 説明しろ、これは一体どういうことだ!」
校舎の入り口で待ち構えていたのは、父上……騎士団長バルガスだった。
普段は冷静な父上が、額に青筋を立てて俺に詰め寄ってくる。
「お前、王太子殿下の婚約者に手を出したというのは本当か!? レオンハルトの家名に泥を塗るつもりか!」
「……手を出した、と言われると語弊がありますが。彼女を守るのが、俺の騎士としての、そして『一人の男』としての正義です。邪魔をするなら、例え父上でも容赦はしませんよ」
「な……ッ!?」
俺がレベル88の魔圧を微かに込めて言い放つと、父上はたじろぎ、次の瞬間――なぜか、その瞳に熱い涙を浮かべた。
「……そうか。そこまで、そこまで彼女を愛しているのか! 王家を敵に回してでも貫きたい愛……。分かった! レオンハルトの男なら、その覚悟、背負って立て!」
(……いや、父上、話が飛躍しすぎだ。騎士の情熱的な誓いだと勘違いしてるな、これ)
呆れる俺を置いて、父上は「不器用な息子め!」と肩を叩いて去っていった。
……まぁいい。外堀は、勝手に埋まってくれている。
◆
午後の実技演習。
訓練場には、不穏な空気が流れていた。
そこには、王太子エドワードを中心に、十数人の生徒たちが剣を構えて並んでいた。
彼らの目は一様にうつろで、その背後には聖女アリシアが悲劇のヒロイン然として控えている。
「アラリック! 君の暴挙は聞き捨てならない! アリシアが震えているんだぞ。『セラフィナに脅された』と! 君も、あの悪女に操られているんだろう!?」
エドワードが叫ぶ。
彼のレベルは15。周囲の生徒たちは10前後。
王国一般兵と同等か、それより少し強い程度の「子供たち」だ。
「……殿下。一度、頭を冷やした方がいい」
「うるさい! 親友として、目を覚まさせてやる!」
エドワードの号令と共に、十数人の生徒が一斉に俺に襲いかかる。
観客席では、セラフィナが優雅に扇子を広げ、高みの見物を決め込んでいた。
彼女からすれば、「パパ、あんなガキども全員ひねり潰しちゃって」というところだろう。
「……やれやれ。躾の時間だな」
俺は剣を抜かない。鞘に収めたまま、一歩踏み出した。
――速い。
レベル10程度の生徒たちの動きは、俺からすればスローモーションどころか、止まって見える。
「はっ!」
鞘の先で、向かってくる生徒の鳩尾を軽く突く。
それだけで、相手は呻き声を上げて崩れ落ちた。
「火球!」
魔法を放ってきた生徒がいたが、俺は無言でその魔力そのものを手で掴み、握りつぶした。
「なっ……魔法を、握りつぶした……!?」
――【魔力崩壊】。
レベル88の質量をもってすれば、レベル10程度の術式など、紙細工を破るより容易い。
わずか一分。
俺が数歩歩いただけで、エドワードを除くすべての生徒が地面に土下座する形で倒れ伏していた。
「あ……あぁ……」
最後に残ったエドワードが、震える手で剣を落とす。
「殿下。……アリシア様。次は、その綺麗な首が飛ぶかもしれませんよ?」
俺は、アリシアを冷たく一瞥した。
彼女は恐怖に顔を歪ませ、悲鳴を上げて逃げ出していった。
◆
放課後。再び、旧校舎のガゼボにて。
俺とセラフィナは、秘密の密談を行っていた。
「お疲れ様、パパ。今日も無双してたわね」
「あんなガキども相手に、無双も何もないがな……。それより美緒、確認したいことがある」
俺は声を低め、周囲の結界を強める。
「この世界……やっぱり、お前が前世でやってたゲームの世界で間違いないんだよな?」
美緒は、真剣な表情で頷いた。
「ええ。間違いないわ。王太子の名前、学園の構造、そして何より『悪役令嬢セラフィナ』の不遇な立ち位置……。パパに、よくゲームの話をしてたでしょ? 覚えてる?」
「ああ。……断片的にだがな。お前が『この騎士様、最後死んじゃうの!』って泣きついてきたことは、よく覚えてるよ。まさか、自分がその騎士になるとは思わなかったが」
「ふふ、ごめんね。私もだいぶうろ覚えだけど、パパに色々話をしていたことは覚えているわ。パパが私の話をいつもニコニコ聞いてくれてたから、ついいっぱい喋っちゃったのよね」
美緒は少し照れくさそうに、オムライスのブローチを指でなぞった。
「パパが最強の騎士アラリックで、私が悪役令嬢セラフィナ。……シナリオでは、パパは公爵家付きの騎士になって私のことを『主人の娘』として、最後の一兵になるまで守って戦死するはずだったの」
「……戦死、か。笑えない冗談だな」
「ええ。でも、今のパパはレベル88。シナリオなんて、もうボロボロよ。……ただ、気になるのはママ……アリシアの動きね。彼女、さっきの演習でパパに本気で怯えてた。ヒロインの特権が通用しない相手に、焦りを感じてるはずだわ」
「ああ。あの女、なにか仕掛けてくるつもりだろう。漂ってくる魔力の腐臭で分かる」
俺は、冷徹な殺意を瞳に宿した。
「美緒。学園のパーティーが近い。そこで、おそらくアリシアは仕掛けてくる。……『断罪イベント』だ」
「望むところよ。私の事務処理能力で、男爵家の不正はすべて洗ってあるわ。パパは力を、私は政治を。……二人で、あの女の化けの皮を剥いでやりましょう」
父と娘、最強の共闘。
レベル88の物理と、氷の令嬢の知略。
アリシア(聖子)という、自分勝手な毒虫を駆除するための準備は、すべて整った。
(待ってろ、聖子。……今度こそ、お前の思い通りにはさせない。俺たちの二度目の人生、泥を塗った報いは、高くつくぞ)
学園のパーティーを目前に控え、俺は静かに、牙を研ぎ澄ませた。
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