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第6話:黄色い髪飾りの波紋と、親バカの遠征

王城の夜は、煌びやかな光に包まれていた。

 

 今日は、近隣諸国の使節団を迎えた重要な晩餐会だ。

 本来なら、七歳の俺には縁のない場所だが、騎士団長の息子であり王太子の「学友」という立場上、会場の隅で控えることを許されていた。

 

 だが、会場の視線は俺ではなく、一人の少女に集中していた。


「……見て。あれがラーグセン公爵家の令嬢……セラフィナ様よ」

「なんて美しい……。けれど、あのお姿は一体……?」


 貴族たちの間で、困惑を含んださざめきが広がる。

 

 広間の中央。

 月光を反射する銀髪をなびかせ、完璧な淑女の所作で歩くセラフィナ。

 その美しさは群を抜いていたが、問題は彼女が頭に飾っている「それ」だった。


 ――黄色い楕円形に、鮮やかな赤の線。


 公爵令嬢にふさわしい宝石やティアラではない。

 俺が石を削り、色をつけて贈った、あの『オムライスの髪飾り』だ。


「……ふふっ」


 思わず、口元が緩む。

 着けてくれたんだな、美緒。

 格式高い晩餐会で、周囲の目を一切気にせず、パパからのプレゼントを一番目立つ場所に着けてくれる。

 そんなお前の強情さが、愛おしくて堪らない。


 だが、周囲の評価は残酷だった。


「公爵令嬢ともあろう方が、あんな奇怪な装飾品を……。正気かしら?」

「以前から王太子殿下を蔑ろにする言動があるとは聞いていたが……。あれは殿下への当てつけではないか?」


 評価は『美しいが、理解不能な振る舞いをする傲慢な令嬢』――すなわち、ゲームのシナリオ通り『悪役令嬢』としての道を着実に歩まされていた。


「おい、セラフィナ! その変な石ころ、今すぐ外せ!」


 耐えかねたように、エドワード王太子が詰め寄る。

 

「僕の婚約者として恥ずかしくないのか! せっかくの晩餐会が台無しだ。そんな安っぽい玩具、僕が捨ててやる!」


 エドワードが髪飾りに手を伸ばそうとした、その時だ。

 

 セラフィナの瞳が、一瞬で氷のように冷え切った。


「……殿下。触れないでいただけますか?」


「え……?」


「これは、わたくしにとっての誇りです。これを笑う者は、わたくしの尊厳を笑う者と見なします。……例え、殿下であっても」


 一歩も引かない、凜とした立ち振る舞い。

 エドワードはその気圧されるような迫力に、思わず手を引っ込めた。

 

 周囲の貴族たちは、今のやり取りを「王太子への不敬」と捉え、さらに彼女への非難を強めていく。

 

 俺は、拳を握りしめていた。

 

(……よく言った、美緒。パパが作った『オムライス』を、お前がそこまで守ってくれるなんてな)


 同時に、胸の奥でドス黒い怒りが渦巻く。

 俺の娘の純粋な想いを、『安っぽい玩具』だと切り捨てたエドワード。

 そして、何も知らずに彼女を嘲笑う、有象無象の貴族ども。


(……この『ガキ』に、美緒はもったいなさすぎる)


       ◆


 翌日の訓練。

 案の定、エドワードは半泣きで俺に泣きついてきた。


「アラリック! あいつ、昨日の晩餐会で僕を睨んだんだぞ! あの変な黄色い石のせいで、僕は恥をかいたんだ。親友のお前から、あいつに捨てろって言ってくれよ!」


 エドワードが俺の腕を掴んで揺らす。

 

「……殿下」


 俺は、貼り付けたような笑顔を浮かべながら答えた。

 内心では、こいつを訓練用の案山子代わりに百回ほど殴り飛ばしたいのを、必死に抑えている。


「あれは、彼女にとっての『信念』の形なのです。それを理解できぬ者に、彼女の隣に立つ資格はないかもしれません」


「信念? あんな石ころが? お前、あいつを庇うのか?」


「いいえ。私はただ、殿下の将来を案じているだけですよ」


(……嘘だ。俺が贈ったものを『捨てろ』と言ったお前に、一ミリも娘はやらんと決めただけだ)


「そうか……。やっぱりアラリックは僕の味方だな! もっと僕が強くならないと、あの女は僕を見ないってことか!」


 ……ポジティブな奴だ。

 勝手に勘違いして奮起しているエドワードを放置し、俺は遠くの空を見上げた。


 王都の門の方角から、禍々しい魔力の揺らぎを感じる。

 

 ――聖女アリシア。

 

 彼女が振りまく『魅了』の波紋は、日を追うごとに強まっている。

 今のレベル68でも、精神的には弾けるだろう。

 だが、万が一がある。

 

 もし、彼女が概念的な『強制力』を行使してくるなら。

 レベルの暴力だけで、そのことわりそのものをねじ伏せる強さが必要だ。


(……もっとだ。もっと上の領域へ行かなければ)


       ◆


 その夜。俺は執務室で父、バルガスと対峙していた。


「……北の『凍える魔山』へ行きたいだと?」


 父上の顔が、驚愕に歪む。

 

「あそこは人間禁制の地だ。レベル70を超える古代龍が支配する領域だぞ。七歳のお前が行って、生きて帰れる場所ではない!」


「分かっています、父上。ですが……私には時間がないのです」


「時間がない? 一体、何に追われているというのだ」


「……あの子を守るための、力です」


 俺は隠すことなく、体内の全魔力を解放した。

 

 ドォォォォォォォォォン!!

 

 執務室の窓ガラスが震え、石造りの壁に亀裂が走る。

 七歳の子供が出していい魔圧ではない。

 

「な……っ!? お前……レベル68……!? いつの間に、そんな……!」


 父上が、椅子から転げ落ちそうになりながら、俺を見つめる。

 

「私にしかできないことがあります。騎士団長の息子としてではなく、一人の男として、あの子の……セラフィナ様の未来を守りたいのです」


 ……建前だ。

 中身はただの『パパが、娘をいじめる奴らを全員ぶっ飛ばすための力が欲しい』というワガママだ。

 

 だが、父上はその言葉を「騎士としての忠誠と愛」だと勘違いし、目頭を熱くさせた。


「……アラリック。お前は、私を遥かに超えてしまったようだな。……分かった。国王陛下には、秘密裏の修行として私から話を通しておこう。……必ず、生きて戻れ」


「はい。必ず」


       ◆


 遠征に出る直前。俺はエドワードを通じて、セラフィナへ伝言を預けた。

 

『学園で会おう。必ず、お前を自由にする』

 

 それを聞いた時のセラフィナが、どんな表情をしたのか。

 エドワードは「あいつ、また無視して窓の外を見てたぞ」と不服そうに言っていたが……。

 

 俺には分かる。

 彼女が、誰もいない自室で『オムライス』の髪飾りを抱きしめ、涙を流していたであろうことが。


(待ってろ、美緒。次に会う時は、学園の入学式だ)


 俺は、白銀の雪に覆われた北の魔山へと歩き出した。

 

 それから、数年の月日が流れる。

 

 王都には『北の魔山で龍が消えた』『無名の少年騎士が、一人で辺境の軍勢を壊滅させた』といった伝説が、都市伝説のように語り継がれることになる。

 

 十五歳。

 学園入学の日。

 

 俺のレベルは、ついに目標としていた『80』を超え、未知の領域へと足を踏み入れていた。

 

 最強のパパ騎士、帰還。

 

 いよいよ物語は、運命の再会が待つ学園編へと突入する。




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