第5話:秘密の合図――ピンクの花と、黄色の約束
王太子エドワードとの訓練中、彼が不機嫌そうに一つの小箱を差し出してきた。
「おい、アラリック。これを、セラフィナからお前にだとさ」
「セラフィナ様から、私に……ですか?」
「あぁ。『婚約者の親友として、今後とも殿下を支えてくださいませ』だってさ。僕には一言もなかったのに、お前には贈り物なんて……。あいつ、本当にお前を気に入ってるみたいだな」
エドワードがむっとした顔でそっぽを向く。
俺は「恐縮です」と一礼し、震える手でその箱を受け取った。
蓋を開ける。
中に入っていたのは、布の上にそっと置かれた、精巧な革細工のお守りだった。
――それは、ピンク色の、不格好に重なり合った花弁を持つ花。
(……あ)
視界が、一瞬で歪んだ。
あの雨の日。学童の玄関。
美緒が「見て見て、パパ!」と差し出してきた、ピンク色の花。
あの時、彼女が一生懸命に折ってくれた「不格好な折り紙の花」と、その造形が全く同じだったのだ。
公爵令嬢が贈るものとしては、あまりに素朴で、あり得ない形。
だが俺にとっては、王国のどんな宝石よりも価値のある「答え」だった。
(美緒……。やっぱり、お前も気づいてくれたんだな)
俺は、込み上げてくる涙を必死に抑え込み、革細工を握りしめた。
パパだ。パパはここにいる。
お前がどこまで俺の「匂い」や「魔力」で気づいたのかは分からないが、これは間違いなく、娘から父親へのメッセージだった。
「……どうした、アラリック? そんなにその花が気に入ったのか?」
「……はい。私の魂に、深く刻まれるような、素晴らしい贈り物です」
俺はエドワードに気づかれないよう、静かに、しかし決意を込めてそう答えた。
◆
その日の午後、王都近郊で魔獣が大量発生したとの緊急報が入った。
街道を塞ぐオーガの群れ。
父上は、俺の実力を測る「初陣」として、偵察隊への同行を許可した。
「おいおい、あんなガキが一緒かよ。騎士団長も焼きが回ったんじゃねぇか?」
「足手まといになんなきゃいいがな」
周囲の騎士たちが鼻で笑う。
俺の「神童」の噂は知っていても、実戦は別物だと彼らは考えているのだろう。
だが、今の俺の心は、娘からの贈り物で燃え上がっていた。
(……見せてやる。美緒を守るために、パパがどれほど強くなったのかを)
街道に到着すると、そこは地獄絵図だった。
巨大なオーガの群れが、物資を運ぶ馬車を襲っている。
ベテランの騎士たちが剣を抜いて立ち向かうが、数と力に押され、一人、また一人と吹き飛ばされていく。
「下がっていてください。ここからは、俺の仕事です」
俺は、嘲笑していた騎士たちの前を悠然と通り過ぎ、群れの中央へと歩み出た。
「おい、坊主! 戻れ、死ぬぞ!」
背後の叫びを無視し、俺は指先を軽く鳴らす。
(――全属性魔法・複合展開。『爆鎖陣』)
瞬間、周囲の空気が凍りついた。
俺の足元から黄金の魔力が放射状に広がり、数十体のオーガを瞬時に絡め取る。
逃げようとする魔獣たちの足元で、魔力が一気に爆発した。
ドォォォォォォォォォン!!
一撃。
魔法を放ったという感触すらない。
ただ、俺が「消えろ」と命じた結果、目の前の敵がすべて塵へと変わっただけだ。
「…………え?」
剣を構えていた騎士たちが、呆然とその場にへたり込む。
俺は、返り血一つ浴びていない服を整え、ステータスを確認した。
『レベルが上がりました。Lv60→Lv68』
良し。レベリングも順調だ。
◆
帰り道。救助された村人たちの様子を見るために、一時足を止めた。
そこには、怪我を治してもらったという避難民たちが集まっていたのだが……。
「……あぁ、聖女アリシア様……。あの方こそ、私たちの救い主だ……」
「聖女様のためなら、この命、捧げてもいい……」
彼らの表情に、俺は強い違和感を覚えた。
それは、助かった安堵感や、恩人への感謝といった自然なものではない。
まるで、意思を奪われた人形のような、うつろで熱狂的な瞳。
(……これは、精神操作か)
前世で美緒が遊んでいたゲームの知識が警鐘を鳴らす。
ヒロインが持つとされる固有スキル。
だが、この村人たちの状態はあまりに異常だ。
慈悲深い治療などではない。自分を全肯定させ、盲信させるための「毒」だ。
(……聖女、アリシア。どんな女かは知らないが、この力は危険だ)
俺は、自分のステータスに刻まれた【精神防御】のスキルを再確認する。
(もっとだ。もっと、精神的な耐性を上げなければならない。もしあの子が、この『毒』の標的にされたら……。俺が、すべてを弾き返せるようにならなければ)
俺は、この世界に潜む「理不尽な強制力」に対し、新たな警戒心を抱いた。
◆
王城に戻った俺は、エドワードに「セラフィナ様へのお礼」を預けた。
「なんだ、アラリック。これは……髪飾りか?」
「はい。私が精一杯、心を込めて削り出し、色をつけたものです」
エドワードは、俺が差し出したそれを不思議そうに眺める。
「……奇妙な形だな。黄色い楕円形に、赤い筋が引いてある……。枕か? それとも、この世界のどこかにある果物か?」
「ふふっ。さて、何に見えるでしょうね」
それは、この世界には存在しない料理。
黄金色の卵の上に、ケチャップで線を引いた――オムライスの形をした髪飾りだった。
「彼女には、この意味がわかるはずです。……いえ、彼女にしか、わからない贈り物です」
エドワードは「お前のセンスはよく分からんが、届けてやるよ」と笑いながら去っていった。
――あの日、雨の中で交わした最後の約束。
『帰ったら、美緒の好きなオムライスにするからな』
『やったぁ!』
(美緒……。パパは、今でもあの約束を忘れていないぞ)
お前がピンクの花をくれたなら。
俺は、お前が一番大好きだった料理を返す。
これは、王宮の誰も知らない、二人だけの秘密の通信。
俺は、懐にしまったピンクの革細工をそっと撫でた。
学園入学まで、あと数年。
パパは、もっともっと強くなる。
あの聖女の『毒』すら通用しない、最強の父親になって、必ずお前を迎えに行くからな。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




