表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

第4話:残り香の追憶、そして忍び寄る影

王城での「教育係」という名の接待も、一ヶ月が過ぎた。

 

 エドワード王太子は、相変わらず俺を親友だと思い込み、訓練の合間にどうでもいい不満をぶちまけてくる。

 だが、今日の話だけは、聞き流すことができなかった。


「……なぁアラリック、聞いてくれよ。あのセラフィナの奴、今日も僕を無視したんだ」


 エドワードが地面の小石を蹴りながら、忌々しげに吐き捨てる。


「挨拶しても『左様でございますか』だぞ? あんな可愛げのない女、どこがいいんだか。それにな、あいつのあの奇妙な癖、なんとかならないのか?」


 癖。

 俺の耳が、ぴくりと跳ねた。


「癖……ですか。殿下、どのような?」


「あいつ、難しい話を振ると、必ず左手の小指だけを立てて、こめかみをトントン叩くんだ。教育係の婆さんに『令嬢にあるまじき不作法です』って叱られても、絶対に直さない。不気味だろ?」


 ――ドクン。

 

 心臓が、一度だけ大きく跳ねた。

 

 その光景が、前世の記憶と鮮明に重なる。

 算数の宿題を前にして、うーん、と唸りながら小さな左手の小指でこめかみを叩いていた美緒。

 俺が「指、立ってるぞ」と笑うと、『これじゃないと頭が回らないの!』と頬を膨らませていた。


(……間違いない。美緒だ。あの子は、間違いなく俺の娘だ)


 目頭が熱くなるのを、必死に堪える。

 今すぐ駆け出したい。公爵家の令嬢だろうが王太子の婚約者だろうが関係ない。抱きしめて、「パパだぞ」と言ってやりたい。


 だが、俺は中身三十八歳の大人だ。

 今ここで俺が彼女を「美緒」と呼べば、彼女は不貞の疑いをかけられ、公爵家の地位を追われる。

 この歪な乙女ゲームの世界で、幼い彼女にそんなリスクは負わせられない。


「……アラリック? おい、聞いてるのか?」


「失礼しました。少し考え事をしておりまして。……その癖は、彼女なりの深い思慮の証かもしれませんね」


「ふん、お前は甘いなぁ」


 エドワードの言葉を適当に流しながら、俺は心の中で誓った。

 美緒を縛るすべてを、俺が壊す。

 王家の婚約? 公爵家の義務? 

 そんなもの、レベルの暴力で粉砕してやる。


       ◆


 その日の訓練は、自分でも驚くほど身が入った。

 

 王城の裏手にある演習場。

 俺は騎士団の精鋭三人を相手に、木剣を振るう。


「ひ、ひぃっ……!」


 近衛騎士たちが、悲鳴を上げて後退する。

 俺から漏れ出す殺気と魔圧が、彼らの生存本能を叩いているのだろう。


(……足りない。まだ足りない!)


 今のレベルは59。

 だが、美緒を救い出すためには、国一つを敵に回してもお釣りがくるほどの力がいる。


 一歩も動かず、魔力を指先に集める。

 

(――『虚空圧』)


 パシィィィィィィン!!


 空気が爆ぜ、模擬戦の相手三人が一瞬で吹き飛んだ。

 地面には巨大なクレーター。


『レベルが上がりました。Lv59→Lv60』

『スキル:【精神防御】を獲得しました』


 レベル60。

 騎士団長すら超えたその領域に、俺は七歳で到達した。


       ◆


 訓練を終え、汗を拭いながら廊下を歩いていた時だ。

 

 曲がり角の向こうから、複数の足音が聞こえてきた。

 侍女たちに囲まれて歩いてくる、一人の少女。

 

 豪華な公爵令嬢のドレス。

 透き通るような肌。

 そして、どこか悲しげな氷のような瞳。

 

 セラフィナ。……美緒だ。


 俺は咄嗟に壁際に寄り、深く頭を下げた。

 今の俺はただの騎士団長の息子。公爵令嬢と目を合わせることは許されない。

 

(……美緒。そこにいるのか、美緒)


 下を向いた視線の先に、彼女の小さな靴が見える。

 通り過ぎていく、微かな衣擦れの音。

 

 だが、すれ違う瞬間に――彼女の足音が、ピタリと止まった。


「…………っ」


 セラフィナが、息を呑む音が聞こえた。

 

 セラフィナの鼻に、父と同じ匂い。

そして温かく、懐かしさを含んだ魔力の波動を感じた。


「……あ……」


 震える声。

 彼女の視線が、伏せられた俺の頭に突き刺さっているのを感じる。

 

「……パ……パ……?」


 消え入りそうな、掠れた呟き。

 

 俺は、顔を上げたい衝動と、全力で戦った。

 今ここで彼女の目を見れば、俺は二度と彼女を離せなくなる。

 それは、今の彼女を破滅させる行為だ。


「……セラフィナ様、いかがなさいましたか?」


 侍女が不審そうに声をかける。

 

「……いえ。何でもありませんわ。少し……懐かしさを感じただけです」


 セラフィナはそう言って、何度も、何度も後ろを振り返りながら、侍女たちに連れられて去っていった。

 

 俺は彼女の足音が完全に消えるまで、頭を上げることができなかった。

 拳を握りしめた指先から、血が滴る。


(美緒……パパだ。パパはここにいる。……もう少しだ。もう少しだけ待ってくれ)


       ◆


 重い足取りでエドワードの元に戻ると、彼は新しい情報を仕入れたらしく、興奮気味に喋りだした。


「おいアラリック! 聞いたか? 辺境に『聖女』が現れたんだってさ。男爵令嬢のアリシアって言うらしいけど、どんな怪我も治しちゃう不思議な力を持っているんだって。今、王都に向かってるらしいぞ」


 聖女。アリシア。

 

 乙女ゲームのヒロインにして、セラフィナを処刑台へ送る元凶。


「……ついに、現れましたか」


「なんだよ、お前も興味あるのか? やっぱり聖女様は気になるよな!」


「ええ、非常に」


 俺は、冷え切った声で答えた。

 

 ゲームのヒロインが持つ最大の武器は、周囲の人間を無条件で従わせる『魅了チャーム』の魔法だ。

 たとえ王太子であろうと、レベルが低ければ抗う術はない。

 

 だが、俺は違う。

 レベル60。そしてたった今手に入れた【精神防御】。

 

(魅了、か。……ふざけるな。あんな安っぽいスキルで、俺たちの二度目の人生を掻き乱されてたまるか)


 俺の胸の中に、前世で味わったドロドロとした怒りが再燃する。

 借金、浮気、そして美緒の命を危険に晒した、あの女の身勝手な微笑み。

 

 アリシアの話を聞いた時から、聖子への憎悪がふと蘇ってきた。


「……殿下、今日の訓練はこれで終わりにしましょう。俺には、やるべきことが増えました」


「え? おい、どこ行くんだよアラリック!」


 俺はエドワードの声を背に、一刻も早くレベリングに戻るべく、駆け出した。

 

 聖女が王都に来るまでに、もっと、もっと強くならなければならない。

 魅了などという小細工が一切通用しない、圧倒的な「個」の力を。

 

 学園入学までの八年。

 俺の、そして俺たち父娘を脅かす全てに対する、「パパの反撃」が本格的に幕を開けた。



もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ