第3話:王太子という名の「最優先対処案件」
馬車に揺られながら、俺は窓の外を流れる王都の景色を眺めていた。
石畳の道、行き交う人々、そして遠くにそびえ立つ白亜の王城。
前世で満員電車に揺られていた頃には想像もできなかった光景だ。
だが、俺の心は高揚などしていなかった。
むしろ、これから会う「顧客」の情報を整理するプロジェクトリーダーのような、冷徹な緊張感に支配されている。
(……王太子、エドワード。当時八歳。ゲームの中では傲慢で、自分の思い通りにならないとすぐ癇癪を起こす、絵に描いたようなワガママ王子だったはずだ)
そんな子供の「遊び相手」を、なぜ俺がやる羽目になったのか。
理由は明白だ。
ここ数年で俺が積み上げた「レオンハルトの麒麟児」という評価が、国王の耳にまで届いてしまったからだ。
七歳にしてレベル50。
騎士団長である父上と互角に打ち合う子供。
王家としては、そんな「異常な才能」を野放しにはしたくないのだろう。
早いうちに王太子と引き合わせ、恩を売り、忠誠心を植え付けておきたい。
……政治の匂いがプンプンする。
前世の接待ゴルフや、取引先へのご機嫌伺いと同じだ。
「アラリック、緊張しているか?」
向かい側に座る父上が、心配そうに声をかけてくる。
鎧を脱いだ私服姿の父上だが、その威圧感は隠しきれていない。
「いえ、父上。粗相のないよう、全力を尽くすだけです」
「ははは。お前のその落ち着きぶりは、本当に子供とは思えんな」
父上は満足げに笑うが、その目は少しだけ寂しげだった。
俺が一度も「おもちゃが欲しい」とも「遊びに行きたい」とも言わず、ひたすら剣と魔法の修練に明け暮れているからだろう。
だが、仕方ないんだ。
俺にとって、この世界はゲームでもなければ、のんびり楽しむ二度目の人生でもない。
(美緒……お前を、一刻も早く見つけなきゃならないんだ)
もし、美緒があのゲームに出てきた『悪役令嬢』として転生しているなら。
彼女の運命は、この馬車の先にある王城……そして、王太子エドワードと深く関わることになる。
俺は、自分のステータスを再度確認した。
――――――――――――――――――――
名前:アラリック・フォン・レオンハルト
年齢:7
レベル:52
スキル:魔力循環(極)、騎士剣術(上級)、全属性魔法(中級)、
称号:【異世界の魂】【努力の天才】【神童】
――――――――――――――――――――
よし。
レベルは微増している。
これだけの力があれば、例え王城で何が起きても、物理的に解決できないことはない。
◆
王城の奥深く。豪華絢爛な中庭に案内されると、そこには一人の少年が立っていた。
燃えるような赤髪。勝ち気そうな吊り上がった瞳。
そして、周囲の侍従たちを顎で使い、何やら不機嫌そうに声を荒らげている。
彼が、エドワード王太子だ。
「遅い! 僕を誰だと思っているんだ!」
俺たちが姿を見せるなり、彼は指を差して叫んだ。
隣で父上が「申し訳ございません、殿下」と深々と頭を下げる。
俺もそれに合わせ、騎士の礼を取る。
「アラリック・フォン・レオンハルト。以後、お見知り置きを」
「ふん。お前が噂の『神童』か。なんだ、僕より背が低いじゃないか」
エドワードは俺を品定めするように、ぐるぐると周りを取り囲む。
「父上は、お前が騎士団全員を合わせたよりも将来有望だと言っていたけれど……どう見ても、ただの真面目そうな坊やにしか見えないな。ねぇ、何か面白いこと、できるの?」
……なるほど。
典型的な、クソガキ様だ。
前世で言えば、大口取引先のわがままな二代目ドラ息子。
本来なら一番関わりたくないタイプだが、俺の目的のためには、こいつの懐に入るのが一番効率的だ。
「面白いこと……ですか」
俺は立ち上がり、周囲を見渡した。
中庭の隅に、訓練用の大きな岩が置かれている。
「殿下。あちらにある岩をご覧いただけますか」
「あ? あのデカい岩がどうしたって言うんだ」
俺は無造作に歩み寄る。
周囲の侍従や衛兵たちが、何事かとこちらを注視する。
俺は右手をお椀のように丸め、岩の表面に軽く当てた。
(――『圧縮振動』、指向性発動)
体内の膨大な魔力の一部を、一点に集中させる。
レベル50を超えた俺の魔力は、もはや単なる「エネルギー」ではなく、物理法則を捻じ曲げる「暴力」だ。
パシッ。
乾いた音が響いた。
一瞬、何も起きなかったように見えた。
だが、数秒後――。
ドサァァァァッ!!
巨大な岩が、重力に逆らえない砂の城のように、跡形もなく崩れ落ちた。
粉々になったのではない。
分子レベルで結合をバラバラにされ、ただの「砂の山」へと変えられたのだ。
「…………は?」
エドワードが口をポカーンと開けて固まる。
父上すら、「おい、今の術式はなんだ……?」と冷や汗を流している。
「……手品のようなものです。お気に召しましたか?」
俺は完璧な営業スマイルでエドワードを振り返った。
「な……な……! すごい! 今の、魔法か!? それとも剣技か!? 僕にも教えろ! 今すぐだ!」
食いついた。
ワガママな子供というのは、自分に持っていない「圧倒的な何か」を見せつけられると、一転して憧れを抱くものだ。
これも、前世のクレーマー対応で学んだテクニックの一つ。
「もちろんです、殿下。ただし……修行は厳しいですよ。まずは、姿勢を正すところから始めましょうか」
「あ、ああ! 分かった! やってやる、やってやるぞ!」
それから数時間。
俺はエドワードの「遊び相手」兼「臨時講師」として、彼に魔力操作の基礎を叩き込んだ。
意外にも、エドワードは素直だった。
いや、俺を「格上の存在」だと認めた瞬間、彼は子犬のように懐いてきたのだ。
「アラリック、お前すごいな! 今まで僕の周りにいた奴らは、みんな僕に媚びてばかりで、あんなすごい技は見せてくれなかったぞ!」
「殿下が素晴らしい才能をお持ちだからですよ」
「本当か!? よし、明日も来い! これは王太子の命令だ……いや、友達として、お願いだ!」
友達、ね。
七歳の子供に言われると、少しだけ心が痛むが。
俺は微笑んで頷いた。
(まずは、第一段階完了だ)
王太子を掌握すれば、王城の情報は筒抜けになる。
そして、この世界に存在する「公爵家」や「伯爵家」の令嬢たちの情報を洗うこともできる。
その日の夕暮れ。
エドワードと別れ、城を去ろうとした時。
ふと、王城のバルコニーに人影が見えた。
遠目で顔までは見えない。
だが、その少女は――。
豪華なドレスを纏いながらも、どこか寂しげに、空を眺めていた。
(……あの年齢、あの服装。あれは、ゲーム内の『メインキャラ』か、それとも……)
心臓が、わずかに揺れた。
美緒の癖。
彼女は不安になると、いつも自分の左腕を右手で抱えるようにして、遠くを見ていた。
バルコニーにいる少女が、まさにその動作をしたように見えた。
「……美緒なのか?」
呟きは、風にかき消された。
俺は、拳を強く握りしめる。
もし、あの子が美緒なら。
もし、彼女があの残酷なゲームのシナリオの中に組み込まれているなら。
俺は、王太子エドワードの「親友」として、中からこの国を動かし。
レベル80……いや、レベル100すら超える圧倒的な力で、彼女の運命を書き換えてやる。
(待っていろ、美緒。パパは、もうすぐそこまで来ている)
馬車に乗り込む俺の背中は、もはや七歳の子供のそれではなく。
目的を完遂せんとする、一人の「父親」のそれだった。
学園入学まで、あと八年。
俺の、そして俺たち父娘の運命の歯車が、音を立てて回り始めた。
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