第二十二話:実行委員会の発足と『見守る会』の暗躍
学園祭実行委員会の本部として割り当てられた旧校舎の一室は、今や異様な光景となっていた。
ずらりと並んだ長机。
機能的に整理された羊皮紙の束。
壁に貼られた、詳細なタイムスケジュールと予算管理表。
前世の企業のオフィス――いや、デスマーチ中のプロジェクトルームを彷彿とさせるその光景を創り上げたのは、俺の愛娘、セラフィナだった。
「……いいかしら、皆様。予算案の差し戻しはこれが最後よ。次からは、公爵家の名において『無能』の烙印を押させていただきますわ」
セラフィナが、冷徹な響きを含んだ声で、並み居る上級貴族の生徒たちを一喝する。
彼女は今、実行委員会の『財務・運営総括』として、凄まじい辣腕を振るっていた。
中身は社会人女性。前世で事務や調整業務に揉まれていただけあって、この世界の甘い貴族の管理体制など、彼女からすれば「穴だらけのザル」に等しかった。
「せ、セラフィナ様……。しかし、この魔法具のレンタル費用は、伯爵家でも負担が――」
「負担? ……パパ。この方に、『効率的なコスト削減』について少し教えてあげて?」
俺は、彼女の背後に静かに立ち、一歩前に出た。
――ドォォォォォォォォォン!!
レベル88の魔圧を、指先一つ分だけ解放する。
それだけで会議室の空気が物理的に重くなり、反論しようとした男子生徒は、椅子から転げ落ちてガタガタと震え始めた。
「……私の補佐官(娘)が言っているのは、『無駄を削れ』ということです。……それとも、私の魔力で、直接その帳簿を『清算』して差し上げましょうか?」
「ひ、ひぃっ……! い、いえ! 今すぐ見直します! 予算、削れます! 余裕で削れますぅ!!」
男子生徒は泣きながら走り去っていった。
「……ふぅ。ありがとう、パパ。やっぱりパパが後ろにいてくれると、交渉がスムーズで助かるわ」
さっきまでの氷の微笑はどこへやら。
セラフィナは俺の方を向くと、蕩けるような笑顔で俺の腕にしがみついた。
「パパぁ。……今の『物理的な圧』、最高に格好よかったわ。私、パパが怖がられているのを見ると、独占欲が満たされてゾクゾクしちゃう」
「……美緒。お前、たまに性格がアイツ(元嫁)に似てきていないか?」
「やだ! それだけは絶ッ対にないわ! 私はパパを愛する有能なパートナーだもの!」
ぷりぷりと怒りながら、俺の胸に頭を預けるセラフィナ。
俺は苦笑しながら、彼女の銀髪を優しく撫でた。
◆
一方その頃。
旧校舎の廊下の影では、さらに不穏な……もとい、熱狂的な活動が展開されていた。
「……皆様、ブツは仕上がりましたわね?」
『見守る会』会長、クラリスが、暗部のような手捌きで風呂敷を広げた。
そこに入っていたのは、学園の魔法工芸科の生徒(買収済み)を総動員して作らせた、禁断のアイテムだった。
「(……見て、クラリス様! アラリック様の『優しく微笑むパパ顔』を完全再現した、魔導浮遊肖像(アクスタ風)ですわ!)」
「(……素晴らしい。こっちはセラフィナ様がパパにしがみついている、超限定版『魂の契約セット』よ。……これを学園祭の当日、他国のVIPに高値で売りつける……。売り上げはすべて、お二人の結婚……じゃなくて、隠し撮り用の超高性能望遠魔導具の購入資金にするわよ!)」
「「「(……御意!!)」」」
見守る会のメンバーたちは、一様に不気味な笑みを浮かべた。
彼女たちは、セラフィナが管理する「公式予算」とは別に、裏で莫大な「推し活資金」を運用し、学園祭を自分たちの聖戦へと変えようとしていた。
「(……見て、今! アラリック様がセラフィナ様の頭を撫でたわ! 今のシーン、特製のしおりにして限定特典に入れるわよ!!)」
彼女たちの瞳には、もはや理性など欠片も残っていなかった。
◆
夕暮れ時。
ようやく一日の事務作業を終えた俺たちは、夕日に染まる屋上で風に当たっていた。
「パパ。……なんだか、学園中が変な熱気に包まれている気がするわ」
「ああ。……俺の気配察知が、あちこちから『金貨の音』と『鼻血の匂い』を感知している。……他国のスパイか何かか?」
「まさか。……多分、私たちの仲が良すぎるのが原因ね。……でも、いいじゃない。世界中が私たちの『尊さ』にひれ伏せば、誰も私たちを引き裂けなくなるもの」
セラフィナは、俺の隣で幸せそうに目を閉じた。
その時。
王都の門の方角から、猛烈な「武の気配」が近づいてくるのを感じた。
鍛え上げられた集団。
「……来ましたね。他国の『エース』たちが」
「……ふん。パパを怒らせて、お化け屋敷で泣かされるためにわざわざ遠くから来るなんて、物好きな人たちね」
美緒は、冷徹な目で、王都の街道を見下ろした。
これから始まるのは、ただの学園祭ではない。
王国の利権を狙う他国の王族。
アラリックの首を狙う隣国の聖騎士。
そして、影で糸を引く脱獄囚。
そのすべてを、パパの圧倒的な武力と、娘の完璧な内政力で、完膚なきまでに叩き潰すための舞台装置だ。
「……さて。美緒、明日は『受付業務』だ。……失礼な客が来たら、遠慮なく俺を呼べ」
「ええ、パパ。……ボコボコにしちゃっていいわよ?」
最強の父娘は、夕日を背に、不敵な笑みを交わした。
学園祭まで、あと三日。
――平和だな。
俺は、娘の肩に手を置きながら、明日やってくる「獲物」たちの絶望を思い、静かに魔力を研ぎ澄ませた。
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