第二十一話:現代知識の導入――これが『文化祭』だ
学園祭実行委員会の初会合。
会議室に集まった各クラスの代表者たちは、一様に困惑と不安の表情を浮かべていた。
それもそのはずだ。
これまで「大人が用意した会場で、優雅にお茶を飲むだけ」だった彼らに、いきなり「自分たちで店を企画し、運営しろ」という難題が突きつけられたのだから。
「――静粛に。これより、第一回実行委員会を開始する」
俺は、会議室の最前列に立ち、魔法で投影した巨大なスクリーンの前に立った。
隣には、俺の『特別補佐官』として、公爵令嬢セラフィナが凛とした佇まいで座っている。
彼女の存在は、荒れる若手貴族たちに対する強力な「重し」だ。
「アラリック委員長! 説明してくれ。我ら貴族が『店』を出すなど、平民の真似事ではないか! これでは他国の来賓に示しがつかん!」
一人の男子生徒が立ち上がり、声を荒らげる。
俺は、冷めた目で彼を見据えた。
「示しがつかない? ……逆ですよ。ただ豪華な食事を並べるだけの催しなど、どこの国でもやっている。我々が示すべきは、王国の『革新性』と、魔法を生活・娯楽にまで昇華させた『文化の成熟度』だ」
「ぶ、文化の成熟度……?」
「そうだ。……これを見ろ。これが、今年のコンセプト案だ」
俺は指先を鳴らし、投影されたスクリーンに次々と図解を浮かび上がらせた。
それは、俺と美緒が昨夜、徹夜同然で作り上げた『現代風文化祭』の企画書だ。
「まず、各クラスに『模擬店(出店)』を割り当てる。……提供するのは、手軽に食べ歩きができる、独創的な軽食だ。例えば、薄く焼いた生地で果物を巻いた『クレープ』。魔力で加熱した鉄板を使い、丸く焼き上げる『魔法焼き(たこ焼き)』。……これらを調理するプロセスそのものを『エンターテインメント』として見せる」
「調理を……見せるだって?」
「そうだ。……それから、最も重要なのが『参加型アトラクション』だ。……貴族の矜持をかけた、恐怖と魔法の結晶。――名を、『お化け屋敷』と言う」
会場に、不気味な沈黙が流れる。
俺は、前世の知識をプレゼン技術にフル活用し、彼らの興味を「恐怖」へと誘導していく。
「ただの暗闇ではない。五感を魔力で遮断し、そこに最も根源的な『恐怖の幻影』を叩き込む。……他国の猛者たちが、腰を抜かして逃げ出すような、最高の『娯楽』を創るんだ」
◆
会議が終わり、俺は試験的に制作した『お化け屋敷』の試作室へ、王太子エドワードを招き入れた。
「アラリック……。本当に大丈夫なんだろうな? 僕は忙しいんだ。こんな子供騙しの遊びに付き合っている暇は――」
「殿下。……これも『再教育』の一環です。さあ、中へ」
俺は、営業スマイルを浮かべながら、エドワードの背中をポン、と押した。
試作室の扉が閉まる。
そこは、俺が魔力を注ぎ込み、美緒の監修によって設計された、精神的極限空間だ。
――五分後。
「……ひっ! ひぃぃぃぃぃぃぃッ!! 許してくれ! 僕が悪かった! アリシアなんて知らない! パパぁぁぁぁぁぁ!!」
扉の向こうから、王太子とは思えない絶叫が響き渡った。
バタン! と扉が開き、エドワードが涙目どころか、鼻水まで垂らして四つん這いで飛び出してきた。
彼はそのまま、俺の足元でガタガタと震え、白目を剥きかける。
「……あ、あ、アラリック……。あ、あれは何だ……。足元を何かが這い回り、耳元で死んだ祖父の声が聞こえて……。目の前には、巨大な……巨大なトマトの化け物が……!」
「……トマトの化け物? あぁ、セラフィナが追加した『ケチャップの怨念』という演出ですね。お気に召しましたか?」
「お気に召すわけがあるかぁぁぁ!! あんなの、精神破壊兵器だぞ!!」
エドワードは、俺のズボンの裾を掴んで嗚咽した。
レベル18に上がったばかりの彼の精神力では、レベル88の俺が放つ「本気の幻影魔法」に耐えられるはずもなかった。
それを見ていた実行委員の生徒たちは、恐怖のあまり石のように固まっていた。
「……見ましたか。……王太子殿下が、あんな風になるなんて……」
「……これが、『文化祭』。……恐ろしい。アラリック委員長、マジで恐ろしいわ……」
◆
廊下。
震えるエドワードを保健室送り(指先一つで浮遊移動)にした後、俺の隣に美緒が歩み寄ってきた。
「パパ。……ちょっとやりすぎじゃない? 殿下、泡吹いてたわよ」
「そうか? ……これくらいのインパクトがないと、他国のVIPたちは驚かないだろう。……それに、セラフィナ。お前が提案した『パパが消える幻影』、あれが一番エドワードに効いてたぞ」
「あら、そうなの? ……私にとってもそれが一番の恐怖だから、心を込めて監修したわ」
美緒は、満足げに俺の腕に抱きついた。
周囲の『見守る会』のメンバーたちが、柱の陰で「今のやり取り聞いた!?」「殿下を壊してまで創り上げる、パパと娘の愛の結晶……!」「お化け屋敷……それは愛の迷宮ですわぁぁ!!」と叫んでいるのが聞こえる。
「……さて。コンセプトの周知は終わった。……セラフィナ、次は『出店』の試食会だ。……お前の大好きな、クレープの再現に取り掛かろうか」
「パパのクレープ! ……ふふ、楽しみ。……でもパパ、生クリームは多めでお願いね?」
「ああ。……世界一のクレープを焼いてやる」
俺は、愛娘の頭をポンポンと叩き、秋の風に乗る変革の予感を感じながら、調理室へと向かった。
大陸中のVIPがやってくる学園祭まで、あとわずか。
俺たちの「現代知識」と「圧倒的な魔力」が、この世界の常識を、粉々に粉砕しようとしていた。
――平和だな。
阿鼻叫喚の『お化け屋敷』のテストを背景に、俺はパパとしての充実感に浸りながら、次なる企画の羊皮紙を広げた。
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