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第二十話:変革の予感と、嵐の前の『平和』

――月が、あまりにも綺麗だったあの夜から数日。

 

 学園を包む空気は、明らかに変わり始めていた。

 アリシアの脱獄という不穏なニュースは、皮肉なことに学園の結束……というよりは、俺とセラフィナに対する「畏怖混じりの崇拝」をより強固なものにしていた。

 

 今や廊下を歩けば、生徒たちはモーセの十戒のごとく道を開け、その後ろで『見守る会』のメンバーたちが、まるで移動する聖域を拝むかのようにひざまずく。


「……パパ。なんだか、最近みんなの視線が『熱い』を通り越して『痛い』わね」


 隣を歩くセラフィナが、苦笑混じりに俺の腕をギュッと引き寄せた。

 

「気にするな。……それよりも美緒、忘れ物はないか? 今日は全校集会だ」


「大丈夫よ。……それよりパパ。集会のあと、中庭でお茶しましょう? 新しい茶葉が手に入ったの」


「ああ、約束しよう」


 そんな、世界一平和な親子(?)の会話を交わしながら、俺たちは大講堂へと足を踏み入れた。


       ◆


 講堂内は、異様な熱気に包まれていた。

 壇上には学園長だけでなく、王国の重鎮たち、さらには数名の見慣れぬ豪華な装束の男女が並んでいる。

 

 俺の索敵能力が、彼らから放たれる「ただ者ではない気配」を察知した。

 隣国の聖騎士、他国の王族、そして――おそらくは大陸最強とうたわれる傭兵団の幹部。

 

 エドワード王太子が、青い顔をして俺の隣に座る。


「……アラリック。聞いたか? 今年の学園祭、とんでもないことになりそうだぞ」


「殿下。……そのようですね。あの壇上の面々、ただの来賓ゲストには見えませんが」


「あぁ。……父上(国王)が、隣国の挑発に乗ってしまったんだ。今年の学園祭は、ただの祭りじゃない。……我が王国の武威と文化を大陸中に示す、『国際親善の場』に変えるんだとさ」


 エドワードが溜息をつく。

 どうやら、アリシアの脱獄によって揺らいだ王国の威信を、学園という「次世代の象徴」を使って取り戻そうという腹積もりらしい。

 大人の政治、実に面倒だ。


 やがて、学園長が演壇に立ち、声を張り上げた。


「――静粛に! 全生徒に、今年の『王立魔法学園祭』についての重大な変更を伝える!」


 学園長の声が、魔法によって講堂中に響き渡る。


「例年、本学園祭は貴族の社交と魔法の展示を主としてきた。だが、今年は違う! 大陸各国の王族・VIPを招いての『国際親善武闘大会』を同時開催する! さらに、学園祭そのものの運営方針を根本から刷新することとした!」


 会場が騒然となる。

 武闘大会。他国の来賓。

 生徒たちにとっては、自分たちの実力を世界に示すチャンスであり、同時に、一歩間違えれば国際問題になりかねない緊張の舞台だ。


「そして――。今年度の学園祭を革新的なものとするため、運営を生徒による『実行委員会』に全面委託する! その実行委員長には、アラリック・フォン・レオンハルトを指名する!」


 ピシリ、と。

 全ての視線が、俺に集中した。


(……はぁ。やっぱり、俺か)


 俺は内心で、前世の残業確定通知を受けた時のような、深い、深いため息をついた。

 レベル88の俺を武闘大会に出せば、試合は一瞬で終わり、他国のメンツは丸潰れになる。

 だから俺を「運営側」に固定して、物理的にリングに上げないようにしたわけだ。

 ……実に、上層部の考えそうなことだ。


「……アラリック、おめでとう。君なら、素晴らしい祭りを創れるはずだ」


 エドワードが、どこか憐れむような、それでいて期待を込めた目で俺を見る。

 

「殿下。……おめでとう、ではありません。これは『増員なしの新規プロジェクト丸投げ』というやつです」


「ぷ、ぷろじぇくと……? よく分からんが、大変そうだな」


 俺はゆっくりと立ち上がり、演壇に向かって一礼した。


「拝命いたします。……ただし、学園長。やるからには、前例のない、本物の『変革』をさせていただきますが、よろしいですね?」


「む……あ、ああ。レオンハルト卿の嫡男たるお前に、すべてを一任しよう」


 学園長の言葉に、俺は不敵な笑みを浮かべた。

 

 前世、三十八歳の社畜時代。

 俺は数々のイベント、プロモーション、そして「無茶振り」を形にしてきた。

 今の俺には、絶対的な魔力と、美緒という有能なパートナーがいる。


       ◆


 集会が終わった後。

 俺とセラフィナは、いつもの中庭のガゼボにいた。

 

 テーブルの上には、美緒が淹れてくれた温かい紅茶。

 だが、二人の前には、白紙の羊皮紙とペンが並べられている。


「パパ。実行委員長、おめでとう。……いよいよ私たちの出番ね」


 セラフィナは、知的で狡猾な笑みを浮かべた。


「ああ。……正直、運営なんて面倒だが、あの他国の『偉いさん』たちの鼻を明かすには絶好の機会だ。美緒。お前の知恵を貸してくれ」


「任せて。……ねぇパパ。この世界の『社交会』って、本当につまらないわよね。ただ豪華な食事を並べて、腹を探り合うだけ。……そんなの、お祭りじゃないわ」


「そうだな。……俺たちが知っている『文化祭』。それを、この魔法の世界で再現したら、どうなると思う?」


 俺はペンを取り、羊皮紙に図を書き込み始めた。


「まず、飲食。……ただの給仕ではなく、生徒たちがテーマを持って提供する『出店』形式にする。クレープ、たこ焼き風の軽食……。それから、魔法を調理に使うパフォーマンスも見せる」


「いいわね。……それから、アトラクション。パパ、あのアリシアが使っていたような『幻覚魔法』の応用、お化け屋敷に使えると思わない?」


「……お化け屋敷か。……俺がレベル88の魔力で演出をつけたら、他国の聖騎士たちも腰を抜かすだろうな」


 想像して、俺たちは顔を見合わせて笑った。

 

「コンセプトは『革新』。……そして、『圧倒』だ。……美緒、お前は公爵令嬢のコネクションをフルに使って、予算の最適化と、国内の商ギルドの調整を頼めるか?」


「ええ。私の事務処理能力、舐めないでね。パパが武闘大会で他国の鼻を明かすなら、私はこの学園祭そのものを、王国の歴史に残る大事業にしてみせるわ」


 父と娘。

 最強の実行委員長と、最強の企画担当。

 

 二人の瞳には、もはや「学園の生徒」という枠を超えた、巨大な変革の意志が宿っていた。


「……あ。パパ、一つだけお願い」


「何だ?」


「『メイドカフェ』はダメよ。パパが他の女の子に給仕されるなんて、私、耐えられないもの」


「……安心しろ。そんな企画、最初から通すつもりはない」


 俺は苦笑して、彼女の頭をポンポンと叩いた。


       ◆


 数日後。

 アラリック率いる『学園祭実行委員会』から、全生徒に向けて驚愕の通達が出された。


 ――『今年の学園祭は、全クラスが独自の「コンセプト店舗」を出店すること』

 ――『魔法を使った参加型アトラクションの制作を義務付けること』

 ――『優勝クラスには、アラリック実行委員長からの「特別な報酬」を授与すること』


 学園中が、これまでにない騒乱に包まれた。

 

「お化け……屋敷? 人を驚かせて金を取るのか!?」

「クレープ? なんだその、薄い皮で巻いた甘い食べ物は!」

「ミスコン!? 令嬢たちが美しさを競うだと!? 不謹慎だが……なんて素晴らしいんだ!」


 生徒たちは、アラリックが提示した「現代風文化祭」のコンセプトに、当初は困惑しつつも、次第にその熱量に飲み込まれていった。

 

 そんな中。

 王都の門には、続々と「招かれざる、あるいは招かれた客人たち」が到着し始めていた。


「ふん。魔法王国の学園祭など、子供の学芸会だろうよ」

「我ら帝国騎士団が、真の武というものを見せつけてやろうではないか」


 鼻で笑う他国のエリートたち。

 

 彼らはまだ、知らない。

 

 その会場を仕切っているのが、世界最強のパパであり。

 その横で微笑んでいるのが、現代知識を持つ、最強の悪役令嬢であることを。


 そして。

 

 彼らがどれほどプライドを高く持っていようとも、

 パパの作った「たこ焼き」を食べ、娘の作った「お化け屋敷」で泣き叫び、

 最後には、アラリックの指先一つで、その「武」を完膚なきまでに叩き潰される運命にあることを。


 ――平和な日常は、終わりを告げた。

 

 ここから始まるのは、世界中を砂糖漬けの絶望と、圧倒的な爽快感で包み込む。

 俺たち父娘による、伝説の祝祭だ。


「さあ行こうか、美緒。……まずは、殿下に国家予算級の金額を承認させるとこから始めようか」


「ふふ、いいわねパパ。……私たちの『文化祭』、世界中に見せつけてやりましょう!」


 俺は、愛娘の手を引き、騒乱の渦中へと悠然と歩み出した。

 

 膨大な魔力が、秋の風に乗って、王都中へと広がっていく。

 

 伝説の学園祭編。

 その幕が、今、静かに、そして苛烈に上がった。



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