表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/24

第十九話:月夜のベランダ、美緒の告白

学園の夜は、静寂に満ちていた。

 

 アリシア脱獄の衝撃から数日が経ち、表向きの騒ぎは落ち着きを見せていた。

 だが、俺と美緒にとっては、嵐の前の静けさでしかないことを理解していた。

 

 女子寮の離れ、特別に用意されたセラフィナの自室のベランダ。

 俺は、夜風に当たりながら、隣に立つ娘の横顔を見つめていた。


「……パパ。起きてたの?」


「ああ。魔力感知を広げていたからな。……美緒、お前こそ、まだ眠れないのか?」


 セラフィナは、薄いナイトドレスの上にガウンを羽織り、手すりに身を預けて夜空を見上げていた。

 月光に照らされた彼女の銀髪は、どこか幻想的で、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。


「……なんだか、不思議な気分。前世では、こんなに綺麗な月を見る余裕なんてなかったから」


 美緒は、大人の女性としてのトーンで、静かに語り始めた。


「パパ。私、たまに怖くなるの。……ここは本当に、私がやってた乙女ゲームの世界なのよね? だとしたら、悪役令嬢わたしはもう死んでいなきゃいけないはずなのに。……パパが、全部変えちゃった」


「……ああ。運命だかゲームの強制力だか知らないが、俺の前では誤差に過ぎない。お前を不幸にする設定など、俺がすべて塗り潰してやる」


 俺が当然のように言い放つと、美緒はクスリと小さく笑った。

 けれど、その笑顔はどこか寂しげで。


「……そうね。パパは、いつだって私の『最強のヒーロー』だわ。……でもね、パパ。それが、少しだけ……残酷だなって思う時があるの」


「……残酷?」


 俺は眉を潜めた。

 美緒は、視線を俺に向け、その潤んだ瞳で真っ直ぐに俺を見つめてきた。


「……私、もう中身は二十三歳よ? パパ。一人の女性として、自分の将来のことだって考えるわ。……でもね、無理なの」


「何がだ?」


「パパが、あまりに完璧すぎるからよ」


 美緒は、自嘲気味に呟いた。


「この学園の男の子たち……エドワードだって、他の貴族の子供たちだって、みんな一生懸命よ。でもね、パパに比べたら……みんな、ただの『子供』にしか見えないの。パパ以上に私を愛して、パパ以上に私を理解して、パパ以上に私を護ってくれる人なんて……この世界のどこを探したっていない」


「それは……」


「私ね、パパが強すぎて……時々、パパ以外の人なんて、一生愛せない気がして怖くなるの。……私の心の全部を、パパが埋め尽くしちゃってるんだもの」


 美緒の告白。

 それは、実の娘からの、最大級の信頼であり――同時に、呪いに近い愛の吐露だった。


 俺は、言葉に詰まった。

 俺がレベルを上げ、最強になったのは、ひとえに彼女を護るため。

 だが、その「最強の守護」が、彼女の他者への可能性を閉ざしてしまっているのだとしたら。


「……美緒。俺は、お前に幸せになってほしい。もし、いつか俺以上の男が現れたら……」


「そんな人、いないわよ」


 美緒が、俺の言葉を遮るように、俺の腕をギュッと掴んだ。


「いないわ、パパ。絶対に。……パパが私の理想ハードルを宇宙の果てまで上げちゃったんだから。責任取ってよね?」


 彼女の蕩けたような、甘く、切実な視線。

 俺は、彼女を突き放すことなんて、最初からできはしなかった。


「……分かったよ」


 俺は、彼女の細い肩を引き寄せ、その額に優しく唇を落とした。


「なら、一生俺が隣にいてやろう。……お前が望むなら、お前を奪おうとする全ての男を俺が叩き伏せて、死ぬまで俺がお前の面倒を見てやる」


「……パパ」


「誰にもお前は渡さない。……パパが、一生お前の『宇宙の最適解』でいてやるからな」


 俺の、無自覚な超絶溺愛発言。

 二十三歳の精神を持つ娘を、一生繋ぎ止めると誓ったその言葉。


「……あ。……あぁ……パパ……大好き。本当に、世界で一番愛してるわ……」


 セラフィナは、完全に蕩けきった顔で、俺の胸に顔を埋めた。

 その瞳には、もう迷いなどない。

 

 パパに愛され、パパを愛し。

 この世界で二人だけの、閉じた、けれど最高に幸せな楽園。

 彼女は、その運命を自ら選んだのだ。


       ◆


 一方その頃。

 女子寮の向かいの植え込みで、夜通し監視(見守り)を続けていた『見守る会』の精鋭たちが、一斉に鼻血を吹いて倒れ伏していた。


「(……聞いた!? 『一生俺が隣にいてやる』……!!)」

「(『宇宙の最適解』……!! あぁ、神よ! 夜のベランダで、なんて、なんて甘すぎる愛の誓いなの!!)」

「(パパみが……パパみが深すぎて、月の光さえ霞んで見えるわ……。尊死……全滅ですわ……!!)」


 彼女たちの記録板には、月光の下で抱き合う「最強の父娘」の姿が、伝説の一枚として刻まれていた。


       ◆


「……パパ。少し、寒くなってきたわ」


「そうか。……じゃあ、部屋に戻ろう。……温かいココアでも淹れてやる」


「ええ。パパの淹れたココア、大好きよ」


 俺は、彼女を抱き寄せるようにして、部屋の中へと促した。

 

 アリシアの脱獄。不穏な未来。

 そんなものは、この温かな時間の中では、指先一つで消せる塵に過ぎない。

 

 俺は、俺の娘を一生離さない。

 その傲慢な愛を、俺は絶対的な力で、真実に変えていく。


 ――平和だな。

 

 月夜のベランダに残されたのは、ただ深く、甘く、どこまでも濃厚な親子愛の余韻だけだった。



もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ