第十七話:パパ特製、王立学園のオムライス
今日の演習は、魔術でも剣術でもなかった。
『家政魔導実習』。
貴族たるもの、非常時には自らの手で食糧を加工し、魔力を込めた食事を作れなければならない――という建前の、いわゆる調理実習だ。
「……さて。どうしたものか」
俺は、並べられた食材を前に腕を組んだ。
周囲の生徒たちは、慣れない手つきでナイフを握り、ジャガイモの皮剥きに苦戦している。
そんな中、俺の隣でセラフィナが、キラキラとした瞳で俺を見つめていた。
「ねぇパパ。……今日、アレ、作ってくれるんでしょう?」
「……ああ。約束だからな」
俺は、支給された食材の中から、鶏肉とタマネギ、そして数個の卵を選び出した。
この世界に『オムライス』という料理は存在しない。
だが、幸いなことに、ケチャップに酷似したトマトベースの調味料は、この国にも普及している。
(……魔力操作。これを、火加減の制御に全て注ぎ込む)
俺は、コンロの魔導具を起動した。
普通なら大雑把な火力調節しかできないが、俺の【精細魔力操作】をもってすれば、フライパンの表面温度を0.1度単位でコントロールできる。
トントントントン、と軽快なリズムでタマネギを刻む。
前世で、聖子に代わって毎日キッチンに立っていた俺にとって、包丁は剣よりも馴染み深い武器だ。
「……見て、アラリック様のあの手捌き」
「……騎士の動きではないわ。あれは……至高の『主夫』の動きですわ……!」
壁際で見守る会のメンバーたちが、メモを走らせながら咽び泣いているが、俺は無視してフライパンを振る。
鶏肉を炒め、ライスを投入し、赤い調味料で色をつける。
そして、いよいよメインディッシュだ。
「……行くぞ」
卵を溶き、熱したフライパンに流し込む。
半熟の状態を維持したまま、手首の返し一発で、チキンライスの上にふわっと乗せる。
仕上げに、赤いソースで中央に一本の線。
――完成だ。
十五年前、雨の中に消えた、あの日のメニュー。
「はい。お待たせ、セラフィナ」
俺は、出来上がった黄金色の山を彼女の前に置いた。
セラフィナは、その料理を見た瞬間、肩を小さく震わせた。
黄色い卵に、赤い筋。
彼女が大切にしている髪飾りと全く同じ、約束の形。
「……あ」
彼女の大きな瞳から、ポロリと大粒の涙が溢れ出した。
「パパ……これ……これよ。私が、ずっと……食べたかったのは……」
彼女は震える手でスプーンを持ち、一口、口に運んだ。
絶妙な火加減でとろける卵。
パパの魔力がこもった、優しくて、温かい味。
「……おいしい。……おいしいよ、パパぁ……っ!!」
セラフィナは、周囲の目も気にせず、人目を憚らず号泣した。
公爵令嬢が、学校の調理実習室で、一皿のオムライスを前に泣きじゃくる。
前世で食べさせてあげられなかった、最後のご飯。
あのトラックに跳ねられる直前、笑顔で「やったぁ!」と言っていた娘に、ようやく俺は約束を守ることができた。
「……遅くなってごめんな、美緒。味、変わってないか?」
「……ううん。世界で一番……ううん、宇宙で一番おいしいわ」
俺は、泣きながら食べる彼女の横に立ち、そっと彼女の背中を撫でた。
「ゆっくり食べなさい。喉に詰まるぞ」
「……パパぁ……もう、離さないでね……絶対に、離さないでね……」
甘えるように、俺の制服の裾を握りしめるセラフィナ。
俺は、慈愛に満ちた眼差しで、彼女を見守り続けた。
◆
その光景を見ていた実習室の全生徒は、もはや言葉を失っていた。
そこにあるのは、ただの料理ではない。
十五年の時を超えて、魂の約束を果たした二人の――究極の『愛』の結実だ。
「(……皆様、見て……。アラリック様の、あの、全てを包み込むようなパパの顔……)」
「(……セラフィナ様の、あの無垢な涙……。あぁ、なんて清らかなのかしら……)」
「(……これよ。これこそが、私たちが守るべき『宇宙の完成形』ですわ……!!)」
『見守る会』のメンバーたちは、全員がハンカチを口に当て、嗚咽を漏らしながらその場に膝を突いていた。
あまりの尊さに、実習室には花の幻覚が見えるほどの、圧倒的な多幸感が漂っている。
一方その頃。
エドワード王太子は、アラリックが作ったオムライスを遠くから見つめ、一人で宇宙猫のような顔をしていた。
「(……黄色い山。赤い筋。……あれは、概念的な父娘の主食なのか……? あれを食べると、魂が浄化されるのか……? 食べたい、僕も、一口……パパぁ……)」
エドワードの正気度がまた少し削られた気がしたが、俺は気づかないフリをした。
「……パパ。明日も、作ってくれる?」
全部食べ終えたセラフィナが、潤んだ目で俺を見上げる。
「ああ。学園にいる間も、卒業してからもな。……俺が、お前の食事は一生面倒を見てやる」
「……プロポーズ……じゃなくて、パパ宣言、最高よ……っ!」
再び抱きついてくる娘。
俺は彼女をしっかりと抱き留め、周囲に漂う「あぁ……甘すぎて、もう死んでもいい……」という空気の中、幸せな昼休みのひとときを過ごした。
――平和だ。
俺の力は、今、確実に「究極のオムライスを作るための精密制御」という、最も正しい使い方をされていた。
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