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第十四話:王太子エドワードの地獄教育

 学園の放課後、人影のまばらな第三演習場。

 そこには、全身泥まみれで地面に這いつくばる、かつての自信に満ち溢れた王太子の姿があった。


「……はぁ……はぁ……、あ、アラリック……。もう、一歩も……動けな、い……」


 エドワードが震える声を出す。

 彼のレベルは15。学園の中では優秀な方だが、俺が放つ圧を浴びながらの素振り一万回は、流石にキャパシティを超えていたらしい。


「殿下、声が出ていますよ。無駄口を叩く余裕があるなら、あと千回追加しましょうか」


「ひっ……! や、やる! やるから追加だけは勘弁してくれ!」


 エドワードが悲鳴を上げ、再び重い木剣を振り上げる。

 

 昨日の断罪イベント以来、エドワードはアリシアの洗脳が解け、自分がしでかした醜態への自己嫌悪で完全に折れていた。

 本来なら放っておいてもいいのだが……こいつは一応、この国の次期国王だ。

 

 そして何より。

 俺の大事な娘(美緒)を『悪役令嬢』として蔑み、傷つけた罪は重い。


(……一から、徹底的に叩き直してやる。ブラック企業の新人研修なんて、これに比べれば天国に見えるようにな)


「……アラリック。君は、なぜ僕にここまでしてくれるんだ? 僕は君を裏切り、セラフィナを侮辱した。……見捨てられても、文句は言えなかったはずだ」


 エドワードが、剣を振りながら消え入りそうな声で問う。

 

 俺は冷徹な眼差しを彼に向けた。


「勘違いしないでください、殿下。俺があなたを鍛えるのは、あなたが『セラフィナ様の視界に入る価値』すら失っているからです。……そんな情けない姿で、彼女の前に立てるとでも?」


「……視界に入る、価値……」


「ええ。今のあなたは、彼女が歩く道に落ちている小石以下です。……せめて、彼女が踏み越えるに値する『段差』くらいにはなっていただかないと、俺が不愉快なんです」


 ……本音だ。

 美緒の婚約者候補だった男がこの程度のレベルでは、俺としては納得がいかない。

 

 だが、エドワードは俺のこの言葉を、別の意味で受け取った。


(……そうか。アラリックは、僕が再びセラフィナの隣に立つ資格を得られるよう、あえて厳しく接してくれているんだな……。僕を見捨てず、こうして導いてくれる……。なんて、なんて熱い男なんだ……!)


 エドワードの瞳に、奇妙な熱が宿る。

 彼は気づいていない。俺が放っているのは「教育的指導」という名の、ただの「鬱憤ばらし」に近いものであることに。


       ◆


 演習場の隅。

 いつものように、柱の陰に隠れている『見守る会』のメンバーたちが、小声で絶叫していた。


「(……見ました!? 今のアラリック様の、あの冷徹な叱咤! 厳格な父親が、出来の悪い息子を教育しているかのようですわ!)」


「(……ええ、ええ! アラリック様は、将来の婿(?)になるかもしれない殿下を、自らの手で一から鍛え直しておられるのね……。なんて、なんて深い慈愛!)」


「(……見て、殿下のあの潤んだ瞳。アラリック様のことを、まるで本当の父親か師匠のように仰ぎ見ておられるわ! これぞ、おとこ同士の絆……!)」


 彼女たちの脳内では、もはや俺は「学園生徒」ではなく、「王室の教育を代行する伝説の守護者」へと昇格していた。


       ◆


「パパぁ。そろそろ終わった?」


 演習場の入り口から、セラフィナがやってきた。

 手には、冷たいおしぼりと水が入った水差しを持っている。


「セラフィナ……」


 エドワードが息を切らしながら、彼女を見る。

 

「殿下、随分と無様な姿ですわね。……パパ、あまりいじめてあげちゃダメよ? 壊れたら、次の練習台おもちゃを探すのが大変なんだから」


 美緒はエドワードへの対応が非常にドライだ。

 だが、エドワードはその冷たい言葉すら「期待の裏返し」だと脳内変換し始めている。


「……あぁ。分かっているよ、セラフィナ。僕は、必ずアラリックの期待に応えてみせる」


「……え、あ、そう。頑張りなさいな」


 美緒は引き気味に頷くと、俺の元へ歩み寄ってきた。


「はい、パパ。お疲れ様。……この後、一緒にカフェテリアに行かない? 新しいスイーツが入ったんですって」


 美緒が俺の腕に寄り添い、甘えた声を出す。

 

 俺は、彼女からもらった水を飲み、優しく微笑んだ。


「ああ。……殿下、今日の修行はここまでです。明日も同じ時間に来てください。一分でも遅れたら、重力を二倍にして差し上げます」


「は、はい! ありがとうございます、師匠!!」


 エドワードが、地面に頭を擦り付けんばかりの勢いで礼を言う。

 ……いつの間にか「師匠」と呼ばれているが、まぁいい。


 俺は、セラフィナを連れて演習場を後にした。


「……アラリック様、あんなに厳しいのに……最後に殿下を一瞥したあの目。……まるで、我が子の成長を願う父親そのものでしたわ……」

「(……キャーーー!! パパみが強すぎて窒息するぅぅ!!)」


 背後で『見守る会』の叫び声が聞こえた気がしたが、俺は空耳だと思って無視した。


 エドワードのレベルは、この一週間で15から18に上がった。

 死に物狂いの努力は、嘘をつかない。


 俺の親バカ……いや、守護者としての矜持は、今日も歪んだ形で学園に伝説を刻んでいた。



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