第十二話:発足! 『アラリック様とセラフィナ様を見守る会』
昨日の「パパ呼び事件」以来、俺を取り巻く空気は劇的に変化していた。
これまで俺に向けられていた視線は「畏怖」か「羨望」、あるいは「敵意」だった。
レベル88。龍を屠る最強の騎士。
そんな俺を、同じ十五歳の少年として見る者など、学園には一人もいなかったはずだ。
だが、今は違う。
「……あら、あそこをご覧なさいな」
「まぁ……今日も、なんて睦まじい……」
廊下を歩けば、壁際で扇子を口元に当てた女子生徒たちが、頬を赤らめながらこちらを見ている。
その目は、獲物を狙う肉食獣のそれではない。
まるで、神聖な儀式を遠くから拝む信者のような、恍惚とした輝きを宿していた。
(……なんだ? 殺気はない。だが、凄まじい密度の視線を感じるぞ)
俺の勘が、かつてない種類のプレッシャーを感知していた。
そんな俺の腕の中で、セラフィナがクスクスと笑う。
「ねぇパパ。あの人たち、私たちのことを『観賞用』にすることに決めたみたいよ」
「……観賞用だと?」
「ええ。昨日の『魂の契約』発言がトドメだったみたい。パパが私に対してだけ向けるあの『甘すぎる眼差し』、女子生徒たちの間で『パパみが深すぎて直視できない』って話題なのよ」
パパみ、とは何だ。
俺はただ、娘が可愛いから面倒を見ているだけなのだが。
◆
放課後。空き教室の一つに、二十人ほどの女生徒たちが集まっていた。
中心に座るのは、伯爵令嬢、クラリスだ。
彼女は、鼻息荒く宣言した。
「皆様! 私たちは、とんでもない思い違いをしていましたわ!」
周囲の女生徒たちが、ゴクリと唾を呑む。
「アラリック様とセラフィナ様。あのお二人の間に流れるのは、単なる男女の愛などという、そんな薄っぺらなものではありません。あれは――究極の、そして至高の『家族愛』……いえ、魂の守護者としての絆ですわ!!」
「「「おぉぉぉ……!!」」」
教室に感動のどよめきが走る。
「ご覧なさい、あのアラリック様の眼差しを! セラフィナ様が少し髪を乱しただけで、あの方はこの世の終わりかのような悲痛な顔をして、自らの手で整えて差し上げる……。あの指先! あんなに強い方が、壊れ物を扱うように令嬢を撫でるあの指先に、愛を感じない者がいまして!?」
「クラリス様、おっしゃる通りですわ! 私、昨日の昼休みに見てしまったのです。セラフィナ様が段差で躓きそうになった瞬間、アラリック様が音速で動いて彼女を抱き留め、そのまま耳元で『大丈夫か?』と囁いたのを……!」
「「「キャァァァァァァァァァ!!」」」
悲鳴のような歓喜の声。
……娘を心配する声ですら、彼女たちの耳には既に「愛の囁き」として変換されているようだ。
「もう、私たちが割って入る隙なんてありません。いえ、入るなど不敬の極み! 私たちは――あのお二人を、全力で見守り、保護し、その尊さを世界に広めるべきですわ!」
「賛成ですわ!」
「会則を決めましょう! 第一条、お二人の邪魔をしない! 第二条、お二人のデレを余さず記録する!」
こうして、学園非公式にして最強の組織――『アラリック様とセラフィナ様を見守る会』が、爆誕してしまった。
◆
そんな不穏な(?)動きを露知らず、俺は学生食堂でセラフィナの向かいに座っていた。
セラフィナのメニューは、野菜たっぷりのサラダとスープ。
美緒は前世から、野菜の好き嫌いが激しかった。
「……セラフィナ。ピーマンが残っているぞ」
「あ、これ? これは、その……なんというか……」
「言い訳はいいから食べなさい。栄養が偏るだろう。ほら、口を開け」
俺はフォークでピーマンを刺し、彼女の口元へ運ぶ。
周囲の生徒たちが、ヒッ、と息を呑むのが分かった。
公爵令嬢に、騎士団長の息子が「あーん」をする。
本来ならスキャンダルだ。王太子への不敬だ。
だが、今のこの食堂に流れる空気は、ただただ温かい。
「もう、パパったら……。学校でこれは、流石に恥ずかしいわよ」
顔を真っ赤にしながらも、セラフィナは大人しく口を開けた。
ぱくり。
「……美味しい?」
「……パパが食べさせてくれるなら、世界一美味しいわよ」
蕩けたような笑顔で、セラフィナが俺を見る。
俺は満足して、彼女の頭をポンポンと叩いた。
「よし、偉いぞ」
その瞬間。
食堂のあちこちから、「ブフッ」という鼻血の噴き出す音や、「神よ……」と祈りを捧げる呟きが聞こえてきた。
「……おい、セラフィナ。やっぱり、この学園なにかおかしくないか? さっきから、あちこちで生徒が倒れているぞ」
俺は、ハンカチで生徒たちの口元を抑えながら悶絶しているクラリスたちを見て、眉を潜めた。
気配察知が、「異常な熱量」を感知し続けている。
「パパ。あれはね、『尊死』っていう魔物なのよ。パパが優しすぎるから、みんな浄化されちゃってるの。放っておいていいわ」
「尊死? 新しい魔物か……。後で父上に報告しておこう」
「あはは、パパ、それだけはやめてあげてね」
美緒は楽しそうに笑いながら、俺のスープのクルトンを一つ、つまみ食いした。
断罪、追放、復讐。
そんな殺伐とした言葉は、今の俺たちには必要ない。
俺はただ、娘に野菜を食べさせ、彼女が笑ってくれるだけでいい。
背後でクラリスたちが「今! 今の頭ポンポン、記録して!!」「尊さが限界突破しましたわぁぁ!」と叫んでいる声を聞き流しながら、俺は穏やかな午後のひとときを楽しんだ。
――平和だな。
俺のスキル欄には、今、確実に「パパとしての包容力」という、新しいステータスが刻まれていた。
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