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第十一話:嵐のあとの「尊い」静寂

――断罪イベントから一夜明けた、学園。

 

 昨夜のパーティー会場で起きたことは、瞬く間に全校生徒に知れ渡っていた。

 聖女アリシアの失脚。

 王太子エドワードの迷走。

 そして何より――この世の理を超越した力を見せつけた俺、アラリックのことだ。

 

(……さて。今日はどれだけ恐れられているかな)

 

 俺は、いつものように学園の門をくぐる。

 周囲の生徒たちが一斉に足を止め、俺を注視するのが分かった。

 

 ヒソヒソという囁き声が聞こえる。

 

「……見て、アラリック様よ」

「昨日の魔圧、凄まじかったわね……。近寄るだけで消し飛ばされそう……」

 

 まぁ、そうなるよな。

 測定器を壊し、聖女の魔導具を何を

粉砕したんだ。

 もはや俺は、学園の生徒ではなく『歩く戦略兵器』として扱われても文句は言えない。

 

 だが。

 

「パパぁ!!」

 

 校舎の入り口から、弾けるような明るい声が響いた。

 

 銀糸のような髪をなびかせ、優雅な制服の裾を翻して駆け寄ってくる美少女。

 昨日まで『氷の令嬢』と恐れられていたはずの悪役令嬢、セラフィナだ。

 

 彼女は周囲の目も気にせず、俺の腕に全力でダイブしてきた。

 

「パパ! おはよう! あー、もう、一晩会わなかっただけで寂しくて死ぬかと思ったわ!」

 

 ぐいぐいと、俺の腕に自分の頬を擦り寄せるセラフィナ。

 

「……こら、セラフィナ。学校では令嬢らしくしなさいと言っただろう」

 

「いいのよ! 昨日であんなに『禁断の仲』だって誤解されたんだもの。今さら清楚ぶっても遅いわ!」

 

 美緒セラフィナは、中身が二十三歳なのをいいことに、確信犯的なあざとさで俺にしがみついてくる。

 

 俺はため息をつきつつも、彼女の髪に付いていた小さな糸屑を優しく取ってやり、乱れた襟元を直してやった。

 

「……寝癖がついてるぞ。ちゃんと鏡を見たのか?」

 

「えへへ、パパに直してもらいたかったんだもん」

 

 俺は、彼女の鞄を無造作にひょいと受け取った。

 

「ほら、教室まで持ってやるから。行くぞ」

 

「わーい! パパ大好き!」

 

 腕を組み、満面の笑みで俺を見上げるセラフィナ。

 

 それを見ていた周囲の生徒たちの間に、昨日とは全く違う「衝撃」が走った。

 

「……え?」

「ちょ、ちょっと待って……。あのアラリック様、何?」

「あの、龍をも屠るって噂の冷徹な騎士様が……今、あんなに柔らかい顔で笑ったの?」

 

 生徒たちの視線が、一点に集中する。

 

 俺に向けられているのは、もはや恐怖ではなかった。

 

「……な、何あれ……尊い……」

「アラリック様、あんなに過保護なの? 令嬢の鞄を持って、髪を撫でて……。え、何? お父さんなの? それとも、あんなに甘々な騎士様なの?」

「セラフィナ様も……あんなにデレデレな顔、見たことないわ……。昨夜までの『略奪愛』の噂が、なんだかもう『親子愛』にしか見えなくなってきた……」

 

 大講堂の角に隠れて様子を伺っていた女生徒たちのグループから、鼻血を拭うような音が聞こえた気がした。

 

「……ねぇ。あのお二人……アリじゃない?」

「アリどころか、ダイヤモンド級の尊さよ! 私たち、勘違いしてたわ! あのアラリック様の『守護』は、ただの騎士の義務じゃない……もっと深い、愛よ!」

 

『――アラリック様とセラフィナ様を見守る会』

 

 後に学園最大勢力となるファンクラブが産声を上げた瞬間を、俺はまだ知らない。

 

       ◆

 

 廊下を歩いていると、向こうから覇気のない足取りでエドワード王太子が歩いてきた。

 昨日の今日だ。彼はアリシアに操られていたとはいえ、自分の不始末に相当堪えているらしい。

 

「……あ。アラリック、セラフィナ……」

 

 エドワードが気まずそうに足を止める。

 俺は彼を見据え、一歩前に出た。

 

「殿下。……教育は、まだ終わっていませんよ? 放課後、演習場でお待ちしています」

 

「……っ! あ、あぁ……分かった。……ところで、アラリック」

 

 エドワードがおずおずと、俺たちの繋がれた腕を指差した。

 

「……なぜ、セラフィナはお前を『パパ』と呼んでいるんだ? いくらなんでも、その……無理がないか?」

 

 俺は真顔で答えた。

 

「いえ。これは『魂の契約(親子)』ですので。殿下のようなお子様には、まだ理解できない領域の話です」

 

「お子様……。僕、王太子なんだけどな……」

 

 セラフィナも横から追い討ちをかける。

 

「殿下、わたくしたちは、前世からの……いえ、概念的な父娘なのです。これを世間では『運命』と呼ぶのですよ。お分かり?」

 

「概念……? 運命……?」

 

 エドワードは「概念」という言葉の重みに押し潰されそうになりながら、ふらふらと去っていった。

 

 それを見ていた女生徒たちが、柱の陰で悶絶している。

 

「(……キャーーー!! 見た!? 今、アラリック様が殿下を『お子様』扱いしたわ!)」

「(『魂の契約』ですって! もう、実質プロポーズじゃない!)」

「(パパ呼び公認……! あぁ、甘すぎて心臓が止まる……!)」

 

 俺は、背後に感じる妙な熱気に首を傾げつつも、腕にしがみつく美緒セラフィナの頭をポンポンと叩いた。

 

「……さて。次は一限目だ。美緒、忘れ物はないか?」

 

「パパが鞄持ってるから、何があっても大丈夫よ!」

 

「そういう問題じゃない。……まぁいい。行くぞ」

 

 最強騎士と、悪役令嬢。

 昨日までの殺伐とした空気はどこへやら。

 学園中を砂糖漬けにするような、俺たちの『甘々親子生活』が本格的に始まった。

 

 ――平和だな。

 

 俺は、自分を「パパぁ♡」と呼ぶ娘の笑顔を見ながら、この平穏を壊す奴はたとえ神でも滅ぼすと、改めて心に誓った。



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