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第10話:断罪の宴と、パパの最終回答

学園の社交パーティー。

 大講堂は、煌びやかなシャンデリアの光と、着飾った貴族たちの熱気に包まれていた。

 

 だが、その華やかさの裏側で、ドロドロとした「毒」が会場中に充満しているのを、俺は鼻で感じていた。


(……腐った生魚の臭いだ。趣味の悪い魔力だな)


 俺は、隣に立つセラフィナに、誰にも聞こえない声で囁く。

 彼女の胸元には、誇らしげに『オムライスのブローチ』が輝いていた。


「パパ。ママ……いえ、アリシアが、いよいよ仕掛けてくるわよ。あの髪飾りの中に、禁忌の魔導具を仕込んでいるわ。会場中を『魅了』の霧で包むつもりね」


「ああ。……美緒、少しだけ魔力でお前をコーティングしておく。あの程度の安物に、一ミリでもお前の魂を触れさせたくないからな」


「ふふ、過保護ね。でも、ありがとう」


 セラフィナは優雅に扇子を広げ、氷の令嬢らしい微笑を浮かべる。

 中身が二十三歳の彼女にとって、今から始まる「断罪イベント」など、出来の悪い学芸会に過ぎないのだ。


       ◆


 音楽が止まった。

 会場の中央へ、王太子エドワードが進み出る。その隣には、悲劇のヒロインを気取った聖女アリシアが、震えながらしがみついていた。


「――静粛に! 皆に伝えることがある!」


 エドワードの声は、どこか虚ろだった。

 アリシアが放つ『魅了』の霧が、会場中の生徒たちの正気を奪い、彼女を全肯定する操り人形へと変えていく。


「セラフィナ・ド・ラーグセン! 貴様の数々の悪行は、この聖女アリシアによって暴かれた! 貴様は嫉妬に狂い、アリシアを殺害しようとしたな!」


 会場中から罵声が上がる。

「悪役令嬢を追放せよ!」「死刑だ!」「アリシア様をいじめるな!」

 

 アリシアは、エドワードの影から俺たちを盗み見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 その目は、「私に逆らった報いよ」と告げているようだった。


「……セラフィナ、何か言い残すことはあるか!」


 エドワードの糾弾に対し、セラフィナは一歩、前へ出た。

 彼女は怯えるどころか、くすりと小さく笑い声を漏らす。


「アリシア様。その『証拠』という不確かな魔導具よりも、まずはこちらをご覧になってはいかがかしら?」


 セラフィナは、懐から数枚の書類を取り出し、会場に放り投げた。

 魔法によって複製されたその紙は、舞い落ちる雪のように、生徒たちの手に渡っていく。


「それは、アリシア様の生家である男爵家の汚職、闇ギルドへの横流し。そして――あなたが今その身に着けている魔導具が、王国で禁じられた『精神操作の呪具』であるという、魔導省の公式鑑定書ですわ」


「な……っ!? な、何を……!」


 アリシアの顔から、一気に血の気が引く。


「二十三……いえ、この十五年。パパ……協力者の助けを借りて、徹底的に洗わせていただきましたの。アリシア様、あなたの実家は、今頃騎士団によって差し押さえられているはずですわよ?」


「嘘よ! そんなの嘘! エドワード様、助けて! この女が私を陥めようとしてるのぉ!」


 アリシアが絶叫し、髪飾りの魔導具を暴走させる。

 ドス黒い魔力の霧が爆発的に広がり、会場に巨大な影の魔獣が召喚されようとした。


「殺せ! 私を笑う奴、この悪女も、あの騎士も、全員殺しちゃえーっ!!」


 会場がパニックに陥り、悲鳴が上がる。

 

 だが。


「……美緒。少し耳を塞いでいろ」


 俺は、一歩だけ前へ踏み出した。

 そして、無造作に、指を一度だけ鳴らす。


 ――パチン。


 ただ、それだけだった。

 

 瞬間。レベル88の魔圧が、暴風となって会場を席巻した。

 

 召喚されかけた魔獣は、形を成す前に霧散した。

 それどころか、アリシアの魔導具は粉々に粉砕され、彼女の体内を流れる魔力そのものが、俺の意志によって物理的に凍結フリーズさせられた。


「あ……が……あぁ……」


 アリシアが、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。

 俺は、冷え切った目で彼女を見下ろした。


「……これが、俺の答えだ。俺の愛しい娘を泣かせる奴は、王太子だろうが聖女だろうが、この世界ごと塵にしてやる」


 会場を支配した、絶対的な沈黙。

 魅了されていた生徒たちが、恐怖のあまり次々と正気に戻り、その場に跪いていく。


 そこへ、教会の重鎮たちと、父バルガス率いる騎士団が踏み込んできた。


「聖女アリシア! 禁忌魔導具の使用、および国家転覆未遂の容疑で拘束する!」


 アリシアは兵士たちに引きずられていく。

 連行される間際、彼女は俺の瞳の奥に、前世で使い潰したはずの『健一』の冷徹な眼差しを見て、絶望の叫びを上げた。


「嫌ぁぁぁぁぁ! あんた、健一なの!? なんで、なんであんたがここに……!!」


 その叫びも、重い扉の向こうに消えた。


       ◆


 静まり返った会場で、王太子エドワードだけが、放心したように立ち尽くしていた。

 彼は、自分がアリシアに操られ、親友と婚約者を売ろうとした事実にようやく気づき、顔を真っ青にさせる。


「あ……あぁ……。アラリック、僕は……僕は一体、何を……」


 エドワードが、震える手で俺の服を掴もうと縋り付いてくる。


「アラリック! 頼む、僕を……親友として、許してくれ! あいつに操られていたんだ、僕はわざとじゃ――」


 俺は、その手を静かに払い、彼を見つめた。

 

 そして、これまで一度も見せたことのない、底冷えするような『氷の微笑』を浮かべて告げる。


「……殿下。一度失った信用は、謝罪一つで戻るほど安くはありませんよ。……一から、教育し直しですね。覚悟しておいてください」


「ひっ……!?」


 エドワードの顔が、恐怖で引き攣る。

 俺の放つ「騎士団長を超える圧力」に、彼は文字通り腰を抜かした。


 そこへ、セラフィナが優雅に歩み寄り、冷ややかな視線を投げかける。


「殿下。パパのおっしゃる通りですわ。……もう少し、大人になってから出直してきなさいな。わたくし、今のあなたのような『ガキ』には、一分一秒たりとも時間を割きたくありませんの」


「せ、セラフィナ……アラリック……」


 エドワードをその場に残し、俺はセラフィナの手を恭しく取った。


「さあ、行きましょうか、セラフィナ様。……こんな腐った魚の臭いがする会場に、これ以上いる必要はありません」


「ええ、パパ。……なんだか、お腹が空いちゃったわ。今日は、特別なオムライスを作ってくれる?」


「ああ。最高に美味しいやつを、約束しよう」


 俺たちは、騒然とする会場を背に、堂々と歩き出した。

 

 略奪愛? 不倫? 禁断の恋?

 そんな下世話な噂など、もはや誰も口にできない。

 

 そこにあるのは、神々しいまでの最強の絆。

 父と娘。

 前世の理不尽をすべて跳ね返し、異世界で最強へと登り詰めた二人の、輝かしい凱旋だった。


 ――美緒。

 まずは、第一関門突破だ。

 

 これからは、誰にも邪魔させない。

 お前が望む、本当の『ハッピーエンド』を、パパがこの手で作り上げてやるからな。


(第1部・完)





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