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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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96.ラクvs時の竜王③



「……何故……立っている?」


クロスは目の前の光景を信じられずにいた。


全身を血に染め、幾度となく攻撃を受けたはずの男。


ラク・ヴィリーブ。


そいつが今も、自分の目の前に立っている。


「…………はあ……はあ…………」


ラクは肩を大きく上下させていた。


呼吸をするだけでも苦しそうだった。


右足は震え、左肩からは血が流れ続けている。胸部にも深い傷を負い、その顔には疲労が色濃く浮かんでいた。


それでも。


ラクは立ち上がった。


「……あーあ……」


クロスは呆れたように頭を掻いた。


「しつこい奴は嫌われるよ?」


「……はあ…………はあ…………」


ラクは答えない。


ただ、クロスを睨みつけていた。


その視線を受け、クロスの表情から笑みが消える。


「…………………………」


目を細める。


そして、静かに呟いた。


「よし……次でチェックメイトだよ」


クロスがわずかに指を動かした。


瞬間。




――世界が止まった。





風が止まる。


舞い上がっていた砂埃も、空中に散った血の滴も、すべてが動きを失う。


音さえも消え去った。


世界から、時間そのものが切り離されたかのようだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




静止した時の中。


クロスはゆっくりとラクへ近づいた。


荒い呼吸を繰り返していたラクも、今は完全に動きを止めている。


「……ふぅ」


クロスはため息をついた。


「なんでこいつはまだ足掻くんだ?」


倒れても、撃たれても、斧で貫かれても。


この男は、何度でも立ち上がってくる。


「どれだけ足掻いても、時を止めた状態じゃ身動きも取れず、こっちの姿さえわからないんだぜ?」


返事はない。


当然だった。


時間が止まっているのだから。


クロスはラクの顔を覗き込むようにして、鼻で笑った。


「………………」


そして、手に持っていた銃をゆっくりと持ち上げる。


銃口をラクへと向けた。


「まあ……このまま、自分がどう死んだかさえも分からずに死ね……」


クロスの指が、引き金へと伸びる。




――そのときだった。


「…………!?!?」


クロスの目が見開かれた。


「だらああああああああああああああ!!!」


――ドゴォオオオオオオオオオオンッ!!


突然、轟音が炸裂した。


ラクの口から放たれた爆音波が、真正面からクロスを直撃する。


「ぐああああああああああ!!!」


衝撃にクロスの体が吹き飛んだ。


――ドゴゴゴゴゴゴォォォッ!!


凄まじい爆音が周囲に響き渡る。


建物の壁が砕け、瓦礫が宙を舞った。


クロスの体は地面を転がり、崩れた壁の向こうへと叩きつけられた。


「…………はあ………………はあ…………」


ラクは肩で息をしながら、倒れたクロスを見据えていた。


「…………………………」


静寂。




やがて。


パラ……パラ……


小さな瓦礫が、地面へと落ちていく。


その音だけが、崩れた空間に響いていた。


「…………何故だ」


瓦礫の向こうから、声がした。


「……何故……時を止めたのに……」


ゆっくりと、クロスが姿を現す。


その体はボロボロだった。


服は破れ、顔には傷が刻まれている。


先ほどまでの余裕に満ちた表情は、もうどこにもなかった。


「……………………」


クロスは震える手で自分の体を支えた。


そして、目の前のラクを睨みつける。


「……なぜ動いてるんだあああああ!!!」


「だらああああああああああああああ!!!」


――ドゴゴゴゴオオオオオオッ!!


ラクが再び爆音波を放った。


「…………!?」


クロスは咄嗟に反応した。


その姿が、再び消える。


次の瞬間には、先ほど倒れていた場所からわずかに離れた位置に立っていた。


また時を止めて避けたのだ。


だが。


クロスの顔には、先ほどまでの余裕はなかった。


ラクの攻撃を避けることだけで精一杯だったのだ。


「…………はあ……はあ……」


ラクは荒い呼吸を続けながら、クロスを見つめていた。


そして。


「…………やっぱりか……」


ぽつりと呟いた。


「…………なに!?」


クロスが反応する。


ラクは口元を歪めた。


「……お前の能力の弱点が分かったぜ?」


「……なんだと!?!?」


クロスの表情が強張る。


ラクはそんなクロスを見て、声を上げて笑った。


「あはははっ! 教えてやるよ、ばあか!」


「…………!!」


クロスが歯を食いしばる。


「おかしいと思ったんだよ!!」


ラクは血の滲む口元を拭い、クロスを指差した。


「銃が撃たれる音はするのによぉ! 斧が俺に刺さる音は聞こえなかったからよぉ!!」


「……っ!?」


クロスの目が揺れた。


「……お前……時を止めている状態の時に、自分以外の物がある程度動くと、時止めが解除されるんだろ……?」


「…………何ぃ!?」


クロスが思わず声を上げる。


ラクはニヤリと笑った。


「あはははっ! 図星かよぉ!!」


「馬鹿な! なぜそれが!」


「さっき言っただろうが! 銃はバンバン音がするのに、斧が刺さる音が聞こえなかったんだよお!」


ラクは自分の胸元を指差した。


「俺は何度もお前の攻撃を食らった! けどよぉ、攻撃の瞬間に何が起きてるのか、ずっと分からなかったんだ!」


クロスは黙り込んだ。



「……いや!」


やがて、何かに気づいたように声を上げる。


「……あ?」


「待て! おかしいだろ!?」


クロスはラクを睨みつけた。


「……それが分かったとして! 何故動けるようになった!!」


「…………」


ラクは答えない。


「俺は銃の引き金をまだ引いていないんだぞ!?」


クロスが自分の銃を持ち上げた。


「銃はまだ撃っていないのに! ……何故!?」


その声には、明らかな焦りが滲んでいた。


絶対的なはずだった。


自分が時間を止めれば、相手は何もできない。


どれだけ強い能力を持っていようと、どれだけ鋭い感覚を持っていようと関係ない。


それが、時の竜王クロスの確信だった。


しかし、目の前の男は動いた。


止まった時間の中で。


クロスの知らない何かによって。


「まーだわかんねぇのか!?」


ラクが大声で叫んだ。


「周りを見ろよ、ゴミ!」


「…………!?」


クロスはハッとして周囲を見渡した。


そして、目を凝らす。


瓦礫の山。


砕けた壁。


地面に散らばる破片。


その間に、何かが見えた。


細い線。


それは建物の壁から壁へ、瓦礫から瓦礫へと伸びていた。


一本ではない。


二本でもない。


周囲の至るところに、無数の線が張り巡らされている。


まるで、空間そのものに巨大な網が仕掛けられているかのように。


「……なんだ!? この糸は!?」


クロスは目を見開いた。


ラクは口元を歪め、得意げに笑った。


「俺の能力はよぉ……音を斬撃のように、鋭い形にできるんだよなあ」


「…………!?」


クロスの視線が、周囲の糸を追う。


「だからよぉ! 名付けるなら……『音の糸』ってやつだなあっ!!」


ラクは両腕を広げた。


「さっき叫んだ時に、そこら中に張っといたぜぇ……!!」


「…………何!!」


クロスは改めて周囲を見渡した。


細く、鋭く、見落としてしまいそうな糸。


それらが、逃げ道を塞ぐように空間全域へと張り巡らされていた。


「しかもよぉ!」


ラクは拳を握りしめた。


「ひとたび触れればっ! そこら中に振動するよう、ビンビンに敏感にしてるぜぇ!!!」


「…………………なんだとおおおお!!!」


クロスの顔から、血の気が引いた。


時間を止める。


その絶対的な能力を支えていたもの。


それが、今。


ラクによって、崩されようとしていた。


戦況が、大きく変わった。

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