97.ラクvs時の竜王④
「……………………」
「…………はあ…………はあ……」
静まり返った戦場に、ラクの荒い呼吸だけが響いていた。
肩が上下する。
全身から血が流れ、足元には赤い血溜まりが広がり始めていた。
それでも、ラクは倒れなかった。
ただ、目の前のクロスを睨みつけている。
やがて。
「………………スが……」
クロスが、かすれた声で呟いた。
「……あ?」
ラクが眉をひそめる。
クロスは俯いたまま、拳を握りしめていた。
そして。
「……わかった気でいるなと言ってるんだ、このヘタレカスがあああああああ!!!」
怒号が戦場を震わせた。
「来やがれゴミがぁ!!時を止めてみろぉ!!! 何度でも音の糸を出してやるっ!!」
ラクも負けじと怒鳴り返す。
「くそったれがあああああああ!!!」
クロスの表情が歪んだ。
「……殺す……!」
瞬間。
――世界が止まった。
クロスが再び時を止めたのだ。
だが。
次の瞬間には。
――世界が動き始めた。
「…………!?」
クロスが目を見開く。
「だらああああああああああああああ!!!」
ラクの爆音波が炸裂した。
――ドゴォオオオオオオオオオオンッ!!
轟音と衝撃が一気に押し寄せる。
「……ぐがああっ!!!」
クロスの体が吹き飛ばされた。
地面を転がり、瓦礫を巻き上げながら後方へと飛ばされていく。
「……くそっ!!」
クロスは歯を食いしばった。
すぐさま体勢を立て直すと、再び能力を発動させる。
――時が止まる。
しかし。
「……が! 何ぃ!!」
ほんの一瞬。
それだけで、時間は再び動き始めていた。
「だらああああああああああああああ!!!」
――ドゴォンッ!!
二度目の爆音波。
クロスは避けきれず、吹き飛ばされた。
――ドカァン!!
その体が壁に激突する。
壁面に亀裂が走り、砕けた破片がパラパラと地面へ落ちた。
「……く、くそっ!!」
クロスは壁にもたれながら、荒い息を吐いた。
「………………」
そのとき。
瓦礫の向こうから、ゆっくりと足音が近づいてきた。
一歩。
また一歩。
ラクだった。
血は止まらず、体は傷だらけ。
服は破れ、呼吸も乱れている。
今にも倒れそうな姿だった。
それでも、その足取りは止まらない。
ラクの目は、真っ直ぐにクロスへ向けられていた。
その瞳には、まだ消えていない闘争心が宿っていた。
「……く……くそが!」
クロスが顔を歪める。
ラクは何も答えない。
ただ、静かに近づいてくる。
「くそったれえええ!!」
クロスが叫んだ。
そして、再び時を止めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
静止した時の中。
クロスは動きを止めたまま、周囲を見渡した。
「………………」
目の前。
足元。
壁際。
崩れた瓦礫の隙間。
そこら中に張り巡らされた細い糸が、視界に入る。
『音の糸』。
ラクが仕掛けた、厄介な罠だった。
「…………くそが!」
クロスは歯を食いしばる。
迂闊に動けば、糸に触れてしまう。
そして、一定以上の振動が生じれば、時間停止が解除される。
つまり、これまでのように自由に移動し、好きな位置から攻撃することができないのだ。
「……はあ……はあ……」
クロスの呼吸が乱れる。
体中が痛んでいた。
先ほどまで受けたラクの攻撃。
三度の爆音波によって、確実にダメージが蓄積している。
「……ごほっ!」
突然、クロスの口から血がこぼれた。
「……っ、はあ……はあ……」
口元を拭う。
指先に、赤い血が付着していた。
内臓にまで傷が及んでいるのかもしれない。
これ以上、まともに攻撃を受けるわけにはいかない。
次に食らえば、確実に死ぬ。
クロスは直感していた。
「……はぁ……はあ……」
目の前には、動きを止めたラクがいる。
全身傷だらけの男。
しかし、その男が自分を追い詰めている。
「……マジでよくやったよ、お前」
クロスが呟いた。
「………………」
返事はない。
「……正直、舐めてたよ……」
クロスは薄く笑った。
だが、その目は笑っていなかった。
「だがな……やっぱり甘かったよ……」
ゆっくりと、ラクを見据える。
「戦況が変わったと感じたから……良い気になってペラペラと喋りやがって……」
クロスは腰から銃を取り出した。
カチャリ。
金属音が、静止した世界に響いた。
「この糸に触れない範囲で動き、こいつで撃てば! お前は死ぬぜぇ!!」
クロスは慎重に周囲を確認する。
糸に触れない位置。
銃弾を撃ち込める角度。
ラクとの距離。
頭の中で計算を重ねながら、銃口をゆっくりとラクへ向けた。
「はははは!!」
クロスの口元が吊り上がる。
「死ねぇ!!」
引き金に指をかける。
そして。
――バァンッ!!
銃声が鳴り響く、その瞬間。
クロスは、何かに違和感を覚えた。
「…………?」
視線をわずかに動かす。
そして、目を凝らした。
「……あ?」
そこら中に、何かが浮かんでいた。
透明で、丸い。
まるで、シャボン玉のようなものだった。
一つや二つではない。
空中に。
瓦礫の隙間に。
壁際に。
無数の小さな球体が、周囲一帯に漂っている。
「…………なんだ、これ……?」
クロスは目を見開いた。
その正体は――
ラクが生み出した『音の爆弾』だった。
音を球状に閉じ込め、空間に配置したもの。
ひとたび触れれば、内部に蓄えられた音の衝撃が一気に解放される。
つまり。
音の糸が、クロスの動きを制限する罠なら。
音の爆弾は、クロスの行動そのものを利用する罠だった。
そして。
クロスが引き金を引いた。
銃弾が発射される。
弾丸は真っ直ぐに飛び――
目の前に浮かんでいた、シャボン玉のような球体に命中した。
「…………!?」
――その瞬間。
ドガアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!
凄まじい爆音と衝撃が炸裂した。
空間が震え、爆風が周囲を薙ぎ払う。
クロスの視界が、一瞬にして白く染まった。
「…………ははっ!」
爆発の向こうから、ラクの声が聞こえた。
「やっぱり銃を撃ちやがったか」




