94.ラクvs時の竜王①
「かかってこいカス!」
ラクは拳を構え直し、クロスを睨みつけた。
「今の俺は一味違うぞっ!」
威勢よく叫ぶ。
しかし、その視線は一瞬たりともクロスから離れていなかった。
拳を握る手には、じっとりと汗が滲んでいる。
(……なんだ……)
ラクは頭をフル回転させていた。
(……こいつの弱点は……なんだ!)
時の竜王、クロス。
その能力は『時を止める』。
時間そのものを支配し、相手が動けない間に一方的に攻撃を仕掛ける。
こちらがどれだけ速く動こうと、どれだけ強力な攻撃を放とうと、時間を止められてしまえば意味がない。
防ぐことも、避けることも、反撃することさえできないのだ。
その絶大な能力を前に、一度は勝てないと諦めてしまいそうになった。
だが。
今のラクは、もう諦めてなどいなかった。
(……いや、待て……)
(どんな能力にだって、必ず何かあるはずだ……!)
完全無欠の能力など存在しない。
そう自分に言い聞かせながら、ラクは必死に突破口を探していた。
やがて。
「………………」
クロスがゆっくりと起き上がった。
服についた砂埃を軽く払い、何事もなかったかのように首を傾ける。
「……あーあ」
呆れたような声だった。
「…………くそっ!」
ラクは拳に力を込める。
クロスはそんなラクを見つめ、薄く笑った。
「……やっちまったな……お前……」
「………………」
「……あの時、大人しく帰っときゃよかったのにな」
クロスは肩をすくめる。
「………………」
「頭おかしいよ? 歯向かうなんて……」
その口調には、怒りすら感じられなかった。
まるで、目の前の男がこれからどうなるのか、すべて分かっているかのようだった。
そして。
「……この俺にな」
瞬間。
「だらああああああああああああああ!!!」
ラクが吠えた。
――ドォオオオオオオンッ!!
空気が震えた。
ラクの口から放たれた爆音波が、轟音とともにクロスへと襲いかかる。
周囲の砂埃が巻き上がり、地面に転がっていた瓦礫が弾き飛ばされた。
まともに食らえば、ただでは済まない一撃。
しかし。
「………………」
そこに、クロスの姿はなかった。
(……また時を止めた……!)
ラクはすぐさま耳を澄ませた。
視覚だけでは追いつけない。
ならば、音で探る。
足音、衣擦れ、呼吸。
どんな些細な音も聞き逃さない。
それがラクの強みだった。
(……どこだ……!)
一瞬の静寂。
そして。
(……後ろだ!)
ラクは瞬時に振り返った。
「がああああああああああああああ!!!」
――ザンッ!!
ラクの腕が振り抜かれる。
放たれた音の斬撃が、背後の空間を鋭く切り裂いた。
だが。
「…………っ!!!」
またしても、手応えがない。
クロスの姿は、そこにもなかった。
(……くそっ! またかよ!!)
ラクは歯を食いしばり、再び耳を澄ませる。
心臓が激しく脈打つ。
呼吸が乱れる。
一瞬でも気を抜けば、次の攻撃を食らう。
(……どこだ……どこにいやがる……!)
そして。
(……上だ!!)
ラクは勢いよく顔を上げた。
そこには――
銃口をこちらに向けたクロスがいた。
空中から、まるで獲物を見下ろすようにラクを狙っている。
「……死ね、ヘタレカス」
「くそったれえええええええ!!!!」
――バン! バン! バン! バン!
乾いた銃声が連続して響いた。
「……っ!!」
銃弾がラクの体を撃ち抜く。
右足に一発。
腹部に二発。
左肩に一発。
「……ぐっ……!!」
衝撃に体が揺らぐ。
右足から力が抜けかけ、腹部には焼けつくような痛みが走った。
肩から血が滲み、服を赤く染めていく。
それでも。
ラクの視線は、クロスに向けられたままだった。
(……見失うな……!)
痛みに顔を歪めながらも、ラクは歯を食いしばる。
(……絶対に……見失うな……!!)
「だらああああああああああああああ!!!」
――ドォオオオオオオンッ!!
再び爆音波が放たれた。
轟音が空間を揺らし、衝撃波が周囲を薙ぎ払う。
だが。
攻撃が届くよりも早く。
クロスの姿は、そこから消えていた。
「…………ぐっ!!」
ラクの顔が歪む。
(……また、いねぇ……!)
一体、どこへ移動したのか。
後ろか。
横か。
それとも、また上か。
考える暇すら与えられない。
そして、ラクが気づいたときには――
クロスは正面に立っていた。
「……………………」
「……………………」
二人の視線がぶつかる。
ラクは荒い呼吸を繰り返しながら、目の前の男を睨みつけた。
対するクロスは、傷ひとつ負っていないかのように平然としていた。
しばらく、沈黙が続いた。
やがて。
「はははっ。しぶといなあ、お前」
クロスが愉快そうに笑った。
「……!?」
ラクの眉が動く。
クロスは笑みを深めた。
「よおし、完膚なきまでに殺してやろう」
そう言うと、クロスは背中に手を回した。
そして。
ゆっくりと、大きな武器を取り出した。
それは、巨大な斧だった。
刃は鈍い光を放ち、その柄はクロスの背丈ほどもある。
人間が扱うには、あまりにも大きい。
その重量感だけで、まともに振るわれれば命取りになると分かった。
「…………くっ!!」
ラクは思わず息を呑んだ。
クロスは斧を片手で構え、刃先をラクへと向ける。
「これでお前を殺す」
その声からは、先ほどまでの軽薄さが消えていた。
「これを使うのは久しぶりだ」
「…………っ!!」
ラクは反射的に身構えた。
だが。
次の瞬間。
クロスは、目の前にいた。
「…………え?」
あまりにも突然の出来事だった。
いつ移動したのか。
どうやって距離を詰めたのか。
ラクには、まるで分からなかった。
ただ、目の前にクロスがいる。
そして――
斧の刃が、ラクの鎖骨付近に食い込もうとする
いや。
食い込もうとしているのではない。
もう、刺さっていた。
「があああああああああああああああああ!!!」




