92.サブvs嵐の竜王
「いやあ、ははは。見るに堪えないですねぇ……サブさん」
ザディは、目の前の男を見て笑った。
サブ・ストレート。
かつて自分を追い詰めた男が、今は肩で息をしている。
額から汗が流れ落ち、
血に濡れた口元から荒い息を漏らしながら。
今にも崩れ落ちそうな身体を、
必死に支えていた。
「……はあ……はあ……」
サブは何も答えない。
ただ、目の前の敵を睨みつけていた。
「いや! 気ぃつけろ、ザディの旦那! コイツ、俺の毒食らって立ってるからよ!」
横から毒の竜人ドクロが声を上げる。
「いや、十分ですよ。ドクロさん」
ザディは涼しい顔で答えた。
「……え!?」
ドクロが思わず声を漏らす。
ザディはサブから目を離さない。
「いやあ、クロスさんの作戦もとんでもないですね」
口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
「あんなに強かった男が……今や見る影もないですから」
「……はあ……はあ……」
サブは荒い呼吸を繰り返す。
毒の影響か、体は思うように動かない。
それでも、膝をつくことだけはしなかった。
「サブさん……」
ザディが一歩、前へ出る。
「この前は、してやられましたからね」
その声から、先ほどまでの軽薄さが消えた。
「……最初から全力でやらせていただきます」
「……くっ!?」
次の瞬間。
びゅおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
突如、凄まじい風が吹き荒れた。
地面の砂埃が巻き上がり、周囲の建物が大きく揺れる。
風に煽られた小石が宙を舞い、あちこちへと弾き飛ばされていく。
「……くそ!!」
サブは思わず腕で顔を覆った。
(……これは吹っ飛ぶな!)
踏ん張ろうにも、足元から体が持っていかれそうになる。
このままでは、自分だけでなくキリまで巻き込まれる。
「キリ! 俺に掴まれ!」
「…………うん!」
キリはすぐさまサブの腕にしがみついた。
サブは歯を食いしばり、足元へ意識を集中させる。
ドンッ!!
二人の足元で、鈍い音が響いた。
「……!?」
サブとキリの靴が、わずかに地面へ沈み込んだ。
「……こ、これは!」
キリが驚いて足元を見る。
「足だけ……少し重くした……!」
サブは風に声をかき消されそうになりながら答えた。
「……これで飛ばされない!」
びゅおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
風はさらに激しさを増す。
サブの白い髪が乱れ、服が激しくはためいた。
キリも必死にサブへしがみつく。
それでも、二人の足は地面から離れなかった。
「…………案外、足掻きますねぇ。サブさん」
ザディは目を細めた。
「ですが……」
その背中が、大きく動く。
バサァッ!!
ザディの翼が、左右へと広がった。
風を受けて膨らむ巨大な翼。
その羽の一枚一枚が、不気味なほど鋭く尖っていた。
ザディは翼を傾け、無数の羽の先端をサブたちへ向ける。
「これなら……どうです?」
「……あの攻撃だ!」
キリが叫ぶ。
羽を弾丸のように撃ち出す攻撃。
キリはすぐさま手に冷気を集中させた。
白い霜が指先を覆い、手の周囲に冷たい空気が渦巻く。
しかし――
びゅおおおおおおおおおおおお!!!
「……あぁっ!」
冷気が風にさらわれた。
集まりかけていた冷気は、渦巻く風に押し流され、霧のように散ってしまう。
「……っ! ……どうすれば!」
キリの表情が曇る。
このままでは攻撃を防げない。
サブもまた、荒い息を繰り返していた。
だが。
「……いや、キリ」
サブが口を開く。
「……それでいい」
「…………え?」
「……そのままでいいんだ」
キリは戸惑いながらサブを見上げた。
「……どういうこと?」
サブは一瞬だけ目を閉じ、呼吸を整えた。
そして、静かに告げる。
「……その冷たくした手で、俺の首の後ろに当ててくれないか?」
「……え? ……う、うん!」
キリは言われたとおり、冷気を纏った手をサブの首の後ろへ当てた。
ひやりとした感覚が、熱を帯びた肌に伝わる。
「………………」
サブは目を閉じたまま、ゆっくりと息を吸い込んだ。
そして。
「…………ふぅーーー」
大きく息を吐く。
乱れていた呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
「……どうしたの? サブ」
「……いや、落ち着いてきた」
サブは薄く目を開けた。
「……体温が少し上がりすぎてたからな……」
毒の影響で熱を持った体。
乱れる呼吸。
全身を包む強風。
すべてがサブの集中力を奪っていた。
キリの冷気が、熱を帯びた首筋を冷やしていく。
ほんのわずかに、頭が冴えた。
「………………」
サブの目つきが変わる。
先ほどまでの苦しげな表情が、少しずつ消えていった。
「……キリ」
「…………?」
「……そのまま掴まってろ」
「…………うん」
キリは強く頷いた。
そして――
「死ね!! サブ・ストレート!!」
ザディが叫んだ。
バサァッ!!
翼が大きくしなる。
次の瞬間、無数の羽が弾丸のように撃ち出された。
ヒュンッ!!
ヒュンッ!!
ヒュンッ!!
鋭い風切り音が連続して響く。
羽の先端が、サブたちへと迫る。
その瞬間。
サブは動いた。
まず、自身の重力の能力で両足を重くしていた状態から、左足の重力を解除する。
左足が軽くなる。
一方、右足は重いまま。
サブはその右足を軸に、左足を大きく持ち上げた。
そして。
左足が地面へと振り下ろされる。
その瞬間、右足の重力を解除。
同時に、左足へと重力を集中させた。
一瞬。
左足に、とてつもない負荷がかかる。
ドゴォオオオオオオオオオオオオン!!!
地面が砕け散った。
土砂が爆発するように巻き上がり、サブの体が一気に空へと弾き出される。
「…………!?!?」
ザディの目が見開かれた。
「……!? な、何が起きた!?」
目の前にいたはずのサブの姿が消えていた。
撃ち出された羽は、誰もいない地面へと突き刺さる。
「……上だ! ザディの旦那ぁ!!」
ドクロが叫んだ。
「…………!?」
ザディは反射的に顔を上げた。
空。
そこには、宙を舞うサブの姿があった。
そして、その腕にしがみつくキリ。
「……何ぃぃぃーーー!?!?」
ザディの顔から、初めて余裕が消えた。
サブは空中で体勢を整えながら、ゆっくりと口を開いた。
「……おい、嵐の竜王」
その声は、先ほどまでとは違っていた。
荒い呼吸の中にも、確かな力がこもっている。
「……今度は容赦しないぞ……」
「…………くっ!!」
ザディは翼を動かそうとする。
だが、サブはすでに次の動作へと移っていた。
空中で両足に意識を集中させる。
再び、重力を一点へ。
狙うのは――ザディ。
「……っ!!」
次の瞬間。
サブは、重力を乗せた両足をザディへと振り下ろした。
どがああああああああああああああああん!!!
凄まじい衝撃が大地を揺らした。
土埃が一気に舞い上がり、ザディの姿を覆い隠す。
「…………ぐはぁっ!!」
土煙の中から、ザディの苦悶の声が響いた。
口から血を吐き、地面へと叩きつけられる。
巨大な翼が力なく広がり、風が少しずつ弱まっていった。
「………………」
サブは着地すると、キリを庇うように一歩前へ出た。
全身が重い。
呼吸もまだ乱れている。
それでも、サブはザディを見下ろした。
そして、静かに告げた。
「あまり人間を舐めるなよ?」




