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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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90.ラク・ヴィリーブ



(……なんで)


意識が、遠のいていく。


(…なんで、こんなことを思い出したんだろうな)


銃は、もう撃たれた。


乾いた銃声が響いた瞬間、ラクにはわかっていた。


もう、助からない。


この距離だ。


避けられるはずがない。


弾丸は、すでに自分へ向かっている。


あとは、それが身体に届くのを待つだけだった


(……あぁ)


不思議と、恐怖はなかった。


いや。


恐怖を感じる余裕すら、もう残っていなかったのかもしれない。


(……俺、死ぬんだな)


頭の中が、妙に静かだった。


ついさっきまで聞こえていたはずの音も、遠くへ離れていく。


目の前の景色が、ゆっくりと滲んでいくような感覚。


これが、死ぬということなのだろうか。


(……走馬灯って、こんなにも長いもんなのか)


ふと、ある顔が浮かんだ。




(……あぁ。ハナ)


妹の顔だった。


笑っている顔。


怒っている顔。


電話越しに、嬉しそうな声を上げていた顔。


その一つ一つが、鮮明に蘇ってくる。


(……お前だけは)


喉の奥が、詰まったような気がした。


(……お前だけは、守りたかった)


もう、この世にはいないのだろうか。


あいつを守るために生きてきた。


あいつのために、金を稼いだ。


あいつのためなら、どんなことだってできると思っていた。


なのに。


(……守れなかった)


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


(……ごめんな)


(……ごめんな、ハナ)


情けない。


本当に、情けない兄だ。


何ひとつ、守れなかった。


何ひとつ、救えなかった。


(……ごめん)


(……駄目な兄で、ごめんな)








***







ふと。


別の顔が、頭に浮かんだ。


(…………イフ)


白髪の少年。


いつも騒がしくて、馬鹿みたいに真っ直ぐで。


どれだけ無茶だと言われても、どれだけ勝ち目がないとわかっていても。


あいつは、何度だって立ち向かっていった。


(……あの目)


ラクは思い出す。


自分を心配する、あの目を。


自分が傷ついたとき。


自分が苦しんでいるとき。


あいつは、いつだって真剣な目をしていた。


まるで、自分のことのように心配して。


まるで、自分のことのように傷ついて。


(…………)


ふと、思った。


あの目は。


ハナと、似ていたのだろうか。


自分を心配するハナの声。


自分を心配するイフの目。


気づけば、二つの姿が重なっていた。


(……なんでだよ)


ラクは心の中で呟く。


(……なんで、お前なんだよ)


イフは、最後まで弱かった。


力もない。


頭もよくない。


戦いになれば、無茶ばかりする。


何度倒されても、何度打ちのめされても。


あいつは、立ち向かうことをやめなかった。


(……馬鹿なんだろうな)


本当に、馬鹿な奴だ。


勝てるはずがない。


自分の命が危険にさらされることだって、わかっているはずだ。


それなのに、あいつは立ち向かう。


何故だ。


何故、そこまでできる。


(…………)






違う。


(……そうじゃない)


ラクは、考える。


自分は、あいつが嫌いだった。


いつだって真っ直ぐで。


他人のために必死になって。


自分のことなんて、後回しにして。


見ているだけで、苛立った。


なのに。


何故か、放っておけなかった。



弱いくせに。


力もないくせに。


頭脳だって、俺には遠く及ばないくせに。


それでも、あいつは立ち向かっていた。


負けるとわかっていても。


傷つくとわかっていても。


それでも、誰かを守ろうとしていた。




(……あぁ)


そうか。


ようやく、わかった気がした。


あいつには、あるんだ。


俺が、失くしてしまったもの。


『心』が。


力があるとか、ないとか。


頭がいいとか、悪いとか。


そんなことじゃない。


あいつには、誰かを守ろうとする心がある。


誰かを救おうとする心がある。


たとえ自分が傷ついても。


たとえ自分が倒れても。


それでも、手を伸ばそうとする心がある。


(…………)


ラクは、思い返す。


竜王を前にしたときのことを。


圧倒的な力。


どうにもならない現実。


何をしても届かない。


どれだけ足掻いても、何も変えられない。


その絶望の中で。


自分の中にあったものが、少しずつ消えていった。


守りたかった。


救いたかった。


本当は、そうしたかった。


ハナを守りたかった。


誰かを救える人間でありたかった。


なのに。


絶望に押し潰されて。


どうせ無理だと、諦めて。


いつしか、自分の心に蓋をしていた。


(……俺には、なくて)


(……イフには、ある)


だから、嫌だったのかもしれない。


あいつを見ていると、自分が失ったものを突きつけられる気がした。


自分が諦めてしまったものを。


自分が捨ててしまったものを。


あいつは、当たり前のように持っていた。


(…………はは)


ラクは、心の中で小さく笑った。


(……本当に、馬鹿な奴だよ)


けれど。


その馬鹿な奴が。


どうしようもなく、眩しかった。






***





――バァン!!


乾いた銃声が、辺りに鳴り響いた。


クロスは、余裕の表情を浮かべていた。


この距離。


このタイミング。


外すはずがない。


弾丸がラクの頭を撃ち抜く。


そう確信していた。


だが。


「…………………………っ!?」


クロスの目が、大きく見開かれた。


ラクの頭が、わずかに傾いていた。


弾丸は、そのこめかみを掠めて通り過ぎていく。


皮膚が裂け、細い血の筋が頬へと流れた。


あと、ほんのわずか。


少しでも反応が遅れていれば、確実に頭を撃ち抜かれていた。


「………………」


ラク自身も、何が起きたのかわからなかった。


身体が、勝手に動いていた。


考えるよりも先に。


避けようと意識するよりも先に。


弾丸を避けていた。


(…………は?)


自分でも信じられなかった。


この距離から。


銃弾を。


避けた?


あり得ない。


そんなことができるはずがない。


だが、現実に弾丸は自分の頭を撃ち抜いていなかった。


こめかみから流れる血が、頬を伝う。


その生温かい感触が、ラクに現実を突きつけていた。


(……俺、生きてるのか?)


その瞬間。


ラクは、ハッとした。


クロスの表情。


驚愕に染まった顔。


銃を構えたまま、動きが止まっている。


(……あぁ)


こいつ、油断した。


ラクが避けるとは、微塵も思っていなかったのだ。


ほんの一瞬。


ほんのわずかな隙。


だが、今のラクには、それで十分だった。


「………………なっ!! 避け……!」


クロスが言葉を発するよりも早く。


ラクは、地面を蹴った。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


全身の力を拳へと込める。


今まで何度も感じてきた、絶望。


もう駄目だと諦めた瞬間。


守れなかったことへの後悔。


そして。


もう一度、誰かを守りたいという心。


それらすべてを乗せるように。


ラクは、拳を振り抜いた。




――バキィッ!!


鈍い衝撃音が響き渡る。


ラクの拳が、クロスの腹部に深々と突き刺さった。

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