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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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89.ラクの過去④



「『竜征軍』に入れ。俺の部隊に来い」


サブの声だった。


それは、ラクに向けられた言葉だった。


ラクには、最初からわからなかった。


目の前にいる男は自分とそう歳も変わらない。


それなのに軍に所属し、戦争でもかなりの功績を挙げたらしい。


自分とはまるで違う世界を生きてきた人間。


そんな男が、なぜ自分を軍に誘うのか。


犯罪に手を染め、好き勝手に生きてきた自分を、なぜ仲間に加えようとするのか。


理解できなかった。


いや、理解できるはずがなかった。


ラクは、サブという男がわからなかった。





***





竜征軍。


それは、竜人を討伐するために結成された軍事組織らしい。


そんな組織が存在していたことすら、ラクは知らなかった。


本部へと連れてこられたラクは、物珍しそうに周囲を見回していた。


行き交う隊員たち。


建物の中に響く足音。


自分が今まで生きてきた世界とは、何もかもが違っていた。


そんな中、サブがふと思い出したように口を開く。


「妹の学費と治療費っつーのは、いくらぐらいなんだ?」


「……は?」


あまりに唐突な質問だった。


「いやぁ、いくらくらいなのかなって……たぶん俺の貯金でどうにかなるかとは思ってるんだが」


「……ちょっと待て」


ラクは思わず聞き返した。


「……ん?」


「お前の金からなのか?」


「え? あぁ、そうだが……一応、病院の方にはいくらか振り込んどいたぜ?」


「はあ?」


思わず声が漏れた。


「……ん?」


サブは不思議そうに首を傾げる。


「待てよ……成果出したらっつー話じゃ……」


ラクは困惑しながら言った。


確かに、妹のために働くという話だったはずだ。


自分が成果を出し、その報酬として妹を助けてもらう。


そういう約束だと思っていた。


なのに。


「え? 妹さんやべえんだろ? ……じゃあ払った方が良くね?」


「はあ!?」


ラクは思わず声を荒らげた。


目の前の男は、本気で言っているらしい。


冗談でも、同情を誘うための言葉でもない。


ただ、それが当然だとでもいうように話している。


「…………」


ラクは言葉を失った。


なんなんだ、こいつは。


なぜ、そこまでする?


俺はまだ何もしていない。


成果だって出していない。


それなのに、どうして。


ラクには、まるで意味がわからなかった。


この男は、狂っているのか。


それとも、自分が何か大きな勘違いをしているのか。


いくら考えても、答えは出なかった。





***





『えぇ!? らっくん軍隊の人なの!?』


電話越しに、ハナの大きな声が響いた。


「あははっ、そうなんだよ……だから今、仕事中でしばらく帰れないかもなんだ……」


『なんで言ってくれなかったの!?』


「言うタイミングなくてさ……」


『いくらでもあったじゃん!!』


「あははは……」


ラクは苦笑いを浮かべた。


電話の向こうでは、ハナが頬を膨らませているのだろう。


顔を見なくても、なんとなく想像できた。


『……えへへー』


「……ん? どうした?」


『いやあ……えへへへ』


「なんだよ……早く言えって」


ラクは笑いながら促した。


すると、ハナは少し弾んだ声で言った。


『あたしね! らっくんが頑張ってるの聞くの好きみたい!』


「……なんだよそれ」


思わず笑ってしまった。


『うん! 大好きなの! 頑張れってなるの!』


「あはは、どういうことだよ」


『あたしも頑張れる気がして嬉しい!』


「……あぁ、そうか……良かったよ」


ラクは穏やかな声で答えた。


いつもと同じように笑っていた。


けれど。


『らっくんが居ないと寂しいけどね! 頑張ってるって聞くと! 本当に嬉しい!』


「………………」


ラクは黙り込んだ。


ふと、サブの顔が頭をよぎった。


妹の治療費を、何のためらいもなく払った男。


自分が何をするのかもわからないうちから、手を差し伸べてきた男。


(なんなんだ、あいつは……)


やっぱり、わからない。


どうして自分を軍に誘ったのか。


どうして妹を助けてくれたのか。


どうして、そこまでするのか。


何ひとつ、わからなかった。


『えへへへ、毎日電話してね!』


「…………あぁ」


短く答える。


『たまには帰ってきてよね! らっくん!』


「………………」


胸の奥が、じんわりと熱くなった。


自分がいないことを寂しがってくれる人がいる。


自分が頑張っていることを、喜んでくれる人がいる。


それが、たまらなく嬉しかった。


こんな気持ちになるのは、いつ以来だろう。


いや。


もしかしたら、初めてなのかもしれない。


『頑張れー! らっくーん!』


「………………」


ラクは、そっと唇を噛んだ。


まだ、わからない。


どうして自分なんかを軍に誘ったのか。


どうして、妹まで助けてくれたのか。


何ひとつ、わからない。


それでも。


(…………ありがとう)


ふと、そんな言葉が浮かんだ。


『……らっくん?』


「…………ん? ……なんだ?」


『泣いてるの?』


「泣いてるわけないだろ! ばーか」


ラクは笑って答えた。


いつものように。


何でもないことのように。




ラクはまた嘘をついた。

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