85.時の竜王⑤
「……イフ!!」
ラクの叫び声が、戦場に響き渡った。
目の前には、銃弾を浴びたイフの姿。
小さな身体がぐらりと揺れ、そのまま地面へと崩れ落ちていた。
「………………」
「………………」
一瞬。
すべての音が消えたかのような静寂が訪れた。
そして。
「ふぅーーーーーーーー……」
クロスが大きく息を吐いた。
「落ち着いた……」
肩の力を抜き、ゆっくりと首を回す。
「やっと落ち着いた……」
先ほどまで顔中に浮かんでいた蕁麻疹が、少しずつ引いていく。
まるで、何事もなかったかのように。
「………………っ!」
ラクは、その光景をただ呆然と見つめていた。
つい先ほどまで、クロスは怒り狂っていた。
そして今は、何事もなかったかのように落ち着いている。
目の前で人が撃たれたというのに。
こいつにとって、それすらも大したことではないのか。
「…………っ」
ラクは、ゆっくりと視線を落とした。
地面に倒れているイフ。
「イフ……!」
ラクは駆け寄ろうとした。
「お前ぇ!! 何やってんだああああっ!!」
声が震えた。
怒りなのか、恐怖なのか。
自分でも、よくわからなかった。
「………………」
イフは、ゆっくりと顔を上げた。
苦しそうに息をしながら、ラクの方へと視線を向ける。
「……あ……ラク……」
「何やってんだ、お前ぇ!!」
ラクは歯を食いしばった。
「時を止めるってわかってたんだろうが!! なんで突っ込んだんだよ!!」
「……ごめん……俺……」
イフは、弱々しく言葉を返した。
その声には、いつもの元気がなかった。
それでも。
イフは、ラクを見つめていた。
その瞳は。
自分が撃たれたことを悔やむ目でも、敵を恐れる目でもなかった。
ただ。
ラクのことを心配しているような目だった。
「………………」
ラクは、何も言えなくなった。
「………………」
思えば。
こいつは、本当に馬鹿だった。
今だってそうだ。
相手は、時を止める竜王。
どれほど危険な相手なのか、わかっていたはずだ。
それなのに、何の躊躇もなく殴りかかった。
そして、奇跡的に一発を当てたと思ったら、今度は自分が撃たれて倒れている。
無茶苦茶だ。
無謀にもほどがある。
馬鹿だ。
本当に、馬鹿なのだろう。
生粋の。
純粋無垢な。
どうしようもない馬鹿だ。
「………………」
ラクは、イフの顔を見つめた。
なぜ、そんな目をする。
なぜ、自分が撃たれたというのに。
俺のことを心配しているんだ。
お前は、いつだってそうだ。
自分のことなんか、そっちのけで。
「………………」
ふと。
ラクの脳裏に、少し前の光景が蘇った。
⸻
妹を探しに行こうとした、自分の後ろをついてきたイフ。
『やめろ』
そう言っても、こいつはついてきた。
目の前に広がる残骸を見て、足を止めた自分。
『やめろ』
何も言わず、ただ立ち尽くしていた自分に。
イフは、声をかけた。
『やめろ』
そして。
自分を心配そうに見つめる、その目。
『そんな目で見るな』
⸻
「………………」
ラクは唇を噛み締めた。
忘れたかった。
思い出したくなかった。
なのに、こいつは。
「………………頑張れ……」
かすれた声が聞こえた。
「……ラっク……」
「………………っ!!」
ラクの目が見開かれた。
イフは、倒れたままラクを見つめていた。
苦しそうに呼吸を繰り返しながら。
それでも、ラクを励まそうとしていた。
自分の方が、よほど危険な状況にいるというのに。
「………………」
ラクの拳が、強く握り締められた。
⸻
その瞬間。
クロスの姿が消えた。
そして。
「…………!?」
気づけば、ラクの目の前に立っていた。
「お前……」
クロスは冷たい目でラクを見下ろしていた。
「次、攻撃したら殺すと言ったよな?」
「…………ぁ……」
ラクの喉が、小さく震えた。
目の前には、銃を構えたクロス。
銃口は、すでにラクの頭部へと向けられていた。
逃げられない。
避けられない。
時間を止められれば、何もできない。
「じゃあな、ヘタレカス」
クロスは、何の感情も込めずに言った。
そして。
バァン!!
乾いた銃声が、戦場に響き渡った。
「………………」
ラクの身体が、わずかに揺れた。
その頭部から、血が飛び散る。
時の竜王の銃弾が。
ラクを撃ち抜いた。




