82.時の竜王②
二時間前。
イフたち一行は、車に乗って目的地へと向かっていた。
窓の外を流れていく景色。
車内には、エンジンの低い唸りだけが響いていた。
「「時の竜王!?」」
イフとエーズが、見事に声を揃えた。
「あぁ。時を止めるらしい」
サブが淡々と答える。
「ま、前に言ってた奴ですよね!」
エーズが身を乗り出した。
「あぁ、そうだ。時の竜王は部下を率いて、奴隷を作りまくっている。おそらく、そいつが今回の敵のボスだ」
「……と、時を止めるって!」
イフが思わず声を上げる。
「ど、どうすればいいんだよ!そんなの……勝てるわけないじゃん!」
時を止める。
その言葉の意味を考えれば考えるほど、勝ち筋が見えなくなっていく。
動くことすら許されない時間の中で、一体どうやって戦えばいいのか。
エーズも何か言いたげに口を開きかけたが、結局、黙り込んだ。
「……あぁ、おそらく手強い」
サブは窓の外へ視線を向けたまま、静かに続けた。
「竜王は俺が相手をする」
「……いくらサブでも、時間を止められたらどうしようもないって!」
イフが声を上げる。
しかし、サブは首を横に振った。
「いや、俺はそうは思わん」
「「……え?」」
イフとエーズが、再び声を揃えた。
「……仲良いなお前ら。ほんとに」
サブがぽつりと呟く。
「「いや、今そこじゃないだろ!!」」
「……お前ら、ほんと仲良いな」
サブは小さくため息をついた。
「……え! 待ってください、隊長!」
エーズが慌てて話を戻す。
「勝ち筋があるんですか!?」
「……あぁ」
「どういうことだよ、サブ!」
イフも身を乗り出した。
「……うぅむ。そうだな」
サブは顎に手を当て、少し考え込んだ。
「俺の仮説だがな……能力には必ず弱点があると思っている」
「「じゃ、弱点!?」」
「あぁ」
サブはそっと腕を伸ばした。
「例えば、俺の『重力』だ」
その腕を見つめながら、説明を続ける。
「この能力は、圧倒的な威力がある。腕に重力を一点集中させてパンチを繰り出せば、重力を伴った一撃になる。相手によっては、ほぼ一発で仕留められるほどだ」
「……す、すげぇ」
イフが感心したように呟いた。
「……ただし、重力を集中させるには相当な集中力が必要になる」
「えっ、そうなんすか!?」
エーズが驚いた。
「あぁ。腕に重力をかければ、腕への負担も半端じゃない。そんなにポンポンと打てる技じゃないんだ」
「「……なるほど」」
二人が納得したように頷く。
「……これが弱点だ」
サブは伸ばしていた腕を下ろした。
「ラクの『音』の能力にも弱点はある」
「ラクの?」
イフが聞き返す。
「あぁ。声を発することで、相手を攻撃できる。だが、攻撃のトリガーは声だ。何らかの方法で声を封じられたら、攻撃できなくなる可能性がある」
「た、確かに……」
エーズが頷いた。
「能力そのものが強力でも、発動条件や使用者への負担がある。そこを突けば、勝機が生まれるかもしれない」
サブは、そこで一度言葉を切った。
「……これも弱点だ」
「じゃあ、時の竜王にも弱点があるんですね!」
エーズが期待に満ちた声を上げる。
「いや、分からん」
「えぇ!?」
あまりにもあっさりした返答だった。
「ただ、何らかのデメリットはあるはずだ」
「えぇ、なんでそう思うのぉ?」
イフが首を傾げる。
サブは窓の外を見ながら答えた。
「時を止めるって能力だぞ。仮に、何の制限もなく無限に時間を止められるとしたら……俺たちは、とっくに殺されているはずだろ?」
「…………た、確かに」
イフの表情が変わった。
「もし制限が一切ないなら、わざわざ部下を使って戦わせる必要もない。自分で時間を止めて、敵を全員始末すればいい」
「……なるほど!」
エーズが声を上げた。
「だから、何かしらの制約があると考えている。例えば、息を止めている間しか時間を止められないとか……本人の体感で数秒間しか止められないとか、な」
「そうだよな! それが分かったら、いけるかもしんない!」
イフの表情に、少しずつ希望が戻ってくる。
「あぁ。だから俺が必ず弱点を暴く」
サブは迷いなく言い切った。
「うおおおお! なんかやる気出てきたっすよ!! 倒せるかもしんないですね!!」
エーズが拳を握りしめた。
「はははっ。やる気があるのはいいことだ」
サブが小さく笑う。
「……………………」
その会話を、ラクは黙って聞いていた。
車窓の向こうへ視線を向けたまま、何も言わない。
ただ仲間たちの会話は確かに耳に入っていた。
***
――現在。
ドゴオオオオオオオオッ!!!
凄まじい爆音が、塔の最上階を揺るがした。
ラクの放った爆音波が、周囲をまとめて吹き飛ばす。
バキバキバキッ!!
壁が砕け、柱が折れる。
すでに破壊されていた塔は、さらなる衝撃を受け、軋みながら大きく傾き始めた。
床には無数の亀裂が走り、砕けた瓦礫が次々と崩れ落ちていく。
ドゴゴゴゴッ……!!
塔全体が、不気味な音を立てた。
「………………」
ラクは、その場で身構えていた。
(……時間を止めて避けたか?)
舞い上がる土煙の向こうを睨みつける。
(……どこへ行った)
周囲を見渡しても、クロスの姿は見当たらない。
(さっきの攻撃も、おそらく時間を止めたはずだ)
ラクは拳を握りしめた。
(でなきゃ、あの攻撃を無傷でやり過ごせるわけがない)
土煙が視界を遮る。
それでも、警戒を怠るわけにはいかなかった。
右。
左。
正面。
気配を探る。
(……どこだ)
ラクの視線が、せわしなく動く。
(あいつは、どこにいる……!)
その時だった。
バンッ!!
バンバンッ!!
バンッ!!
乾いた銃声が、突如として鳴り響いた。
「…………っ!?」
次の瞬間。
ラクの腹部に、激痛が走った。
「…………なに!?」
身体がぐらりと揺れる。
視線を落とすと、腹部の服が赤く染まり始めていた。
撃たれた。
そう理解した瞬間、鋭い痛みが遅れて襲いかかる。
「……ぐっ!! ……くそっ!!」
ラクは腹部を押さえながら、歯を食いしばった。
(……いつ撃ちやがった!?)
銃声は確かに聞こえた。
だが、クロスの姿は見えなかった。
「生憎、手は汚したくないんだ」
どこからか、男の声が響く。
「…………っ!」
ラクは顔を上げた。
土煙の向こう。
そこに、クロスが立っていた。
傷ひとつ負っていない。
まるで、先ほどの爆音波など存在しなかったかのように。
「俺が時を止められるっつーのは、知ってるな?」
クロスは、手にした銃を軽く持ち上げた。
「…………ぐぐっ!」
ラクは腹部を押さえたまま、クロスを睨みつける。
「……それじゃ話が早い」
クロスは銃口を下ろした。
そして、心底つまらなそうに告げる。
「……早く帰れ。お前じゃ話にならない」
「………………」
ラクは答えなかった。
腹部から血が滲み続けている。
それでも、その目から憎悪が消えることはなかった。
クロスは無傷のまま、静かにラクを見下ろしていた。




