81.時の竜王①
一方、その頃――
イフとラク。
「……はあ……はあ……」
ラクは肩で息をしていた。
先ほど叫んだ言葉が、まだ空気の中に残っているかのようだった。
「………………」
イフは、そんなラクを見つめていた。
何か声をかけようとしても言葉が出てこない。
いつものラクとは、明らかに様子が違った。
やがて。
「…………す」
ラクが、小さく呟いた。
「……? ……ラク?」
イフは恐る恐る名前を呼んだ。
そして、表情をうかがうように顔を近づける。
「殺す…………殺す…………」
「……!?」
イフの身体が、ぴたりと止まった。
ラクは俯いたまま、低い声で繰り返す。
「……殺してやる……全員まとめて殺してやるよ」
その顔を見て、イフは息を呑んだ。
憎悪。
それ以外の感情が、見当たらなかった。
今まで見たことがないほど、ラクの表情は憎しみに染まっていた。
「……ら、ラク! 大丈夫か?」
イフが恐る恐る声をかける。
すると――
「黙れっつったろ! ゴミ雑魚があ!」
「……っ!」
怒声が響いた。
イフはびくりと肩を跳ねさせ、思わず後ずさる。
「…………っ」
何も言い返せなかった。
目の前にいるのは、確かにラクのはずなのに。
今は、何を言っても届かない。
そんな気がした。
「……全員殺してやるよ……」
ラクが顔を上げる。
その目には、消える気配のない憎悪が宿っていた。
「竜王もろとも、全員な」
「…………ラク……」
イフは、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
その時だった。
「おうおう。何してやがんだ? お前ら人間だろ」
聞き慣れない男の声が響いた。
ラクとイフが、同時にそちらを向く。
そこには、赤い髪をした男が立っていた。
派手な身なりに、どこか軽薄そうな雰囲気。
男は二人を見て、面倒くさそうに鼻を鳴らした。
「人間どもめ。しつこく俺らのところに奇襲しやがって」
そして、口元を歪める。
「お前らはここで俺が殺してやる! 最後に俺の名前を聞かせてやる!」
男は胸を張った。
「俺はトマトの竜人、リコ――」
「だらあああああああああああ!!!!」
「……!?」
ドゴオオオオオオッ!!!
凄まじい爆音が轟いた。
ラクの身体から放たれた衝撃波が、男を真正面から吹き飛ばす。
「ぐおおおおおっ!?」
男の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
土煙が舞い上がる。
「…………おお」
イフは、ぽかんと口を開けた。
名乗りすら終わっていない。
それなのに、ラクは一瞬で敵を吹き飛ばしてしまった。
「………………」
ラクは何も言わず、ゆっくりと男へ歩み寄る。
「……あ、あが……つ、強い……」
地面に転がった男は、身体を押さえながら呻いていた。
ラクはその前で足を止める。
「おい、カス」
「……へ?」
次の瞬間。
――ガシッ!
ラクが男の首を掴み、その身体を持ち上げた。
「……ぎえっ!!」
男の足が地面から離れる。
ラクは冷たい目で男を見据えた。
「竜王の場所を教えろ」
「は、はあ!? 教えるわけが……!」
「教えろ」
「ひぎぃっ!!」
ラクの手に力がこもる。
男は苦しそうに顔を歪め、必死にラクの腕を掴んだ。
「………………」
ラクは何も言わなかった。
ただ、返答を待っていた。
その無言の圧力に耐えきれず、男は震える指で一方向を指さした。
「あ、あ……あの塔です……!」
ラクの視線が、そちらへ向く。
そこには、空へ向かって高くそびえ立つ塔があった。
雲に届きそうなほどの高さ。
遠くからでも、その異様な存在感がはっきりと分かる。
「………………」
ラクは、しばらく塔を見つめていた。
そして、掴んでいた男の首を離す。
「ひ、ひえっ!」
男が地面に崩れ落ちる。
ラクは一度も振り返ることなく、塔へ向かって歩き出した。
「………………」
その背中からは、声をかけることすらためらわれるほどの怒気が漂っていた。
「……あ……ラク! 待ってよ!」
イフは慌てて、その後を追いかけた。
***
――塔の最上階。
そこに、一人の男がいた。
『時の竜王』クロス・ハルバード。
サラサラとした髪。
背中には、自分の背丈ほどもある巨大な斧を背負っている。
大きなコートに身を包んでおり、身体の輪郭ははっきりと見えない。
しかし、その隙間から覗く身体は細身ながらも鍛え上げられていた。
クロスは塔の上から、戦場を見下ろしていた。
遠くでは、竜人と人間たちが激しくぶつかり合っている。
爆発音。
怒号。
崩れ落ちる建物。
それらすべてを、クロスは高みから眺めていた。
「……あ……ザディのやつ、目当ての奴に会えたっぽいな……」
戦場の一角を眺めながら、独り言のように呟く。
そして、再び視線を動かした。
「……うん。やっぱり大したことなさそうだな」
口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「哀れだなあ、人間とは」
クロスは静かに言葉を続けた。
「……力を持たないと……こうやって抗うことしかできないのか……」
戦場では、人間たちが必死に抵抗している。
それでも、クロスの目には取るに足らないものとして映っていた。
やがて、彼は空を仰ぐ。
「……あぁ、ラー様」
その表情が、わずかに和らいだ。
「あなただ……あなただけだ」
まるで、心の底から敬愛する存在を思い浮かべるように。
「あなたが、この世界の頂点なのだ」
クロスは胸に手を当て、静かに微笑んだ。
「そんなあなたに仕えることができて……私は幸せです」
その言葉に、迷いはなかった。
ラーこそが絶対。
ラーこそが、この世界に君臨するべき存在。
クロスにとって、それは疑う余地すらない真実だった。
――その時。
「…………ん?」
クロスの表情が変わった。
何かの気配を察知したのだ。
ゆっくりと、背後を振り返る。
次の瞬間。
「だらああああああああああああああ!!!」
轟音とともに、爆音波が炸裂した。
ドゴオオオオオッ!!!
衝撃波が周囲を薙ぎ払う。
壁が砕け散り、床に亀裂が走った。
バキバキバキッ!!
柱が折れ、瓦礫が宙を舞う。
天井までもが吹き飛び、巨大な穴が開いた。
轟音が塔全体を揺るがす。
そして――
「………………」
静寂。
パラ……パラパラッ……。
小さな瓦礫が、床へと落ちていく。
舞い上がった粉塵の向こう側。
そこには、一人の男が立っていた。
ラク・ヴィリーブ。
その拳から、わずかに力が抜ける。
しかし、視線だけは正面を捉え続けていた。
「………………」
「ご挨拶が早いな、人間」
クロスは無傷だった。
崩れた床の上で、何事もなかったかのように立っている。
その表情には、驚きすら浮かんでいなかった。
「『音』で攻撃か……能力持ちの人間だな」
クロスはラクを観察するように見つめた。
「お前がサブか……? ……いや、サブってやつは重力だったな」
「………………」
ラクは答えない。
攻撃を放った直後だというのに、構えを崩すこともなかった。
ただ、目の前の男を睨みつけていた。
クロスは小さく息を吐く。
「人間よ」
その声は、静かだった。
「お前が今、目の前にしているのはな……お前らが恐れおののく竜王だぞ?」
「………………」
ラクは微動だにしない。
「……はぁ。使えない部下ばかりで困るな……」
クロスは、破壊された周囲を見回した。
壁も、床も、天井も。
先ほどまで部屋の形を保っていたものが、見る影もなく崩れている。
それでも、クロスは眉ひとつ動かさなかった。
「……良いだろぉ」
背中の巨大な斧が、わずかに揺れる。
クロスは、ゆっくりとラクへ視線を戻した。
「肩慣らしに殺してやるよ」
「だらあああああああああああ!!!!!」
ラクが再び叫ぶ。
轟音が、塔の最上階を揺るがした。




