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イフリート  作者: 野口プレシオサウルス太郎
第3章 ラク・ヴィリーブ
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80.毒の竜人



「…………ぐぼぉっ!!」


サブの口から、大量の血が飛び散った。


赤い飛沫が地面を汚す。


「……サブ!」


キリが悲痛な声を上げた。


目の前で苦しむサブを、ただ見つめることしかできない。


「くくっ! もうすぐ死ぬんだよ、ばあか!」


不気味な笑い声が響く。



男の名は――


『毒の竜人』ドクロ・ドークロン。


その身体から伸びる、細く長い尻尾。


そこから放たれるのは人体を蝕む猛毒だった。


ひとたび毒を受ければ、力が抜け、血を吐き、全身が痙攣する。


体温は異常に上昇し、激しい寒気に襲われる。


呼吸は乱れ、やがて自力で立つことすら困難になる。


人間がその毒を受けた場合、

致死率は、ほぼ一〇〇パーセント。



そして今――


サブ・ストレートはその猛毒に侵されていた。


不意を突かれた尻尾の一撃。


それが、勝負を大きく狂わせたのだ。


***




「くははっ! クロスさんからお願いされたから、ヤベェ奴かと思ったが……」


ドクロは、倒れかけたサブを見下ろしながら笑った。


「…………っ!」


キリは唇を噛み、ドクロを睨みつける。


しかし、ドクロはそんな視線など意にも介さなかった。


「意外とそうでもないな! サブ・ストレート!」


「…………名前っ!」


サブが、かすれた声を絞り出す。


「おぉ! 冥土の土産に教えてやるよぉ!」


ドクロは、愉快そうに笑いながら、サブを指さした。


「お前の名前、結構広まってるぞぉ!」


「…………っ、かはっ!」


再び、サブの口から血がこぼれ落ちた。


膝が揺れる。


視界が歪む。


身体の奥底から、力が抜けていく。


「…………あがっ!」


全身の痙攣が激しくなった。


指先が震え、思うように身体を動かせない。


息を吸おうとしても、うまく吸い込めない。


「……サブ!」


キリが駆け寄ろうとする。


「…………はあ……はあ……」


サブは荒い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと顔を上げた。


その視線の先には、余裕の笑みを浮かべるドクロがいた。


「くはは! 睨むんじゃねぇよ! ばあか!」


ドクロは心底楽しそうだった。


「もう一回、毒を喰らわせてあげようか?」


そう言って、長い尻尾をゆっくりと持ち上げる。


その先端が、サブへと向けられた。


「…………っ!」


キリの表情が強張る。


「……サブ」


小さく、名前を呼ぶ。


しかし、サブから返事はなかった。


「…………はあ……はあ……」


荒い呼吸だけが聞こえる。


サブの視界が、さらにぼやけていく。


目の前のドクロの姿が、何重にも揺らいだ。


身体が重い。


指先の感覚も、少しずつ遠のいていく。


(…………くそ……)


思考すら、まともに働かなくなっていた。


「……サブ、少し待ってて」


その声に、サブがかすかに反応する。


キリは静かに立ち上がった。


そして、ドクロの前へと歩み出る。


「…………あ?」


ドクロが首を傾げた。


キリは一歩も引かず、まっすぐに敵を見据えた。


「……私がやる」


「くははっ! やってみろよ、小娘が!」


キリは何も答えなかった。


ただ、ゆっくりと片手を前へ突き出す。


指先から、冷気が立ち上り始めた。


周囲の空気が冷え、キリの手元に白い霜が生まれる。


その瞳から、迷いが消えていた。


「そこでぶっ倒れてる奴と一緒に、あの世でよろしくしとけ! カス女ぁ!!」


「…………」


キリの手に、さらに冷気が集中する。


空気が凍りつくような、張り詰めた気配。



そして――



「……殺す」


低く、冷たい声が落ちた。


その瞬間だった。




――ガシッ!


「……?」


キリの肩が、誰かに掴まれた。


驚いて振り返る。


そこにいたのは――


「……はあ……はあ……」


サブだった。


「…………っ!」


キリの目が見開かれる。


サブは、立っていた。


全身を震わせながら。


血に濡れた口元から荒い息を漏らしながら。


今にも崩れ落ちそうな身体を、必死に支えながら。


それでも――


確かに、自分の足で立っていた。


「はあ!?」


ドクロの顔から、笑みが消えた。


「はあ!? はあ!? はぁああ!?!?」


信じられないものを見たかのように、声を裏返す。


「お、おかしいだろぉ!! なんで俺の毒を喰らって、立ってんだよぉ!!」


サブは答えない。


ただ、荒い呼吸を繰り返していた。


「下手な人間なら即死するんだぞっ!?」


ドクロの声が、戦場に響き渡る。


それでもサブは、キリの肩を掴んだままだった。


震える手。


乱れた呼吸。


定まらない視界。


そのどれもが、サブの身体が限界に達していることを物語っていた。


それでも、彼は立っていた。


「…………はあ……」


サブは、かすかに息を吸い込む。


そして、キリに告げた。


「……キリ、下がってろ……」


「……え!? でも!」


「……はあ……お前は……はあ……まだ一人で戦わせられない」



「…………サブっ! でも!」


キリの声が震えた。


目の前のサブは、どう見てもまともに戦える状態ではない。


このままでは、サブの命すら危うい。


それなのに。


「いいって言ってんだろ…………」


サブは、わずかに顔を上げた。


「…………いつも通り……」


荒い息の合間に、言葉を紡ぐ。


「……俺のアシスト、頼むよ……」


「…………っ!」


キリは息を呑んだ。


いつもと同じ言葉。


いつもと同じ、サブの頼み。


だが、今の彼は立っていることすら奇跡のような状態だった。


それでも、サブはキリを守ろうとしている。


一人で戦わせるつもりなど、最初からなかったのだ。


キリは唇を強く結んだ。


そして、サブの隣に立つ。


「…………分かった」


その声には、もう迷いはなかった。


サブは再び、敵へと視線を向ける。


視界は荒い。


呼吸も荒い。


全身は痙攣し、声すら震えている。


それでも、その眼差しだけは敵を捉えていた。


「……バケモンかよ!? こいつ!」


ドクロが叫ぶ。


毒を受けた人間が、なぜ立っていられる。


なぜ、まだ戦おうとする。


理解できなかった。



――その時だった。


「はははっ! やはりあなたは強いですね」


聞き覚えのある声が、頭上から響いた。


「…………!」


サブの目が、わずかに見開かれる。



バサッ。


バサッ。


大きな翼が、空気を打つ音。


一同が顔を上げる。


空から、一つの影が舞い降りてきた。


その姿を見た瞬間、サブの表情が険しくなる。


「…………マジか……」


そこにいたのは――


『嵐の竜王』ザディ・サイクロトン。


かつてイフたちと死闘を繰り広げた、強大な竜王だった。


「また、お会いできましたね、サブさん。お元気でしたか?」


ザディは穏やかな笑みを浮かべながら、サブを見つめる。


まるで、久しぶりに友人と再会したかのような口調だった。


「……こりゃ……まずいな……はあ……」


サブは苦しそうに息を吐く。


ただでさえ、猛毒によって身体は限界に近い。


そんな状態で、ザディと戦うことになれば――


「……あぁ、元気そうじゃないですか。お会いできて嬉しいですよ?」


ザディは笑顔を崩さなかった。


「もう……二度と会うことはねぇと……はあ……思ったんだがな……」


サブは途切れ途切れに言葉を返す。


ザディは、少しだけ目を細めた。


「えぇ、それは合ってますよ」


「…………?」


サブが、わずかに眉を動かす。


ザディは微笑んだまま、静かに告げた。


「……これから死ぬんですから……あなたの方が」


その言葉とともに戦場に不穏な風が吹き抜けた。

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